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99 二人の間に挟まれて


 ――どうしてこうなったのじゃ!


 茫然自失の体で馬車に乗り、暫く経った今もヴィルヘルミネは頭を抱え込んでいた。車室にいるのは他に、ゾフィーとエミーリアである。

 

「まだ体調が悪いのですか?」

「いや。体調は悪くないのじゃが、じゃが……」


 エミーリアに問われて、何とも煮え切らないヴィルヘルミネだ。


「じゃが? また、ジャガイモの件ですか?」

「ううぅ。そうではない、そうではないのじゃ……」

「ああ、もうッ! ヴィルヘルミネ様は、エミーリアとかいう田舎女と一緒にいるのが嫌なんですよ! だいたい何だって、あなたまで馬車にいるんです? 全軍の司令官らしく馬に乗り、堂々と進軍すれば良いじゃないですかッ!」


 ヴィルヘルミネの正面でオロオロとした困り顔を浮かべるエミーリアに対し、令嬢の隣に座るゾフィーがズビシッと言った。

 ことある事に睨み合う二人だが、どうやら赤毛の令嬢に対する親愛の情だけは同じらしい。その辺りを互いに察しているからか、決定的な破局だけは避けていた。


 なお、ヴィルヘルミネが頭を抱えている理由なら簡単だ。

 どういう訳か会談時、トイレから戻ったら――あれよ、あれよ、と言う間に馬車へ乗せられた。しかも馬車が向かう先は、プロイシェ軍と北部ダランベルが戦う最前線だという。


「時期が来ましたら我等はダランベル連邦を名乗り、プロイシェ王国に対し宣戦を布告致します。その際ヴィルヘルミネ様には連邦評議会議長に就任して頂き、全ダランベル君主の代表として――……」

「ぷぇ?」


 ついでにヘルムートが何か、よく分からんことを言っていた。


「対プロイシェ戦に関しては、万事お任せあれ」

「ぷぇ?」


 気付けばトリスタンが自信満々で請け負い、戦争は避けられそうもない。


 挙句の果てにはゾフィーとエミーリアの仲が拗れて、自分を間に挟み一触即発だ。そりゃあ頭の一つくらい抱え込むってモンである。

 

 という訳でヴィルヘルミネは現在、近衛連隊に守られ再びボロヂノ領へと向かってる。不幸中の幸いは彼等とエルウィン、それからゾフィーが今度は側にいることなのだが。


 しかし本来ならば今頃は三万の大軍と合流し、安心安全の下に枕を高くして眠れる筈だった。

 それが兵員わずか二千強を率い、再び北部ダランベル同盟軍と合流する羽目になるなんて――……馬鹿かと! アホかと! とヴィルヘルミネは思うのであった。


 ■■■■


 ボロヂノ領へ帰りつくと、エミーリアは落ち着く間もなく全軍に移動命令を下した。既に夕刻であったが、事態は深刻である。

 深夜まで先を急ぎ、六時間の大休止を挟んで早朝から進軍を再開、北部ダランベルでも最北端にあるザルツァ家の所領へと向かうのだった。


 フェルディナント軍参謀本部の作戦に従い、北部ダランベル同盟軍は動いている。つまりトリスタンは、ほぼ正確にゴットフリートが立てた作戦を読み切った。その上で、作戦計画を立案したのである。

 だからフェルディナントと北部ダランベルの会合において、オッドアイの参謀総長はこう言った。


「敵は軍を三つに分け、各地を攻略しつつ最終的にザルツァ領で合流するはずだ。本来ならば各個撃破することが望ましいが――……しかし今からでは間に合わない。

 となればザルツァ領において集合した敵軍を北部ダランベル同盟軍が引きつけ、我がフェルディナント軍は側面へ回り込み、これを挟撃するべきであろう」

「おお、流石はフェルディナントの参謀総長だ。上手くすれば、我がザルツァの城塞と三方からの包囲攻撃が出来るという訳だな!」


 エミーリアは両手を打って賛意を示し、大きく頷いた。


「うむ。ただし、問題がある。我等が敵側面へ迂回するまで、貴官に時間を稼いでほしいのだ。ダランベル連邦評議会議長の名で宣戦布告をせねばならんという、政治的事情もある。

 もっとも、エミーリア殿……貴官が時間を稼げぬというのなら、別の作戦を考えるが?」

「やる! やらせて頂く! 我が父祖の地を守るにフェルディナントの手を借りるのみならず、自らが努力を怠るようでは話にならぬ! 何がどうでも遣り遂げて見せるから、信じて欲しい!」


 会合の席においてトリスタンとエミーリアの間には、こうした合意があった。とはいえ、ザルツァ家の本拠が早々に陥落している可能性だってある。だからこそエミーリアは軍を急がせていた。

 

 けれどザルツァ家の居城は街を見下ろす高台の上にあり、その北側は断崖絶壁だ。そもそもが西方に対する備えとして作られた町だから、そう容易く落ちたりはしないはず。

 だからエミーリアは心の中で「きっと大丈夫」と念じながら、自らの不安と戦い、じりじりと心を焼かれるような数日を過ごしていた。


 そうして三日目の朝。車室でむっくり起きようとして、べちゃっと潰れたヴィルヘルミネが問う。


「――のう、エミーリア。敵は五万の大軍と聞く。しかるに我が方は一万五千で三日の間、敵を引き付けておかねばならぬのじゃろう? 何か妙案でもあるのか?」


 昼夜を問わぬ行軍に、すっかり疲れ切ったヴィルヘルミネはスライムのようになっていた。


「まるで、私を試すようなことを仰るのですね――閣下は」


 液状化した軍事の天才に対し、エミーリアは微苦笑を浮かべている。スライムみたいなヴィルヘルミネのだらしの無さが、全くの余裕に見えていた。


 ――この方であれば三日間敵を引き付けるだけでなく、勝利すら得てしまうのだろう。


 そう思えば、自分の答えなど取るに足りないものだ。けれどエミーリアは己の誇りに掛けて、自分自身の手で故郷を守りたい。だからこそ胸を張り、ピンと背筋を伸ばして答えることにした。


「ザルツァは私の生まれ育った土地です。相手が五万であれ十万であれ、時間を稼ぐだけなら造作もないこと。ヴィルヘルミネ様におかれましては、心安んじて私にお任せあれ」

「――で、あるか。ならば良い」


 ゾフィーの膝を枕にした赤毛のスライムは、小さく頷き満足そうに目を瞑る。


「あの、ヴィルヘルミネ様」

「なにか?」


 エミーリアは、もしも必勝の手があるならば訊きたいと思った。だから、再び目を瞑ろうとする令嬢を引き留めて、声を掛けてしまったのだ。


「その――……もしも何か、お考えがあるのでしたら……」

「ふむ……今の余は人質であろう? それが何かを申すなど、おかしな話じゃて」


 ヴィルヘルミネは片目を開けて口の端を僅かに持ち上げ、ボソボソと答えた。それから、すぐにまた目を瞑る。彼女は建前を語っていた。だが、この建前は正論である。


 そもそもフェルディナントと北部ダランベルの連携は、極秘裏のこと。だからこそ今のヴィルヘルミネは馬にも乗らず、馬車の車室で大人しくしているのだ。

 エルウィンが率いる近衛連隊も、フェルディナントの旗を掲げてすらいない。


 ――なんという余裕だ。


 エミーリアはヴィルヘルミネの中に、必勝の策があることを確信した。しかも令嬢の態度を、「私の気持ちを理解した上で、あえて惚けている」と考えたのだ。大きな勘違いだが、彼女がミネルヴァであった時の働きを思えば、それも当然と思えた。


 ――そうだ。今ここで頼れば、私の誇りは粉と散る。それを慮って……流石です、ヴィルヘルミネ様!

 

「そう、ですよね。そう――……私の責任において、必ずやり遂げなければ……!」


 だからエミーリアは背を向けて眠るヴィルヘルミネに一礼し、奥歯をキュッと噛みしめて。


「エミーリア殿――……何となれば、ヴィルヘルミネ様がおられる。ダメならダメで良いのだ。そう肩肘を張らず、力を抜いてやってみれば良かろう」


 右手でヴィルヘルミネの赤毛をそっと撫でながら、静かにゾフィーが言っていた。視線は車窓へ向けられて、流れる景色を追っている。

 エミーリアはふと笑み浮かべ、ゾフィーと同じ景色を眺めて言う。


「なんとまぁ、貴官が私の心配をするなどと――……雪が降らねば良いのだが」

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