97 プロイシェの第二王子
プロイシェ王国はフェルディナント公国の北東に位置する、東西に細長い国である。その北側は海に面し、南東には大国キーエフと国境を接する軍事大国でもあった。
だからこそ西方に位置する北部ダランベル地方に対しては、支配的な地位を占めている。小君主が纏りも無く乱立している状態だから、プロイシェにとっては御しやすい地域だったのだ。
特に辺境伯として頭一つ抜きん出ているザルツァ家を押さえておけば、他は烏合の衆に過ぎない。そういった状況を、過去百五十年に渡り続けていた。
しかし一方でプロイシェは、北部ダランベルの直接支配に乗り出そうとはしていない。それは地域の主要産業が林業であり、これに対して関税を掛ける為であった。
ダランベルで取れる木材は良質で安い。これがプロイシェ国内に何の障壁もなく流入すれば、まず国産業者は生き残れまい。
となれば林業を生業とする地主貴族が納得するはずなど無く、だから北部ダランベルは併合を免れたのだともいえる。
また、国家予算の八十パーセントを軍事費に振り切るプロイシェにとっては、林業以外にうま味の無い土地を得るより、領主たちから安全保障費という名目で現金を得る方が良い。
そうした国家と貴族たちの利害が合わさり、プロイシェは北部ダランベルに対し領土的野心を抱かなかったのである。
だが先の敗戦により、プロイシェは多くのモノを失った。物資も名誉も人命も――だ。
もとよりランス王国が二千万人、キーエフ帝国の千五百万人という人口に対し、プロイシェは三百万人に過ぎない。つまり軍事力がいかに強大でも、大国と比べれば回復力は大きく劣るのだ。
だからこそプロイシェはグロースクロイツ大公の国葬を終え、多くの英霊を弔った後、王都ツェペシュにある宮殿において緊急の御前会議を行ったのである。
会議が行われたのは、二月も下旬のある日のこと。
プロイシェ北部の突き出た半島、その中ほどに位置する王都ツェペシュの風は冷たかった。締め切った宮殿の窓には雪交じりの風が当たり、廷臣たちは心持ち早歩きをしている。
「我が国が今、可及的速やかに必要とするのは人的資源であります。ゆえに西方はダランベルの地を今こそ、手に入れるべきでしょう! さすれば先の敗戦により失った人的資源を確保し、地に落ちた我等が武威も再び輝くものと信じる次第にございます!」
御前会議において最初に起立し、発言したのは第二王子ゴットフリートであった。彼は頭角を現し始めたジークムントを牽制するように睨んでから、恭しく父王に頭を下げる。
「――と、いうことだ。確かに我が国は先の敗戦により国柱たるグロースクロイツと、数多の兵を失った。むろん名誉も、だ。
余としては、その双方を回復せしむるという統帥本部長代理――……ゴットフリートの意見に、全面的とまではいかんが、賛成する次第である」
第二王子に促された国王オイゲン三世の発言は、相も変わらず煮え切らなかった。だというのに一定の指向性があったせいで、国家が行くべき道は決まってしまう。国王が最初から賛成している意見に対して、誰が反対など出来ようか。
となれば、あとは「どのように攻めるか?」という問題に過ぎず、軍人の独壇場だ。謀略家の財務大臣さえ、「国家財政を破綻させる気か……」と国を憂うる始末である。
だが軍人たちは「勝つことで金は稼げる」と信じていたから、もはや話も噛み合わないのだった。
会議は午前十時から始まり、昼食を挟んで午後三時まで続いた。
誰もが未曽有の国難を予感しつつも軍国という虚名に縋り、自らが決定的な敗者になるとは考えてもいない。だから国王も重臣も、どこか呑気な雰囲気が漂っている。
――国軍の三分の一を喪失したのに、またぞろ出征なんて、国を亡ぼすつもりとしか思えないよねぇ。叔父上が生きておいでなら、何と言われることか――……国王陛下もろとも、一喝するのかなぁ?
ま、私には出来ない芸当だねぇ、フフッフー。
そんな中でジークムントは円卓の一隅を占め、一人欠伸を噛み殺しているのだった。
■■■■
「負け戦で中将に昇進。第五師団を中核とし、先の戦の残存兵力に新兵を加え、第七軍団を創設。その軍団長に収まるとは、如才ないではないか、え、ジークムント。まさかお前のようにいい加減な男が、御前会議に出席を許されるようになるとはなぁ」
御前会議が始まる前のこと。一人紅茶を飲みながら、円卓に座って資料を眺めていたジークムントに話しかける男がいた。
優し気で爽やかな声は、親しみを感じさせる。けれど言動は敵対的で、表情には壊滅的な嫌悪の色を浮かべていた。
「やあ、ゴットフリートの兄上」
「兄上ではない、統帥本部長と呼べ」
「でも、まだ代理でしょう? フフッフー」
「ちっ、うるさい!」
腕組みをしてドカリと豪奢な椅子に深々と座る、当年とって二十六歳の男。彼はプロイシェ王国の第二王子にして、ジークムントの兄である。髪の色は弟と同じくプラチナブロンドだが目は薄い灰色で、酷薄そうな印象の人物であった。
「――で、此度の会議は統帥本部長が願い奉り、招集なさるよう陛下に働きかけたとか。どのような意図がおありなのですかぁ?」
「なに、大したことでは無い。未曽有の国難を取り除く方策を、皆に教授しようと思ってな」
「おお、流石は兄上ですねぇ。して、それはどのような方法で?」
「ふん、出来の悪いお前にも分かりやすいよう、教えてやるよ――ジークムント。今、北部ダランベルの状態は、どうなっている?」
「どうって、南部ダランベルと戦いつつ、これからフェルディナント軍を迎え撃つのでしょう。我等が手を引いたから、単独で……」
「ああ、そうさ……ククク、奴等は単独で、戦わねばならない」
ゴットフリートは身を乗り出すと、忍び笑いを漏らしている。そうして自分のこめかみを人差し指でつつき、「いいか、頭を使え」と偉そうに言った。
「つまり北部ダランベルの主要都市は、今や無防備なのだ。これを攻めれば大した抵抗も無く落とせるし、何ならフェルディナントへ恩を売ることも出来る。それに北部ダランベルを手に入れれば、我が国の人口も数十万人は増えよう。国力は回復する」
「それはまぁ何とも、火事場泥棒のようなやり口ですねぇ」
「だが、合理的だ。土地も人も金も手に入る。叔父上が失ったモノを、そっくりそのまま私が取り戻すのだ!」
「――そう、上手く行きますかねぇ?」
「上手く行かせるさ」
「しかし、急激な統一は経済を混乱させます。それに新領土の民には、どのような地位を与えるのですか? いまさら奴隷というのも、おかしな話でしょうねぇ」
「そんなものは、政治屋の考えることだ」
「ですが兄上――私たちは王族です。軍事、政治、経済、それら全てを包括的に考え、動くべきではありませんか?」
「おい、ジークムント、口を慎めよ? この作戦が成功すれば、音楽にしか興味を示さぬ兄上を排して、私が王太子ということも十分にあり得るのだ。なんとなればお前も誰に付くべきか、しかと考えておいた方が良かろうさ……」
第二王子たるゴットフリートは、ジークムントに釘を刺した。つまり「私に付いた方が得だぞ」と。他の武官たちにも、恐らくは根回しをしていたのだろう。
だから北部ダランベルへの出兵はつつがなく決まり、一人乗り気で無かったジークムントは見せしめのように、後方へ配されたのだった。
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