93 エリートだったヴィルヘルミネ
迫りくる賊とヴィルヘルミネの間に割って入ったのは、スヴェンであった。彼は手にしたフォークを突然の乱入者へ投げつけ、自らの身体を盾にして赤毛の令嬢を庇っている。
「ぐああッ!」
流石は元狙撃兵と言うべきか、スヴェンが投げたフォークが乱入者の左目に命中した。短い悲鳴が上がる。だが後続の敵は怯まず、狭い部屋に分け入ってきた。
「恥を知らねぇ奇襲にも関わらず、天誅なんぞと己が正義を声高に叫ぶ。テメェら、貴族のボンクラどもだな?」
ロホスは敵の出で立ちと血走った眼を睨み、眉間に深い皺を寄せている。
敵は室内の戦闘に備えて短剣を構えているが、扱いに慣れているとは言い難い。どちらかと言えば動きは、正統派の剣術に由来しているようだ。
「平民に応える口など持たぬ! ミネルヴァに加担する者であれば、誰であれ容赦はせぬぞッ!」
「へッ、そうかい! やれるモンなら、やってみなァ!」
――ま、敵は要するに時節も弁えず、フェルディナントとの同盟に反対する身内ってとこか。そりゃ、粗末な頭ってのも道理だぜ。
ロホスは敵との問答を経て正体を察し、三下だと断じた。とはいえ、こちらには武器と呼べるものが無い。形勢は、余りにも不利であった。
「な、なんなのよ、アンタたちッ!?」
レーナは気丈にも燭台を持って立ち上がり、ヴィルヘルミネを守ろうと吠えている。赤毛の令嬢もレーナが勇気を奮い立たせる姿を見れば、立ち上がらざるを得ない。なんと言っても、一応は軍人だ。
ロホスはそんな二人を横目で見やり、決断をした。自分が敵を食い止め、他の者を逃がす。これが最良の選択だ。
「スヴェン、嬢ちゃんとレーナを守ってやれ!」
「言われなくても、守ろうとしてるだろうがよッ!」
「だから、一緒に戦えっていってるんじゃねぇよ! ここは二階だ、二人を連れて、さっさと窓から飛び降りて逃げろってんだッ!」
ロホスは言いながら食卓を引っくり返し、敵との間にバリケードを作っている。
「ち……分かった! 親父、死ぬんじゃねぇぞッ! ミーネ様、レーナ、付いてこ――……ちっ!」
「おい、スヴェン! モタモタしてるんじゃねぇ! さっさと行かねぇかッ!」
「親父……そうしたいのは山々だがよ、どうやら、こっちも行き止まりってやつだ」
スヴェンが木窓を開け放とうとした瞬間、上階から覆面姿の男達が飛び降りて、部屋の中へ転がり込んできた。
こちらから来た敵は三人だが、どうやら入り口から突入してきた男達よりも手練れらしい。黒いコートに身を包んでさえ、隆々とした肩の筋肉が盛り上がって見える。
「テメェら、傭兵だろ。この人がエミーリア様の副官、ミネルヴァ様だと知っての仕事か? 誰に付くかを間違えると、長生き出来ねぇ稼業だぜ。こっちに付くなら、奴等の三倍――金を払っても良い。考えろ、馬鹿どもが……」
答えは無いと知りつつも、スヴェンは時間を稼ぐために問う。
「敵の言葉に耳を傾けるなッ! お前達には高い金を払ったんだ、やれッ!」
怒りに震える声が、後ろから聞こえた。ロホスと対峙している男の一人が、大声で叫んだのだった。
■■■■
「――天誅などと言うのなら、余だけを狙えば良かろうッ! 他の者は、関係ないのじゃ!」
凛と澄んだ声で、ヴィルヘルミネが一喝した。場の空気が一変し、敵も味方も全員の行動が止まる。それは、ある種のカリスマだった。
賊は彼女の持つ威圧感に狼狽しつつも、負けないように声を張り上げる。
「そ、そうはいかんッ! 目撃者は全て消す! 貴様に協力する者ならば、なおさらだ! でなければ……でなければッ!」
「でなければ、なんなのじゃ?」
ジロリ――怒りの眼差しをヴィルヘルミネへ向けられ、賊はたじろいだ。中途半端な貴族であるがゆえに、王侯にも匹敵する絶対的な気品を身に纏うヴィルヘルミネの視線が、レーザービームのように突き刺さる。
そもそも赤毛の令嬢は、心根が優しい。だから身内と思う者が傷つけられることを、極度に嫌っている。そういう場合だけは高貴なる貴族的精神を発揮し、我が身を厭わず前へ出てしまうのだ。
とはいえ武勇に秀でている訳ではないし、内心は極小のチキンハート。だから今も、心臓バクバクの命懸けだ。いわゆるノブレス・オブリージュの精神が、どういう訳かヴィルヘルミネには根付いているのだった。
――ああもう、余、泣きそう!
お目眼ぐるぐるヴィルヘルミネは、ふんぞり返って敵も味方も威圧した。けれど内心は、この有様である。だが今回は、そうした赤毛の令嬢による決死の行動が、全員の生死を分けた。
何故かと言えば、次の瞬間にジーメンスとイルハン=ユセフが室内へ突入したからである。
「ユセフは正面を」
「承知した」
「ボクは奥を片付ける」
「頼む」
ジーメンスは入り口近くの敵をイルハン=ユセフに任せると、自身はヴィルヘルミネの側近くへ駆けつけた。窓から入り込んだ賊が短剣を翻した瞬間に、身を翻して刃を奪い取る。
さらにジーメンスは奪い取った短剣を、側面にいる敵へ投げつけた。狙いは過たず、短剣は敵の額に命中。賊がもんどりうって倒れ込む。
「――ジーメンス、賊は、全員、殺していいのかッ?」
イルハン=ユセフは十三歳とは思えぬ怪力で、賊二人の頭部を掴みゴチンとぶつけている。
「もちろん、ダメだ。背後関係を吐かせなければ、意味が無い。君もエリートなら、その程度は自分で考えたまえよッ!」
ジーメンスとユセフの二人が次々に敵を仕留める様を見て、ロホスとスヴェンは暫し呆気に取られていた。けれどすぐに気を取り直し、彼等と連携して賊を撃退していく。
「――チクショウ、聞いていた話と違うじゃねえか! こんな奴等が相手じゃ、いくら貰ったって割に合わねぇッ!」
窓から侵入した賊の一人が、身を翻して逃げ出した。部屋の窓から飛び降りたのだ。
「おい、坊主ども! 一人逃げたぞ――いいのかッ!?」
ロホスが賊の頭に椅子を振り下ろしながら、大声で叫ぶ。座面が敵の頭に当たって砕け散り、賊はヘナヘナと床へ倒れ伏した。
「フフ……エリートの仕事にミスなど無いのだよ、ご老体」
最後の敵を回し蹴りで倒し、その直後にジーメンスは人差し指を立てて答えた。宿の外には三名の部下を率いるシュミットがいて、逃げる敵を捕らえることになっている。万全であった。
それに今、回し蹴りを喰らわせ失神させた敵は、最初に「天誅」と叫んだ男である。逃げ出した男と合わせて尋問すれば、誰が黒幕かも分かるだろう。
ともあれジーメンスはヴィルヘルミネの前に跪き、到着が遅れたことを詫びることにした。
「今少し早く小官が到着しておりますれば、ヴィルヘルミネ様には無用のご心配を掛けずに済みましたものを――……申し訳ございません」
「よい。見事な働きであった、褒めて遣わす」
「いえいえ、それ程でもありますがッ! それよりもヴィルヘルミネ様が賊に切った啖呵こそ、最高でしたよ! 民の為に我が身を厭わず投げ出すなんて、そうそう出来ることじゃありませんから! まさにエリートですッ!」
「む、む……ところで――なにゆえ卿は、ここにおるのじゃ?」
「はっ、実は――……」
こうしてジーメンスはヴィルヘルミネに事の経緯を説明し、陰から見守っていたことを告げた。今回も隣室で警護しており、物音に気付いてすぐさま駆け付けた、という次第である。
なお襲撃した男達はロホスの読み通り、北部ダランベルの主戦派であり、エミーリアに対する反動勢力であった。流石のヴィルヘルミネも、これを放置することは出来ず、首謀者を逮捕拘禁した上でエミーリアへ報告をしている。
結局ヴィルヘルミネはこの日、眠る間もなく朝を迎えることとなり――……。
ウトウトしながらエミーリアと共に、フェルディナント陣営に交渉へ向かうこととなるのだった。
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