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102 ゾフィーとエミーリアの共闘案件


 ヴィルヘルミネは何にもしていないのに、北部ダランベル諸侯の忠誠を勝ち取った。それはミネルヴァとして活躍した約二週間余りの成果に、ヘルムートの神算鬼謀が掛け合わされた結果である。

 しかし、赤毛の令嬢は狐に抓まれたような気持だ。なのでいつも通り、「ぷぇ?」としか言えないのだった。


 ていうか思い返せば、会談の席で居眠りをしたら、いつの間にかダランベル連邦なんて国家の話が纏まっていた。今更ながら、どゆこと? あり得ないんですけど? 状態である。


 でも、そう言えば「議長になってね」的なことを言われて、「で、あるか」と気安く応えたような気が……。

 となれば多少なりとも自分にも責任があり、そう考えたヴィルヘルミネは引き攣った笑みを浮かべ、こう言った。


「以後、フェルディナントとダランベルは一心同体である。ゆえに情けは味方、仇は敵と肝に銘じよ」


 もっともヴィルヘルミネの弧を描く薄い唇は、誰の目にも美しき冷笑にしか見えなかった。

 横に広がる薄い唇と、やや吊り上がった目がニヤァァァッと細められる様を見ては、どう考えても脅しとしか思えない。この場合はヴィルヘルミネが持つ絶世級の美しさが、余計に恐怖を掻き立てるのだ。

 

 だから責任を感じて精一杯の優しさを込め口にした言葉さえ、冬の雪山に吹きすさぶ風よりも冷たく、絶対零度の刃となって、ダランベル諸侯の心に鉄の掟と刻み込まれたのである。

 つまり「裏切りは絶対に許さぬ」と、解釈されたのであった。


「「「ははっ!」」」


 ダランベルの諸侯が跪いたまま、一斉に頭を垂れる。ある者は背筋に冷や汗を、別の者は額に冷や汗を張り付けながら。

 

 もちろん赤毛の令嬢に、悪意も恫喝しようという思惑も無い。昔の武将は敵を取り込む際、こんなことを言っていたなぁ――くらいの認識だ。何なら「今後は、みんな仲良くね!」という暖かな気持ちですらあった。

 

 だが、誰も令嬢の優しさに気付く者はいなかった。どころか後に北部ダランベル出身の作曲家が、「魔王」という歌劇オペラを書き上げている。内容は魔王が邪神を倒すというもので、むろん魔王のモデルは、この日のヴィルヘルミネ=フォン=フェルディナントなのであった。


 ■■■■


「さて、諸卿。この場にヴィルヘルミネ様がおられるとなれば、もはやフェルディナント軍を疑う余地などあるまい。そこで先の話に戻るが――……ツヴィーゼル山に陣営を築き、三日間をここで凌ぐ、という方向でよろしいか?」


 全員が席に戻ったところで、エミーリアが再び口を開いた。


「いや、待ってくれ、エミーリア殿。ツヴィーゼル山は孤山だ。もしもフェルディナント軍が何らかのトラブルに見舞われ到着が遅れたならば、我等は補給も出来ずに孤立して全滅する。

 むろんヴィルヘルミネ様がおられる以上、フェルディナント軍も必至であろう。だから、その可能性が低い事は分かるのだが――……逆にだからこそ、リスクが高いのではないか? つまりヴィルヘルミネ様に万が一のことがあれば、全てが台無しになる、という意味なのだが……」


 諸侯の一人が、おずおずと言った。

 ヴィルヘルミネの耳がピクリと動き、自己防衛の本能に火が灯る。


  ――よう言うた、名も知らぬ北部の諸侯よ! うむ、そんな危ない場所に、陣など敷かれてたまるか! 陣営とは、いついかなる場合でも逃げ出せる場所に構えるべきものじゃ! おお怖い!


 おおよそ指揮官らしくないことを考え、ヴィルヘルミネは斜め右に席を占めるエルウィンをチラリと見た。自分から「怖い」なんて言えない。ここは一つ、近衛連隊長に期待しようではないか、という訳だ。


 エルウィンは主君の視線を感じ、コクリと頷いた。

 軍事の天才ヴィルヘルミネを差し置いて、発言するなどおこがましい。だが、そこはエルウィン=フォン=デッケン――共に夢を追う者(勘違い)として、最愛の主に見つめられれば、断じて後には引けなかった。


「皆様のご懸念は分かります。ですが我が軍は必ず、約束の日時に到着する。それはトリスタン=ケッセルリンクが率いる軍である以上、疑いようも無い事実です。ですから、その意味においてツヴィーゼル山へ陣を敷くことに、反対するものではありません」


 エルウィンの物言いに、ヴィルヘルミネは眉根を寄せた。心の中の般若が、今にも表面化しそうである。


 ――エールーウィーンー! ちーがーうー! 余ーはー嫌ーなーのーじゃー!


 ヴィルヘルミネ、心の叫びである。が、エルウィンの話は、まだ終わっていなかった。


「しかしながら、別の問題があります。そもそも我が方の数を知った敵軍が、全軍でこちらへ向かってくるとは限らない。例えば敵は二万で我等を抑え、残りの三万でザルツァ城を攻略することが出来ます。

 あくまでも敵の全軍を引き付けねばならぬ以上、守りに徹する訳には参りますまい。ゆえにツヴィーゼル山に陣営を構えることが、得策とは思えません」

「――……で、ある」


 話の続きを聞いて、令嬢の中の般若は引っ込んだ。我が意を得たり。腕組みをして小さく頷き、ヴィルヘルミネはしたり顔を浮かべている。

 一方ピンクブロンドの髪色をした青年は、何とか赤毛の令嬢から合格点を貰えたと胸を撫でおろす。

 エミーリアも机の上に乗せた地図に「バン!」と手を乗せ、「その通りだ!」なんて言い出した。


 ――ようし。これで安心安全な場所へ陣を敷けるのじゃ、ふふふーん。


 そんな風に思って紅茶へ手を伸ばし、ヴィルヘルミネは唇を湿らせた。心安んじて飲む紅茶は、とても美味い。

 けれど令嬢の安息は、すぐに破られた。どうやらエミーリアが切り札を出したのだ。儚い安穏の時であった。


「――だからこそ敵には、我等を先に倒すことが先決だと、しかも簡単に倒せると思わせるのだ。つまりツヴィーゼル山が孤山で守りに適さぬからこそ、我等は陣を敷くッ! それはつまり、こういうことだッ!」


 エミーリアは机の上にある小駒を動かし、包囲中の敵陣を突く。すぐに急速反転させると、ツヴィーゼル山へ逃げ込んで見せた。


「ふむ――……別動隊を使い、敵を急襲。あっさり撃退されたと見せかけて、我等を弱兵だと思わせる。そうすれば、敵は我等を短期間で倒せると考える訳だな?」


 エミーリアの説明を聞き、即座に納得したのはゾフィーであった。思考方法が同種であるが故に、以心伝心なのだろう。


「その通りだ、ゾフィー。一週間もあれば我等を叩けると思えば、敵は全軍を差し向けてくるだろう。指揮官が短絡的かつ嗜虐的な人物であれば、猶更だ」

「敵の指揮官は、短絡的で嗜虐的なのか?」

「ターレダルムのやり口を見れば、分かるッ! しかも二人の指揮官が、それを競っている! ならば我先にと、火に入る蛾のように集まってくるはずだッ!」


 エミーリアは両手をきつく握り、下唇を噛んでいる。

 その姿を見て、ゾフィーは彼女が気負い過ぎだと思った。まるで少し前の自分を見ているようで、どうにも気が重い。


「で、肝心の別動隊を率いるのは誰かな――エミーリア殿」

「そんなもの、私に決まっている」

「さて、それはどうかな。今のあなたが適切な時、適切な場所で撤退命令を出せるとは思えない。怒りに任せて突撃し、本当に部隊を壊滅させては大変だ。良ければその役目、私がやろう」

「なっ――……ゾフィーッ!」

「慌てるな、貴官の功績を奪おうと言うのではない。本来の目的は、敵を引き付けて置くことだろう。だったらツヴィーゼル山に潜む主力こそ、エミーリア殿が指揮するべきではないのか?」

「――……もっともだ。しかしゾフィー……あなたにしたところで、適切な時に適切な場所で撤退命令を出せるのか? 聞くところによれば、随分な猪武者なのだろう?」


 ゾフィーとエミーリアの視線が中空でぶつかり、バチバチと火花を散らしている。


「では、どうすると言うのだ――エミーリアッ!」

「そうだな……」


 蒼氷色の瞳から先に目を逸らしたのは、エミーリアの方だった。


「ここは、折衷案で行こう。私だけでは貴官が不安、貴官としては私が不安。ならば、共に行くしか方法があるまい?」

「馬鹿な! だったら、誰が本隊の指揮を執るのだ!? エミーリアッ!」

「それこそ、ヴィルヘルミネ様がいらっしゃる。違うか、ゾフィー=ドロテア?」


 ゾフィーは大きく目を見開き、それからすぐに笑い始めた。


「それがいい! は、は、は!」

「そうだろう! は、は、は!」


 エミーリアも笑い始め、それは次第に大きくなっていく。

 こうして金髪とブルネットの美女二人はヴィルヘルミネへ向き直り、同時に頭を下げた。


「「よろしくお願い致します!」」


 赤毛の令嬢は紅茶のカップを持ったまま、口から魂が抜けている。

 

「――で、あるか」


 それでも声を出せたのは、「自分は天才だし、いざとなれば何とかなるのじゃ」という楽観的な気持があるからなのであった。

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