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104 ツヴィーゼル山麓の戦い 1


 プロイシェ軍に対する奇襲を成功させたゾフィーとエミーリアは、それぞれに部隊を率いて同時に合流地点へ到着した。どちらも見事に騎兵を指揮し、一兵も損じていない。


「プロイシェ軍も流石に、いきなり全軍を投入して追ってくるほど愚かではないようだ」


 愛馬に拍車を入れて速度を上げつつ、後ろを振り返ってエミーリアが言う。


「しかし、二個軍団が競うように追っ手を出している。出だしは上々だ」


 答えるゾフィーもエミーリアと並走しつつ、後ろを振り返った。金糸のように煌めく髪が、向かい風を受け後ろへと流れている。


 土地勘のあるエミーリアは部隊を率いながらも街道を逸れ、木々を縫うように進んでいた。追撃部隊の六千を振り切りつつ、少数の敵斥候には追跡を許すのだ。こうした絶妙な速度調節に対し、エミーリアと並走するゾフィーは素直に関心して言った。


「見事なものだ」

「土地勘があると言っただろう」

「にしても、だ。これほど見事に騎兵を指揮するとは、正直思っていなかった」

「フフッ――……この程度で躓いていたら、ヴィルヘルミネ様の手足にはなれまい?」

「それはまぁ、そうだが……」

「さてゾフィー。ここからは精々、馬の足を緩めてやろう」


 十分に敵との距離をとった所で、エミーリアが提案した。


「斥候まで撒いてしまっては、意味が無いからな」


 ゾフィーも頷き、馬の足を緩めることにした。


 敵が繰り出した追撃部隊は、各軍団とも騎兵が三千ずつ。こんなものと戦っては、兵がいくらいても足りない。だからゾフィーとエミーリアは騎兵が出たとみるや、即座に撤退行動へ移ったのである。

 その甲斐あって、敵部隊との距離は相当に離れた。となれば六千の敵勢に襲われる心配は無く、あとは敵の斥候をヴィルヘルミネが待つ本隊のところへ案内してやるだけである。


 ヴィルヘルミネが指揮するダランベル軍本隊は、ツヴィーゼル山の麓に展開していた。

 恐らく敵は本隊を見つけるや、追撃部隊を退かせ、代わりに二万から三万の制圧部隊を繰り出してくるだろう。赤毛の令嬢は、この敵に上手く負けて見せ、山の奥地へと退けばよい。


 要するにヴィルヘルミネの仕事は、負けつつも敵に勝ち切らせないこと。プロイシェ軍の指揮官に、「ああ、惜しい! あと少しで勝てるのに!」と思わせた上で、山の奥地に逃げれば成功なのである。


 だから今も、ゾフィーとエミーリアは絶妙の弱さを演じていた。六千の騎兵に追われ、算を乱して逃げるフリをしたのだ。兵を損ねず負けたフリをするというのは、なかなかの大仕事であった。


「しかしまぁ、戦わないというのも、肩が凝る。いっそ反転して、調子に乗ったクズ共に鉄槌を下してやろうかな」

「そう言うがな、ゾフィー。プロイシェ軍の騎兵は、それはそれで精鋭だぞ。しかも二千対六千。正面から戦って、そうそう勝てるものではなかろうさ」

「へぇ……エミーリア殿は猪武者かと思いきや、存外考えておられるご様子。驚きだな」


 馬上でゾフィーが目を丸めれば、エミーリアは肩を竦め、憮然として反論する。


「戦わないだけで肩が凝る御仁に猪武者などと言われては、立つ瀬がない」

「プッ……」


 思わずゾフィーは噴き出して。


「アハハハハハ!」


 エミーリアも声を上げ、笑っている。


「すまなかった、エミーリア殿。どうやらわたしは、あなたのことを誤解していたようだ。これからはヴィルヘルミネ様の為に、一緒に頑張ろう」

「もちろんです、ゾフィー・ドロテア。こちらこそ、申し訳ありませんでした。猪武者だなどと言った非礼、心よりお詫びいたします……というか、さっきの猪武者発言は、前に私が言ったことの意趣返しなのだろう?」

「ハハハ、ああ、そうだ。わたしは存外、根に持つ性格だからな。覚えておくといい」


 こうして二人は轡を並べて任務を果たし、仲を深めて本隊に合流した。そこでは陣形を整え、敵軍の出現を今か今かと待ち構えるヴィルヘルミネが、夕日を見つめ口をへの字にしているのだった。


 ■■■■


 ヴィルヘルミネは夕刻の迫るツヴィーゼル山の麓で、望遠鏡を覗き込み迫る敵を見据えていた。

 ゾフィーとエミーリアが連れて来た敵を迎え撃ち、適宜に後退してツヴィーゼル山をプロイシェ軍に包囲させる。言うだけなら簡単そうな令嬢に与えられた仕事は、実のところ相当に大変なものであった。


 であれば天才ならざるヴィルヘルミネに、これを容易くこなすことなど出来はしない。だが運が良いやら悪いやら。やっぱり出だしは上々なのであった。


 ツヴィーゼル山の麓に一万五千の北部ダランベル軍を見たプロイシェ軍六千の騎兵部隊は、戦うことなく退いている。先に放った斥候により、自軍を遥かに上回る数の敵軍の存在を知ったからだ。


「なるほど。少数の部隊で我等を本隊の前へ誘い出し、撃滅する作戦であったか」

 

 敵騎兵部隊の指揮官は口の端を吊り上げ、ダランベル軍の浅はかな戦術をあざ笑う。左手を軽く掲げて反転離脱の命令を下し、そのまま二人の軍団長の下へ報告に戻った。

 

 戦わずに済んだとヴィルヘルミネはホッと一息、けれど夕食を済ませた辺りで四万近い敵が再び現れ、赤毛の令嬢は動転した。

 むろんエルウィンを始めとした重臣一同にとっては、完璧に作戦通り。だから、すっくと立ちあがったヴィルヘルミネも当然そうなのだと、皆も信じていた。


 しかし話を聞かない赤毛の令嬢にとって、この事態は想定外の更に外。どうしちゃったのコンチクショー! である。それでも己の責任を思い出し、勇気を出して自分を鼓舞するヴィルヘルミネだった。


 ――逃げちゃダメじゃ、逃げちゃダメじゃ、逃げちゃダメなのじゃ!


 という訳でヴィルヘルミネは再び騎乗し、全軍の指揮を執る。だが彼女は動転しすぎて、肝心なことを忘れていた。

 だって、これは敵にツヴィーゼル山を包囲させる為の作戦。むしろ「逃げなきゃダメ」なのだ。


 けれどヴィルヘルミネは近づく敵軍を望遠鏡で覗き込み、砲兵に対して正確無比なる射撃を指示。戻ったばかりのゾフィーとエミーリアの両名に、騎兵部隊の指揮を再び命じて待機をさせた。

 

 ペロリ――唇を赤く可愛い舌で舐めて濡らし、ヴィルヘルミネが指揮杖を振るう。


撃て(ファイエル)!」

 

 山の中腹に扇形で設置した大砲の群れが、夜空に轟音を響かせる。ヴィルヘルミネはニンマリとした笑みを浮かべ、望遠鏡を覗き込んでいた。砲兵科の俊英である彼女は、着弾観測だってバッチリなのだ。

 

 ――フハ、フハハハ! 余が軍事の天才じゃということ、とくと思い知れ!


 完全に調子に乗ったヴィルヘルミネは、砲撃により次々と敵陣を崩していく。勝ってはいけない戦いで勝とうとする赤毛の令嬢は、やっぱりどこまでもポンコツなのであった。

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