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83 天才の所業


 ミーネは銃を手に、スヴェンを伴い兵站部長の下へ向かうことにした。

 課長と違い部長ともなると、同盟軍の中でも有力者だ。場合によっては断罪するだけでは済まず、武力行使も必要になると判断してのことである。


「スヴェン、兵站部へ行――……くのじゃ」


 武器を手にした途端、赤毛の少女の顔つきが変わった。柔和な微笑みを湛えた理知的な雰囲気が消え、狡猾な冷笑を浮かべた魔女のような風貌へと。

 どちらにしてもミーネが絶世級の美少女であることに変わりないが、見る者によっては好みが大きく分かれることであろう。


「承知でさぁ」


 スヴェンは短時間のうちに不精髭を剃り、髪を整え兵士の軍服を身に纏っている。なまった筋力がすぐに回復することは無かったが、レーナと同じ空色の瞳には覇気が宿り、精悍な顔つきになっていた。

 失った左手の薬指と小指は黒い手袋を嵌めて隠し、彼に一つの特徴を与えている。武装は猟兵に準じたものでライフル銃と刀剣、そして短剣を携帯していた。


 ――は、八十八点じゃ……何故なのかッ!?


 ミーネのスコアリング機能が弾き出したスヴェンの点数は、かようなものであった。思えば彼はテオとレーナの父親だ。身だしなみさえ整えれば、それが当然の点数なのであろう。なので彼を側に置くことを、実のところミーネ本人も喜んでいるのだった。


 もっともスヴェンは、自らの技量が父に遠く及ばないことを知っている。だからミーネの弾避けにでもなれば良いと思い、自らの命すら捨てる覚悟だ。

 それが自分に許しを与え、レーナの為に身を粉にして働くミーネへの、スヴェンなりの返礼なのであった。


 ■■■■


 兵站部の建物に入り、ミーネは最上階の三階にある部長執務室へ向かっていた。

 大尉に過ぎない身で令状も無く大佐である兵站部長を逮捕しようなど、普通に考えれば無茶苦茶だ。けれどミーネに気にした素振りなど一切なく、どころか扉を蹴破り、彼女は武器を構えて兵站部長の執務室へ突入をした。


「グーテンモールゲン。やあ、兵站部長、大人しく手を上げるのじゃ。楽しい楽しい逮捕のお時間じゃぞ」


 銃を構えたミーネが、冷笑を浮かべて挨拶を口にした。しかし今は朝ではなく夜――完全に相手を愚弄する口調であった。


「な、なんだ貴様!? いきなり無礼であろうッ!? は、反乱兵かッ!?」


 執務机を前に側近三人と談笑していた兵站部長が、眉を吊り上げ立ち上がった。側にいた三人の側近は狼狽え、後ずさっている。護衛役と思しき二人がソファーから立ち上がり、腰の刀剣サーベルに手を掛けた。


「動くなッ!」


 スヴェンがライフル銃を構え、一人に狙いを付ける。だが護衛の一人が制止を聞かず、刀剣サーベルを抜いた。


 パンッ!


 正確に銃口を横へ滑らせ、スヴェンは刀剣サーベルを抜いた男の額を撃ち抜いた。


「貴様ッ!」


 倒れた同僚を横目に、もう一人の護衛も刀剣サーベルを抜いた。だがスヴェンは一歩踏み込み、護衛の胸をライフル銃で突く。

 護衛は大きく仰け反り、体制を崩した。その隙にスヴェンは銃床で敵の腹と顎に打撃を加え、護衛の男を失神させた。しかも彼の動作はそれで終わらず、ライフル銃だというのに一般銃マスケットと変わらぬ速さで弾込めを終えている。


「スヴェン、酒を抜いて正解じゃったの」

「いやぁ、昔のようにはいかねぇモンで……一人殺しちまった」

「構わぬ。ゴミの下へ集う者もまた、ゴミじゃ。掃除の一環と思うが良い」


 ミーネの銃口は兵站部長へと向いている。

 脂肪太りの兵站部長は脂汗を搔いて、唇をワナワナと震わせていた。


「へ、平民が貴族を殺すなど、あってはならんのだぞ! 軍法会議だ! 軍法会議を要請するッ!」

「うむ、殊勝な心掛けじゃの、兵站部長。しかし罪に問われるのは卿の方だということ、しかと肝に銘じるのじゃぞ」

「な、なに……?」

「分からんか? 卿は己が立場を利用し、私腹を肥やしておったじゃろう。そのツケを払えと言うておるのじゃ」

「な、何を証拠に――……」

「証拠なら、山ほどあるわ。それにの、横流しをした商人で、リンデンという名の男がおるじゃろう。余――……いや、わたしは既に、その者を逮捕、拘禁するよう手配をした。どのような話が訊けるか、楽しみじゃて」

「そ、そんな男はしらんッ! 証拠があるなら、今ここで出せッ!」

「吠えるな、下種げすめ。言いたいことがあるのなら、軍法会議の席で言うが良い」

「き、き、貴様ァァァァッ!」


 兵站部長は万事休すと察したのか、机の引き出しを開けて短銃に手を掛ける。

 だがミーネの動きは素早く、一気に執務机へ飛び乗ると、兵站部長の口へ銃口を突っ込んだ。


「縛り首が嫌ならば、ここで殺してやっても良いのじゃが……どうするかの?」


 赤毛の少女が口の両端を吊り上げ、笑っている。兵站部長はくるりと目を裏返し、気絶をした。

 こうしてミネルヴァ・ミーネは兵站部長を縛り上げ、颯爽とエミーリアの下へ連行したのである。


 それから三日の間に、ミーネは八面六臂の大活躍。銃を手にしたが最後、赤毛の悪魔は正義の免罪符を手に、どんな北部ダランベル貴族であれ、裁く、裁く、裁く。まさに粛清の嵐が吹き荒れたのである。


 そうした中で軍部と癒着した商人の一人に、リンデン氏の名前が挙がっていた。むろん商人だから、軍部に高値で小麦を買えと言われたら、それは断れないだろう。

 しかし彼には、それだけとは言えない裏があった。ミーネはそうしたリンデン氏の裏を調べ上げたからこそ、逮捕、拘禁にまで踏み切ったのである。


 ■■■■


 ミーネは破綻しかけた北部ダランベル同盟の軍規を正し、エミーリアの指揮権を確固たるもにした。しかもゼーフェリンク家とリンデン氏の問題すら、エミーリアの手を借りずに解決しようという勢いを見せている。

 まさに天才の所業としか思えない。だからこそロホスは、ミーネの正体に気付きつつあるのだった。


「なあ、レーナ。嬢ちゃんがもしもだ――……あの軍事の天才と謳われるヴィルヘルミネ=フォン=フェルディナントだったらどうする?」

「え、まさか……おじいちゃん。なんでそんな人が、川で溺れて流されたりなんかするのよ?」

「そいつぁ分からねぇがよ。この数日で嬢ちゃんがやったことを見りゃあ、誰だって只者じゃねぇこたぁ分かる。記憶を失っても、能力は失っちゃいねぇんだ」

「でも、証拠なんて無いじゃない」

「ある――……軍服だ。あれをどうにかしてボロヂノ子爵にお見せすることが出来れば、嬢ちゃんの正体が分かるかも知れねぇ」

「だ、だけど、もしもミーネがヴィルヘルミネ様だったら、エミーリア様にバレちゃ不味いじゃない!」

「不味いどころじゃねぇよ。最悪の場合、断頭台送りだ……チクショウ! だから焦ってんだろうがよッ!」


 ロホスの額に、深い縦皺が刻まれる。今、ミーネがエミーリアの下で働いているのは、レーナを救う為だ。彼女の献身を思えば、絶対に死なせる訳にはいかない。

 そうした想いはレーナにもあって、膝の上に置いた両拳を強く握り締めていた。

 

「ねえ、おじいちゃん。お父さんがミーネに付いて行ったのって、もしかしてさ……」

「ああ。スヴェンのヤツにしちゃあ、珍しく冴えてらァ。嬢ちゃんの弾避けにでも、なろうって腹だろうぜ」


 ミーネが手配した宿の一室で、蝋燭の灯りが祖父と孫娘を照らしている。炎が揺れるたびに、彼等の影が右へ左へと動くのだった。

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