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75 ロホスの追憶 2


 コンドルセは前に出て、少年へ飛び掛かろうとするゴロツキの腕を掴み、手首を捻り上げる。怪我をさせず、相手の動きを止めるにはこの手しかなかった。


「いて、いててて……!」

「まあ待てよ。相手は子供だ、ムキになることじゃあ無いだろう。ここは一つ、私の話を聞いてくれないか?」


 ゴロツキの後ろへ回り込み、コンドルセは言った。手首は捻り上げたままだ。


「あ? 丸いの――テメェは誰だ? 余計なことをしやがって、タダじゃおかねぇぞ!?」


 五人のうちのリーダー格がコンドルセを見下ろし、凄んでいる。


 コンドルセは背が低く、丸い体型だ。強いて現代に似たものを挙げれば、ドラ〇もんだろう。要するに舐められやすい。だが素早い身のこなしに定評があり、正統派の剣術は達人の域に達していた。ついた渾名は「丸猫のデュポン」だ。


 しかもそうした事実は今、傭兵界隈において噂になっている。つまりコンドルセ=デュポンと言えば、ちょっと丸いが泣く子も黙る、傭兵隊長の一人なのだ。

 だからコンドルセはニヤリと笑みを浮かべ、名乗りを上げた。


「私の名は、コンドルセ=デュポン。傭兵隊『暁』の隊長だ。ここは一つ、私の顔に免じて退いてくれんかね?」


 だが残念ながら、ゴロツキ連中はコンドルセの言葉を信じてはくれなかった。


「何だと、この丸狸ッ! てめぇみてぇなのが、あのコンドルセ=デュポンなワケねぇだろッ! はやくそいつを放せッ!」


 ゴロツキの一人が凄み、抜身の剣をコンドルセへ向ける。

 コンドルセは刃にこそ怯まなかったが、「た、狸って……猫より酷くない?」と言葉の暴力で目に涙を溜めていた。


「おいおい、うちの隊長に刃を向けるとは、いい度胸してんなぁ――……テメェら、どこのモンだよ?」

「丸狸じゃねぇ。丸猫だ、ボケッ! 隊長の二つ名を知らねぇなんて、コイツら何処の田舎モンだよ、ったく!」

「でもまあ、狸って言えば狸にも見えるよな……クリっとした目とかよォ? ほぼ狸だぜ?」


 先程コンドルセの背後にいた三人の部下が、腰の剣に手を掛けつつ進み出る。全員隊長に目配せをして、命令さえあれば何時でも剣を抜ける構えだ。

 しかし肝心のコンドルセは「ぐすん」と鼻を啜り、「狸って言うな」と目を潤ませている。


「なに……本当に、あのデュポンなのか?」


 ゴロツキのリーダー格が、額に汗を浮かべていた。流石に彼は、この場に現れた四人が手練れだと理解したらしい。そうして見れば確かにコンドルセは半ベソでも、佇まいには隙が無かった。


「当たり前だろう。素早く動けるチビでデブなんざ、うちの隊長くらいだぜ」

「なっ! 私がチビでデブだと!?」


 追い打ちとなる部下のディスりに、コンドルセの肩が震えた。泣いていた。どうして有望な若者を助けに来て、自分がディスられているのか……意味が分からない。


「なんだと!? このチビデブがデュポンだって? 間違いねぇのかよ!?」


 ゴロツキにもディスられた。


「おい、あの動けるチビデブ、有名な丸豚デュポンだってよ!」

「えっ!? うわぁ、本当だ、丸い! 可愛いッ! でも付き合いたくはないッ!」


 ついには見物人にもディスられ、コンドルセは放心状態だ。口から魂が抜けている。


 ――違うのに……私は丸猫なのに……豚だなんて……酷い。


「ああ、隊長をよく見ろ! 丸い腹、丸い顔、左右に伸びた六本の髭、何より猫の耳みてぇな変な髪形――……こんなに珍妙なヤツが、丸猫デュポンの他にいるってぇのかッ!」


 コンドルセの部下が、ギギンとゴロツキを睨む。男達はたじろぎ、「丸猫デュポン……」と固唾を飲んでいた。

 一方コンドルセは、いよいよガラスのハートが砕けそうだ。というか、砕けた。プルプルしている。


「お前ら、チビとかデブとか丸猫とか、言うなよ……傷付く……じゃなくて怒るぞ?」

「い、いや、待ってくれよ、デュポンさん。アンタを馬鹿にしてんのは、俺たちじゃねぇ……じゃなくって――……たとえアンタでも、ここは出る幕じゃねぇだろ? 今は俺たちと、このガキの話で……」


 ゴロツキのリーダーは、何とか事態を収拾しようと慌てている。

 だが部下の暴言により、コンドルセはキレていた。手首をキメていたゴロツキの肩関節を外して投げ飛ばし、指の骨をパキポキと鳴らしながらリーダー格の男へ近づいていく。


「私が出る幕かどうかは、私自身が決める。いいか……その少年は、今日からウチの若いモンだ。手ぇ出すってんなら相手になるぞ、このドチンピラがッ!」

「いや、そりゃ通らねぇよ、丸猫さん……い、いくらアンタでも……」

「だから丸猫、丸猫って言うんじゃねぇ、コラ! いい加減にしろ、チクショウ! シャーーーーーーー! コラーーーーーッ!」

「ぎゃあああああああ! シャーって言った! シャーッて! やっぱり猫だ! 逃げろ!」

「わ、私は猫じゃニャいッ! あ、噛んだ、チクショウ! 待つニャ! あ、また噛んだッ!」

「「「ワハハハ! やっぱり猫じゃねぇか! 隊長は!」」」


 三人の部下が、腹を抱えて笑っている。


 こうしてロホス少年は、後のボロヂノ子爵、コンドルセ=デュポンと出会った。もちろんロホスは後に『暁』へ入隊し、丸猫デュポンの部下になる。

 また、彼が助けた少女はキャリーナといい、四年後――妻になる女性なのであった。

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