101 北部ダランベル諸侯、ついにミネルヴァの正体を知る
エミーリアは偵察から戻ると、すぐに作戦会議を始めた。むろん本来の任務に基づく、敵を三日間引き付け、耐え凌ぐ作戦を決める為だ。彼女には腹案があり、それを今こそ披露することにした。とはいえ説明を始めたエミーリアの声は怒りを孕み、薄茶色の瞳は爛々と燃えている。
「ツヴィーゼル山に陣営を築き、三日間をここで凌ぐ。場合によっては、敵を殲滅してもよい」
三月二十五日の夕刻――北部ダランベル同盟軍は、ザルツァの領都ターレダルムの南西十キロの地点にいた。街道から外れた林の中に迷彩を施した幕舎を立て、会議を行っている。もちろん既に敵の索敵範囲内だが、未だ見つかった形跡はない。
むろん、ここに至るまで街道を避け、慎重に獣道を進んできた。行軍を秘匿した結果として現在の優位があることも事実だが、しかしエミーリアとしては敵の怠慢に、些か拍子抜けする思いである。
なぜならプロイシェ軍も、北部ダランベル同盟がフェルディナントと何らかの協定を結び、軍を北上させたという情報ならば掴んでいるはずなのだ。にも拘らず彼等は対策を講じずに街を焼き、悠然とザルツァ城の包囲を続けていた。
裏を返せばプロイシェ軍は北部ダランベル軍が来たところで、何も出来まいと高を括っている。これがエミーリアの逆鱗に触れたのだ。
――舐めやがって! 私達には戦う力など無いと、そう思っているのかッ!
エミーリアは内心で渦巻く怒りを隠し、努めて冷静にヴィルヘルミネを上座に据えた作戦会議を進行していた。
「諸卿――何かご意見は?」
天幕の中、長机を囲む人員は北部ダランベル、フェルディナント共に三人ずつ。他の幹部士官は後ろに立ち、意見があれば適時発言をする――というシステムだ。
エミーリアは不敵な笑みを浮かべながら、ぐるりと周囲を見回している。
実のところエミーリアは、ツヴィーゼル山に陣営を築くことの不利を知っていた。この山は周囲から孤立しており、囲まれれば補給が滞る。だからフェルディナント軍が別動隊として来援しなければ、全滅必至の地形なのだ。
となれば北部ダランベル諸侯としては、フェルディナント軍に問いたいことがあるだろう。しかし誰も何も発言をしなかった。それこそフェルディナント軍に見捨てられれば本当に終わりだから、余計なことを言いたく無いのだ。
フェルディナント側としても、まだヴィルヘルミネの正体を明らかにしていない以上、口を慎むべきだと認識している。だから積極的に意見しよう、という者はいなかった。
となれば当然、座を支配するのは沈黙だ。ゆえにエミーリアは最後に上座へ座る赤毛の令嬢で、目を止めた。何故なら全てを話し、諸侯の弱気を払おうと思ったからである。
「――ヴィルヘルミネ様は、如何思われますか?」
■■■■
北部ダランベル同盟の士官たちが、「ヴィルヘルミネ」という名にどよめいた。今この瞬間まで、同行しているフェルディナント軍の指揮官の名が、明かされていなかったからだ。
しかもヴィルヘルミネは今までダランベル同盟において、ミネルヴァという名で通っていた。だからエミーリアと馬車で行軍しても、何ら不自然では無かったのだ。
それが蓋を開けてみれば、赤毛の少女が作戦会議で上座に座っていた。何事かと皆が思っていた。いっそクーデターを疑う者もいた程だ。けれど今、明かされた真実は――それよりも驚くべきものだった。
「ヴィル……ヘルミネ様だって?」
「副官殿がか?」
「いや――……考えてみればミネルヴァは、僅か一週間で全軍を掌握した。そのようなことが出来る者が、世界に二人といる訳が無い。ミネルヴァがヴィルヘルミネ様ならば、むしろ納得できる」
「しかし、なぜ……ヴィルヘルミネ様はミネルヴァとして、我等の中に……?」
天幕の中が、ざわざわと騒がしくなった。エミーリアは片手を上げて騒めきを制しつつ、厳かに説明を始めた。
「この戦いは、つまり全てヴィルヘルミネ様の手の中にあったということだ。己の無様を認めるようで情けないが――……ヴィルヘルミネ様にとっては最初から、敵はプロイシェだけだった。
ゆえに私は賛成したのだ。フェルディナントを中心とした、ダランベル連邦に参加することをッ!」
「「「「な、なんだって? ただの同盟では無いのかッ!?」」」」
諸侯たちが「ズガガーン!」と衝撃を受けている。
「ああ。ただの同盟などではない。南北のダランベルとフェルディナントで、連邦国家を作るのだ。既に南ダランベルの諸侯は、合流を承知している」
「「「「そ、そんな! 無茶なッ! エミーリア殿ッ! 父君が何と言われるかッ!?」」」」
もはや北部ダランベルの諸侯は、開いた口が塞がらない。ついでに言えば、赤毛の令嬢本人も口をポカーンと開けたかった。「ちょっと、何言ってるのか分からない」そんな気持ちだ。
「この話を拒絶して、父に生きる道は無い。そも、これはヴィルヘルミネ様を議長とした君主連合だ。国家としての人口、凡そ三百五十万人――……これがなれば勢力はプロイシェに比し、逆転するッ!」
「ま、待て、エミーリア殿! それはフェルディナントに全てが吸収されるということではないのかッ!?」
諸侯の一人がヴィルヘルミネに遠慮しながらも、反論を口にする。今まで独立独歩でやってきた領主貴族としては、どうにも納得しかねる案件であった。
だが一方でプロイシェに押しつぶされてしまえば、貴族としての立場すら危ぶまれる。八方塞がりのような気分で、大の男が目に涙を溜めていた。
そんな彼に答えたのは、今まで沈黙を保っていたエルウィンだ。立ち上がって会釈をし、軽く自己紹介をして朗々と言う。
「確かに皆さまの軍は我がフェルディナントの傘下に入りますが、しかし一方で皆様には連邦議会における議席権が保障されましょう。
また同時に皆さまには、人口三百五十万を要する国家の要職に就く権利も与えられます。ならばこれは同化と言うべきで――……つまりは我々と共にヴィルヘルミネ様を中心とした、大きな国を作るということなのです」
エルウィンは「我々」という言葉を強調し、説明を終えた。
彼にとってはヴィルヘルミネが国家の中心でありさえすれば良いので、「我々」と称することに何ら抵抗も無い。そしてそれはフェルディナント公国における重臣の、共通の認識であった。
そんなエルウィンの言葉に、北部ダランベルの諸侯も絆されていく。
「なるほど。つまり、キーエフ帝国内におけるダランベル地方の領主連合――という体ですか」
「確かに、これならばプロイシェに互する。今までのように、要求を呑むだけの屈辱に甘んじずとも済むぞ」
頷き合う諸侯たちを見て、エミーリアが「は、は、は!」と大きく笑った。もはや彼女はヴィルヘルミネに忠誠を誓っているから、北部ダランベルの諸侯を引き込めたことを喜んでいる。しかも目の前のプロイシェ軍に対する怒りが、この喜びを増幅させていた。
「いや。それどころか諸卿! フェルディナント軍と我等の軍が一体化すれば、力だけでもプロイシェを圧倒する。しかも、その軍をヴィルヘルミネ様が率いるとなれば――……無敵だぞ!」
「うむ。エミーリア殿の仰る通りだ! ミネルヴァとして行った数々のことを思えば、ヴィルヘルミネ様の天才性は疑いようも無いッ!」
北部ダランベルの誰もが顔を見合わせ、破顔した。それ程にミネルヴァが北部ダランベル同盟軍に示した才能の片鱗は、凄まじかったのである。
こうして北部ダランベルの諸侯は椅子を降り、片膝を付いてヴィルヘルミネへ忠誠を誓う。それを見て赤毛の令嬢は途方に暮れつつ、「これ全部、ヘルムートのせいかなー……」と思うのであった。
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