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90 ヴィルヘルミネの提案


 ヴィルヘルミネの提案を聞いたエミーリアは、思いっきり眉根を寄せて否定した。


「無茶を言うな、今更そんな――……出来る訳がない!」


 しかし赤毛の令嬢は余裕の笑みを見せ、「大丈夫」と請け負った。


「ボロヂノ領を返還すると約束し、子爵の身柄を開放する。その上で、余――ではなく、わたくしとエミーリア様がフェルディナント陣営へ赴けば、必ず交渉は成功するのじゃ、ですだよ」


 ベッドの上で自信満々に頷くヴィルヘルミネは、北部ダランベル同盟とフェルディナントが手を結べば、プロイシェに対抗出来るとエミーリアに説明をした。

 数学というより算数が得意な彼女の事、五万のプロイシェ軍に対抗するには、三万のフェルディナント軍と一万二千の北部ダランベル同盟軍を合わせれば良いという計算である。


 もちろん戦いというものは、単純な数の計算ではない。兵の練度、士気、兵科のバランス、地形、天候、政治情勢、指揮官の資質、武器弾薬、糧食の補給などなど、様々な要素が絡み合っている。そのどれか一つを失うだけでも、ボタンを掛け違えた衣服のように体を為さないのが軍隊というものだ。

 けれど自己の天才性を信じて疑わないポンコツ令嬢は、それら一切合切を放り投げ、ただ兵力だけを見て戦争を語っていた。ある意味では単純明快である。


 一方エミーリアは軍事に能力が偏っているとはいえ、いや、だからこそ急造の同盟では軍国プロイシェに勝てると思えない。

 加えてフェルディナントには以前、オットー=フォン=ボートガンプを始末し、降伏せよ――と、迫られている。そのクセにマイヤー伯がオットーを殺害して降伏を申し入れると、罪状を問われて処断された。


 もちろん全ては政治状況を考慮したリヒベルグ発案の謀略なのだが、根が単純なエミーリアにとってはトラウマレベルの出来事だ。なのでフェルディナントという国を、エミーリアは根本的に信用出来なかった。


 とはいえ、ならばプロイシェに付くかと言われれば、そんなことはもはや不可能である。

 彼等はフェルディナントに味方をすると明言し、北部ダランベルへ攻め込んだ。ならば想定し得る最悪の事態とは、両国から攻められ北部ダランベルの諸侯が全て、地上から消滅することであろう。


 ――冗談ではない! 我等の与り知らぬところで新たに国境線を引かれるなど、耐えられるものかッ!


 エミーリアは握り締めた拳を震わせて、怒りに耐えている。

 プロイシェかフェルディナント――どちらかの下風に立たなければならないとしたら、プロイシェではあり得ない。ならばやはり、必然的にフェルディナントということになるのだが……。


 ――他でもない、ミーネが言うことだ。


 エミーリアはミーネの今までの実績により、その能力を信頼しきっていた。知性を湛えた(ように見える)紅玉の瞳をじっと見つめ、ブルネットの勇将は覚悟を決める。

 まさか目の前の少女がポンコツ令嬢ヴィルヘルミネだとは思っていないから、賭けてみようという気持ちになったのだ。


「分かった、ミーネの意見に従おう。だが本当に、それで我等は救われるのか? フェルディナントに、また無理難題を突き付けられるかも知れんのだぞ」

「エミーリア……様は……故郷をこのまま、プロイシェに蹂躙されても良いのか、です?」

「良い訳が無い! だがフェルディナントがもしもプロイシェと同じであったなら、狼を遠ざける為に獅子を招き入れるようなもの! そうなることが、私は怖いのだ!」

「大丈夫。フェルディナントは早々に恭順した者には、寛大じゃ、です」

「だが私は一度、フェルディナントが裏切るところを見ている」

「心配ない。わたくしには、切り札があるのじゃ……だよ」


 ヴィルヘルミネは紅玉の瞳でエミーリアをひたと見据え、ゆっくりと頷いた。自信に満ちた表情である。というか彼女にしてみれば、自分こそが切り札なのだ。

 けれどヴィルヘルミネの正体を知らないエミーリアは、赤毛の少女がどこまでも頼もしい存在と見えるのであった。


「分かった。ミーネ、今回も任せる――……頼んだぞ」

「はい。承りましたのじゃ」

 

 こうしてヴィルヘルミネはプロイシェ軍の侵攻により、運よくお家へ帰れる可能性を見出した。

 しかもジークムントへ復讐する方法を考えた結果、図らずもエミーリアを味方へ引き入れることが出来そうだ。またも幕僚達に、流石はヴィルヘルミネ様! なんて言われそうな展開であった。


 しかし――好事魔多し、ということわざもある。順風満帆に思える時ほど、何かが起こるもの。

 それから五日後のこと。いよいよフェルディナント軍との会談が明日という段になり、事件は起きたのであった。

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