76 ロホスの追憶 3
傭兵隊『暁』に入隊したロホスは類まれな膂力と度胸で、瞬く間に分隊長へと昇進した。曹長である。けれど平民出身で幼年学校も士官学校も出ていない彼が、士官になる道は無い。これで頭打ちだ。
二十歳にもならぬ身で曹長というのも早いが、しかしそれで限界というのもまた、早すぎる話だろう。そこでコンドルセはロホスを定宿の部屋に呼び、こう言った。
「なぁ、ロホス。お前、ひとつ士官学校に入ってみないか? なぁに、簡単な読み書きと計算が出来りゃあ、入学試験には合格する。あとは気合と根性で卒業すりゃあ、平民だからそれなりの制限は付くとはいえ、士官になる道が開けるぞ……どうだ?」
「デュポン隊長、お気持ちは有難いんですがね、俺ァ頭の方がからっきしでして……それに今の身分だって分不相応なのに士官なんざ、とてもとても……」
「……そうか、残念だニャ……あ、噛んだ」
「猫かよ」
直立不動でツッコミを入れるロホスをジロリと睨み、コンドルセは手招きをした。
猫顔の傭兵隊長は机に乗った革袋を持ち上げ、ロホスに「手を出せ」と言う。
「これは?」
手の上に載せられた、ズシリと重い革袋を訝し気に見つめ、ロホスが首を傾げている。中身は大量の銀貨だった。
「お前を士官学校へ入れる為の金だったが、行かないと言うんじゃあな――……くれてやるしかなかろう」
「どうして、こんなに?」
「祝い金だよ、結婚するんだろう? 士官になりゃあ嫁さんも喜ぶかと思ったが――……まあ、一生軍人ってワケでも無かろう。その金、無駄に使うなよ」
コンドルセは立ち上がると丸い顔に人懐っこい笑みを浮かべ、ロホスの肩をポンポンと叩いている。でも背伸びをしているから、全然締まらない。有難いと思いながらも、ロホスは苦笑した。
「有難うございます。でも俺はね――……今でも十分過ぎる程の給金を貰ってます。だからこいつは受け取れねぇ」
「馬鹿野郎、傭兵が高い金を貰うのは当然だ、命の値段なんだからな。何かあれば、お前は私の命令で死ぬ――……その対価なんだから、素直に受け取っておけ」
「お言葉を返すようですがね、俺の命の値段なんざ、そんな大したモンじゃあねぇんですよ」
ロホスが軍人になったのは、家の口減らしに過ぎない。寒村の暮らしは厳しく、税を貴族や教会へ支払えば、一家十人が生活することなど到底出来なかった。
姉や妹は家族の為にと街へ出て身を売り、弟たちは領主の命令で徴兵された挙句、戦地で死んだ。
ついに耐え兼ねた両親と兄が村人と共に領主へ抗議をしたら、容赦のない弾圧で村は壊滅。反抗した見せしめ、ということであった。
かかる事態を重く見た帝国政府はフェルディナント軍を派遣し、現地を調査。村人の弾圧に加担した貴族や教会勢力を駆逐するも、死んだ人間が生き返る筈もなく――……。
そうしてロホスの故郷は、誰一人住まない廃村へと姿を変えたのである。
「お前が村のたった一人の生き残りだと言うのなら、なおのこと生きねばならんだろう」
コンドルセはピンと伸びた髭を引っ張り、もっともらしく言う。
「ええ――……でもね、今じゃここが、俺の家なんです。士官学校もいいが、家族と離れたくないってのも本音でね」
「そういう言葉は、嫁さんに言ってやることだ。行け――……何にせよ、次の戦までは暫くある。子供の一人も作ってこいッ!」
■■■■
その後もロホスはコンドルセの下で戦い続け、三十歳を迎えている。
地位は曹長のままで変わらないが、いつの間にか下士官の中では自分が部隊の最古参になっていた。そんな折だ――……ある戦場で野営をしている最中、彼はコンドルセに天幕へ呼ばれた。
「おう、ロホス、来たか」
「何です、いきなり? 明日は総攻撃でしょう――早く寝とかねぇと、持ちませんよ?」
「うん、まあ、何だ……先に話しておこうと思ってな。今後の事だ」
「今後? 何です、藪から棒に」
「先日、手紙が届いた。実家からだ」
「実家と言うと、ボロヂノ男爵家ですか?」
「ああ、そうだ。フェルディナントをダランベル地方に含めなければ、南ダランベルの臍とも呼べる位置に領地を持っている。知っていたか?」
ロホスはコンドルセの言いたいことが、よく分からない。だから曖昧に頷いた。
「はぁ。俺の故郷とも比較的近いんで――……でも、それが何か?」
「うん……実は兄がな……死んだらしい。子供もいないそうだ」
「と、言いますと?」
「私が跡を継がねば、皇帝直轄領として召し上げられるという。まあ、それは当然としても、最悪の場合はプロイシェかフェルディナント辺りが触手を伸ばし、戦争が起きかねんという」
「はぁ。じゃあ、どうするんで?」
「故郷を血に染めることは、本意ではない。跡を継ぐ」
「ええと、まぁ――それで済むなら良いと思いますよ。何か問題でも?」
「ああ――……問題はある。人口わずか五千程度のボロヂノ領で、五百の常備軍は養えん。要するに私がボロヂノ家を継げば、必然的に傭兵隊『暁』は終幕を迎える」
天幕の中でゴロンと転がり、コンドルセは大の字になって言う。それは、ゆで卵の四方に爪楊枝を深く差し込んだような姿であった。
「そうですか……まぁ隊の方は、仕方がねぇと思いますよ。もともと隊長だって、爵位と領土を得る為に戦っていたんでしょう? だったら形は違えど目的達成ってことだし、みんな喜びますよ」
ロホスはコンドルセの隣にドスンと腰を落とし、ニヤリと笑って言う。
「――……そうかな?」
「そりゃ、アンタにはもっと大きな夢を抱いていた連中だっている。でも、そろそろ潮時なんじゃあねぇですか。いい加減、疲れたでしょう?」
コンドルセの傭兵隊はこの時、五百人規模で暁大隊を名乗っていた。決して少ない人員ではないが、だからといって戦局を左右できる程の数ではない。
またコンドルセ自身、四十歳を迎えた今でも独身であった。傭兵隊を抱えて、家族を迎える余裕など無かったのだ。
「ああ、疲れた。ここらが私の限界なんだと、近頃は痛感しているよ」
「結構イイ線、いってたと思うんスけどね」
「いやぁ、あれだよ――……こう言っちゃなんだが、若い頃はね、自分は天才だって思っていたんだ。でも、違ったニャ……あ、噛んだ」
「ああ、はい。猫の中では天才でしょうね」
「違う! 人間の中で、天才だと思っていたんだ!」
「ええ、まあ、はい。何にせよ、そりゃあ自信過剰ってモンでしょう。戦争なんざ勝ったり負けたり、そういうモンだと思いますよ。
で、アンタの場合はそこそこ勝って、ちょっぴり負ける。けど負け方が上手いんだ。兵を死なせない。だからみんな、付いてくるんですよ。要するに、これも才能だ。天才じゃあなくたって、ね」
「ハハ――……兵を死なせない? 馬鹿を言っちゃあいけない。私が今まで死なせた味方の数はね、二〇七人さ。名前だって言える――……なのに、こんな結果で彼等は果たして、納得してくれるのだろうか……」
不意にコンドルセの目から、涙が零れた。ロホスは口を噤み、何も言わない。というより、何も言えなかった。
「――なぁ、ロホス、私と一緒に来ないか。百人程度なら、私兵としてボロヂノ領へ連れて行けると思う。お前が部隊を纏めてくれたら、助かるんだが?」
「ありがたい話ですがね……俺は行かない方が、お役に立てると思いますよ」
「どういうことだ?」
「なぁに、俺とアンタは長い。それでも私兵として連れて行かないって話になれば、他に切られる奴等だって納得せざるを得んでしょう」
「しかし、それじゃあ、お前は……」
「嫁と子供を連れて、故郷で農家でもやりまさァ。家を建てて羊を飼って――……それが出来る金くらい、稼がせて貰いましたからね。感謝してますぜ!」
「そうか……」
目を閉じたコンドルセを見て、ロホスは立ち上がった。
「何にしても、この戦いが終わってからのことです」
「ああ、その通りだ。最後まで気を引き締めていこう」
起き上がったコンドルセと右拳をぶつけ合い、それからロホスは天幕を後にした。
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おじいちゃんの追憶が長くなってすみません!
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