89 急転
「すまない、ミーネ。お前が来てからというもの、すっかり仕事を任せきりにしてしまっていた。体調も万全では無いのに、よく働いてくれて――……それで、こんなことに……全ては私の怠慢だ、どうか許してくれ」
エミーリアはベッドに横たわるヴィルヘルミネの姿に涙しつつ、侍女に赤や白が美しい薔薇の花束を手渡している。
侍女はすぐに花瓶へ花束を移し替え、ベッドの脇にあるサイドテーブルへ飾った。豊かな香りが室内に満ちた。
「いえ、エミーリア様のせいではありません。私がミーネの体調を、もっとしっかり診ていれば……」
レーナが椅子から立ち上がり、申し訳なさそうに頭を下げている。ミーネがすっかり快癒したと思った矢先に、この発熱だ。診察に不備があったのではないかと、レーナは自身を責めていた。
もっとも実際は単に知恵熱が出ただけなので、ぜんぜん全くレーナに責任は無いのだが。
「いや、レーナさん、あなたのせいではない。そう自分を責めないでくれ」
エミーリアがレーナの両手を握り、頭を振っている。
「いえ、エミーリア様こそ、ご自身を責めないで下さい!」
レーナはエミーリアが心底からミーネを心配していることに感動して、目を潤ませていた。相手は潜在的な敵だというのに、元来が喜怒哀楽の激しいレーナだから、情に絆されたのだろう。
ともあれ絵面的には若い美女と美少女が、枕もとでイチャイチャしているという状況だ。現金なヴィルヘルミネが、これで起き出さない筈が無い。
チラリ、チラリと片目を開いて状況を確認。すぐに目を飛び出さんばかりに見開いて、毛布を鼻まで被り「ハァハァ」と荒い息遣いをしている。
――さあ、チュウじゃ! そこからチュウじゃ!
血走る眼で二人を眺める息の荒いヴィルヘルミネは、心の中で念じている。しかし、いかなる電波も彼女の腐った脳波を二人に伝えることは無かった。
「ん? おお、ミーネ! 気が付いたか!」
「あ、ミーネ! 気分はどう?」
荒い息遣いが漏れ聞こえたせいで、ヴィルヘルミネは目覚めたことがバレてしまう。仕方なく毛布から顔を出し、ションボリとした眼差しで二人を順番に見た。
「ん、んん……んと、起きた、のじゃ……」
「おお、おお、ミーネ! 気が付いたか! 良かった、本当に良かった! 色々あって見舞いが遅くなり、すまなかったな!」
横たわり目を背けるヴィルヘルミネの手を取り、額に付けてエミーリアは詫びている。
だが、彼女は今もミーネをミネルヴァだと思っていた。それで自分から背けられた視線の意味を、怒りの発露だと考えてしまったのだ。慌てて弁解の言葉を口にする。
「わ、私が働かせすぎたことを、お、怒っているのか、ミーネ!?」
「そんなことは無いのじゃが、じゃが……いもの収穫が、気になるだけで……」
うっかり普段の口調が出てしまい、ヴィルヘルミネは更なる目逸らしで誤魔化している。
「じゃがいも? ああ、補給計画のことが気になるのだな……」
「そ、そうじゃ……ですわよ」
「ミーネ――……見舞いが遅れた事と関係があるのだが、実はな、その補給計画は修正を余儀なくされた。と、いうより――……大きな問題が起きたのだ」
エミーリアがチラリとレーナを見て、声を潜めた。軍機に関わることだから、民間人には聞かせたくない、ということだろう。レーナは事情を察し、一礼して隣室へと出て行った。
「どうしたというのじゃ……かしら?」
ちょっともう、ヴィルヘルミネの言葉はどうしようも無いくらいにグチャグチャだ。けれどこれも発熱の影響と考えて、むしろエミーリアは申し訳なさそうに眉尻を下げていた。
「こんな時に話すべきかどうか、悩むのだが――……しかし私としては、ミーネ、お前の知恵を頼る他に道がなくて、だな……」
「遠慮せずに、申してみよ――うか」
「うむ。実はプロイシェ軍が国境を越え、我等が北部ダランベルへ侵攻してきたのだ。そのせいで諸侯と協議をせねばならなくなり――……ここへ来るのが今になってしまった、という事情でな」
悔しそうに奥歯を噛み締め、エミーリアは言った。
「つまり今の北部ダランベルには、フェルディナント軍と戦う余裕が無くなった、と?」
「戦力的には、そうなる。だが、我が軍とフェルディナント軍が対峙している状況は、何も変わらん――……つまりプロイシェ軍の方は、捨て置くしか無いという結論に達した」
「それでは、北部ダランベルは蹂躙されるに任せる、ということかの……ですじゃ」
「そうだ。だから後方からの補給物資の一切は、届かないッ!」
ベッドの上に乗せたエミーリアの両拳が、ブルブルと震えていた。相当に悔しいのだろう。
「プロイシェのやつら、我等を散々利用して、不要となれば切り捨てるだけでなく、踏み潰そうというのだ!」
「どうして、そんなことに?」
「つまるところ奴等は、このままでは我等が負けて、北部ダランベルまでもがフェルディナントの勢力圏になると考えたのだろう。それを防ぐためにプロイシェは、フェルディナントの味方と称して、我等が領土を押さえるつもりなのだッ!」
エミーリアの話を聞き、ヴィルヘルミネは考えた。足りない頭で、必死に考えた。自分の胸を揉んだジークムント(事故)を思い出し、憤慨した。
――ぐぬぬ! ヤツなら、その程度のことはやりかねん!
独断と偏見に基づき、このように断定した。
赤毛の令嬢は、どうにもジークムントが嫌いだ。ギャフンと言わせたい。そんな事をつらつら考えた結果、とっても良い案を思い付いた気がする。名案だ。
ヴィルヘルミネはベッドから半身を起こし、両手でエミーリアの手を握り締めた。
「大丈夫……ですわ。余、ではなく、わたくしに考えがあるのじゃ……ですだよ」
きらりと光る紅玉の瞳、そして両端を吊り上げた口元はいかにも策士である。けれど今のヴィルヘルミネは、徹頭徹尾ポンコツだ。なので考えなんて、ろくでも無いことに決まっているのだった。
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