100 焼かれたターレダルム
北部ダランベル同盟軍がザルツァ領に到着したとき、領都であるターレダルムは既に灰燼と化していた。金品や食料を求めたプロイシェ軍が、豪略の限りを尽くしたのだ。美しかった古都は見る影もなく崩れ去り、今や地獄の様相を呈している。
とはいえ当時の軍隊における略奪行為は、ある種ボーナスのようなもの。兵の士気を保つ為に、街を占領した指揮官が数日ないし数時間という期限を設け、略奪を許可する場合も多かった。
もっともそれは、あからさまな敵国の場合だ。プロイシェと北部ダランベルは長年懇意にしてきたし、民族としても同一なのだから、こうした場合でも温情があって然るべきだろう。だというのに一切の情け容赦もなく、街は焼き尽くされていた。
「おのれ、プロイシェのやつらめ……百五十年にも及ぶ我等の忠義を、かくも無残に踏みにじるか……!」
未だ燃え燻る家屋から黒い煙が立ち上り灰色に染まった空を眺めて、エミーリアは血が出る程に唇を噛みしめた。彼女の発する怒気は、艶やかなブルネットの髪さえ逆立たせんばかりの勢いだ。
しかし一方で偵察に出した者の報告によれば、住民の死者は百人に満たないという。どうやらどうやらエミーリアの父親であるザルツァ辺境伯が、寸でのところで住民を城内に避難させていたらしい。逃げ遅れた者は老人や足が不自由な者、或いは「神がかり」と呼ばれる独特な人たちであった。
「愚かな。街を燃やし、弱者を殺して何の益があるというのか……」
エミーリアの隣に馬を並べ、ピンクブロンドの髪色をした青年も絶句している。エルウィンは万が一の場合にヴィルヘルミネを守る必要から、エミーリアに同行して高台の上から敵情の視察をしていたのだ。にしても、酷い惨状であった。
「この報いは、必ず受けさせるッ!」
今ばかりはイケメン好きのエミーリアもエルウィンの美貌に目もくれず、血涙と共に誓っている。
「気持ちは分かる――……むろん我々も、出来る限りの協力はさせて貰う。が、差し当たって、短気は起こしてくれるなよ、エミーリア殿」
同情を示しつつも、眉根を寄せてエルウィンは忠告をした。敵に蹂躙された故郷を気の毒とは思うが、彼の任務はあくまでも主君の護衛だ。
エミーリアが短気を起こせば、その分だけヴィルヘルミネが危険に晒される可能性も上がる。ならば、釘をさしておかねばならないのだった。
「冷静だよ。ああ、私は今や、誰よりも冷静だ。奴等を根絶やしに出来るのなら、いかなる艱難辛苦も乗り越えて見せよう」
「ほら見ろ、熱くなっている。君は何というか……少しゾフィーと性格が似ているから、分かるんだ」
「あ、あんな金髪馬鹿と一緒にするなッ! と、とと、とにかく今は、奴等を引き付ければいいんだろう? 三日、三日だな――……やるとも、やってみせるとも! 十分に分かっている!」
「ああ、なら良いんだ。頼むよ、エミーリア殿」
エミーリアは全身に怒りを滾らせならも、部隊へ戻ることにした。エルウィンにゾフィーとの類似性を指摘されなければ、危うく任務を忘れるところであった。
ピンクブロンドの髪色をした青年は肩を竦めつつ、エミーリアの後に続く。
――やれやれ。ヴィルヘルミネ様のお傍に侍る女性はどうも、苦手だなぁ。
エルウィンは幾人かの顔を思い出し、苦笑を浮かべている。どうして誰もかれも気が強く、一筋縄ではいかない人ばかりなのだろうと思うのだ。
ゾフィー=ドロテア、エリザ=ド=クルーズ、アデライード=フランソワーズ、そしてエミーリア=フォン=ザルツァ……。
――そういえばランスの情勢はどうなっているだろう? 国王派の軍人は職を解かれたと聞いたが、アデライードは無事なのだろうか……。
思えばアデライードは芯こそ強いが、他の誰よりも優しさを兼ね備えている。彼女だけは苦手じゃあ無いと思い直す、エルウィンなのであった。
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