103 白髪白眉の老将軍
プロイシェのダランベル方面軍五万五千は、二人の軍団長により統率されていた。
一人はシュレヒテ伯爵で、中将の階級にある。彼は痩せぎすの陰険な男で、かつ嫉妬深い。しかしながら攻城戦に定評があり、順調に出世街道を驀進した人物だ。というか他人を蹴落とし、悪びれることなく今の地位を手に入れている。
もう一人のプファンクーヒェン中将も、やはり伯爵であった。彼は太った小男で、下町のパン屋といった雰囲気である。だが貴族としての矜持から、彼はそんな外見を酷く嫌っていた。
だから殊更に勇敢で粗野、残虐に振舞い、その結果、野戦指揮官として大きな戦果を残し、現在の地位に至ったのである。
しかし当初は自身の見た目を補う為に行っていた残虐行為が、今ではすっかり悦楽へと変わってしまった。お陰で拷問の為に敵を捕らえたり、人々に加虐しようと街を攻める、という本末転倒ぶりを発揮している。
二人は共に同年生まれの四十九歳であり、自他ともにライバルと目されている。グロースクロイツは彼等の性格を嫌い、あまり重用しなかった。
だからこそ第二王子ゴットフリートは、彼等に目を付けたのである。
もっとも、そんな二人に挟まれる形となった第十一師団長オッペンハイムこそ、いい面の皮だ。彼は第六軍団に所属しているから、シュレヒテやプファンクーヒェンの直属ではない。にも拘わらずダランベル方面軍に組み込まれたのだから、大変であった。
そのオッペンハイムは名ばかりの子爵家に三男として生まれ、軍務に半生を捧げた人物である。目だった功績こそ無いが、粘り強い用兵には定評があり、堅実な戦術家であった。
今年六十二歳になるという老齢だが、肉体の頑健さにおいては二人の軍団長に勝るだろう。だからこそグロースクロイツも彼を重用し、六十歳で引退を考えていたオッペンハイムを引き留めている。
だがゴットフリートは違った。かつて叔父に重用された白髪白眉の老将を、二人の軍団長のオマケ程度にしか考えていなかったのだ。
ダランベル制圧に失敗すれば詰め腹を切らせ、処分する。成功しても勇退という形で、引退に追い込もうとしているのだった。
だからこそ彼は作戦上もっとも過酷な経路を任され、道なき道を踏破する羽目に陥り、挙句の果てにザルツァ領への到着が最も遅くなったのだ。
そうしてオッペンハイムがザルツァ領に着くと、ターレダルムの街は紅蓮の炎に包まれていた。
「愚かなことを。何故、このようなことをしたのじゃ? これでは占領政策が、上手くいくはずもなかろうて!」
オッペンハイムは現地に到着するや、すぐに司令部天幕へ足を延ばした。そこで二人の軍団長と会うなり、白眉を吊り上げ苦言を呈している。が、二人は上座で顔を見合わせ、すぐに背けてこう言った。
「降伏せんから、見せしめに街を焼いたまでのこと」
「焼くだけでは生温い。ゆえに逃げ遅れた者共の殺害を命じた」
不仲ゆえの共同作業が、この上もなく悪い結果を齎した。オッペンハイムは他の師団長と共に司令部の座へ腰を下ろし、小さな溜息を吐いている。
「お二人は戦後の統治を、どうなさるおつもりじゃ? この恨みつらみは、百年続くかも知れぬぞ」
「なに、街を治めるのは我等にあらず、政治屋に任せれば良い」
「シュレヒトも、たまには良い事を言う。ま、仮に反乱が起きたところで、鎮圧すればよい。その時、今以上の恐怖を身体に刻み付けてやれば、二度と反旗など翻すまいて」
「ま、そういうことだ。ともあれ、我等は街を焼き、疲れておる――……そこで攻城戦においてはオッペンハイム少将、卿に先陣を切ってもらいたい」
狡猾そうな笑みを浮かべ、シュレヒテ中将が言う。深い皺が目じりに刻まれる。だが灰色のくすんだ両目は、まるで笑っていなかった。
「うむ。我が軍団も今日は生き残りを皆殺しにしたのでな、少々疲れている。頼んだぞ。ヒャハハハ!」
プファンクーヒェン中将は堪え切れぬと言った様子で笑い出し、大きな腹を揺すっている。甲高い笑声が天幕の中で響き、シュレヒテを除く幕僚達は委縮した。
そんな二人に臆するオッペンハイムではないが、相手が軍団長とあっては命令を拒絶できる筈もなく。
「承知しました」
白眉の老将は敬礼を残し、空気の淀んだ司令部天幕を後にした。
■■■■
「作戦会議は如何でしたか、閣下」
「如何もなにも、あるものか。ワシらに先陣を切れとの命令じゃ。やってられんわい」
軍帽を取って白髪頭を搔きながら、六十二歳のオッペンハイムがボヤいている。第十一師団の司令部天幕へ戻り、少しだけ気が緩んでいた。声を掛けてきたのは、副官のフェリックス少佐である。
「こんなことなら、あと二、三日、行軍を遅らせても良かったですね」
「まあ、そうじゃ――……おいおい、少佐、滅多なことを言うものではないぞ。それではワシが、故意に遅れたみたいではないか」
「故意に遅れたのでありましょう?」
「それはそうなんじゃが、むぅ、しかし、ならん、それを言ってはならんのじゃ! いいか、ここが重要じゃぞ、よぉく聞け、小僧!」
「はい、閣下」
「うむ。つまりワシら第十一師団は、あくまでも積雪の影響で遅れたのだ。断じてシュレヒテやプファンクーヒェンの如き青二才と合流するのが嫌で、遅れたのではないからのぅ。し、か た が――……無かったのじゃ」
片目を瞑り人差し指を立てて、息子のような副官に説明をする老将の姿は、茶目っ気たっぷりだ。
「はいはい、分かっていますとも。統帥本部には当然、そのように報告を出してありますよ」
少し呆れて老将を見る少佐の目には、親しみが籠っていた。彼は平民の出だが士官学校を優秀な成績で卒業し、不思議な経緯を経てオッペンハイムの下へと転がり込んだ。現在二十七歳で、家族もなく独身である。
「おお、流石はフェリックス少佐。優秀じゃの! そこで優秀な卿に、一つ頼みがある。ブランデーを一杯、持ってきてくれんかの?」
「ははは――……閣下、ブランデーをお持ちしたいのは山々ですが、両軍団長から城への攻撃命令が出ているのでしょう。まずは、これに従うべきではありませんか?」
「そんなものは、ホレ、多少は飲んだ方が気が乗るというモンじゃろがい。話は、そこからじゃ!」
「はいはい――……承知いたしました」
■■■■
第十一師団の攻撃が始まり、三日が過ぎた。
相変わらず断崖を背にしたザルツァ城の正面にはオッペンハイムの十一師団が陣取り、東にシュレヒテの第四軍団、西側にプファンクーヒェンの第五軍団が布陣している。このままでは城内から、蟻の子一匹這い出す術も無い状況だ。あるいは断崖から海への身投げくらいなら、可能かも知れないが……。
だからオッペンハイムに攻撃を続行させつつ、シュレヒテとプファンクーヒェンは別個に降伏勧告の使者をザルツァ城内へと送っている。
オッペンハイムは彼等の行動を無駄と断じながら、使者が出てくる度に攻撃を再開していた。
そうして無為とも思える時を過ごし、全軍に油断が生じていた時のこと。突如としてシュレヒテ中将とプファンクーヒェン中将の指揮下にある部隊へ、敵騎兵が奇襲を仕掛けたのである。
だが敵の数は少なく、二千余りの騎兵であった。しかも両軍団の反撃に遭い、あっさりと転進、逃走した――との知らせがオッペンハイムの下に齎されたのである。
「ほほう――……ついに北部ダランベルが仕掛けてきおったか」
口元へ近付けたブランデーのグラスを脇のテーブルへ置き、珍しく鋭い眼光を見せてオッペンハイムが言う。
「しかし、さしたる戦果を挙げるでもなく――……敗走したようです。所詮、寄せ集めのダランベル諸侯では、何ほどのことも出来ないのでしょう」
「いや、いやいやいや、フェリックスよ。重要な点は、そこではない。敵はワシらではなく、両軍団を狙ったのじゃろう?」
「はい。ただでさえ少数の部隊を二手に分けて、西と東にいる両軍団へ攻撃を仕掛けたそうです。事実、我が師団は攻撃を受けておりません」
「不思議に思わんか、フェリックス。ザルツァ城に攻撃を仕掛けていたのは、我が師団じゃぞ。攻撃を止めようという意図があるのなら、まずは我が師団を狙うべきじゃろう?」
「そう言われてみれば、確かに……ですが、それならば敵にはどのような意図が……?」
オッペンハイムは白くなった眉毛を大きく持ち上げ、口元に笑みを浮かべた。
「フハ、フハハハ! で、シュレヒテとプファンクーヒェンの小僧どもは、一体どうしたかのう?」
「はい。両軍団長は、競うように敵を追いましたが――……」
「なるほど、なるほど。となると、これこそ敵の狙いかも知れんぞ。うむ、うむ――フェリックス、敵が何処へ逃げ、どのような行動を取るか――今後はワシに逐一報告せい。これはもしかすると、大事になるかも知れんぞ……ハハハハハ」
「――と、申しますと?」
「ことによると、背後にいるのは戦争の天才――……ヴィルヘルミネ=フォン=フェルディナントじゃ」
「だとしたら、閣下」
「なんじゃ?」
「もう、飲んでいる場合ではありませんね」
「……えっ!?」
「そろそろ真面目に仕事をして頂かないと、ちょっと困りますので」
フェリックスはテーブルに乗せられたグラスを没収し、ニッコリと笑う。白髪白眉の老将はシュンとした。「ワ、ワシの酒ぇ~」と情けない声を出している。
それでもオッペンハイムは長身の副官に、偵察兵を通常の三倍放つよう命じるのだった。
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