74 ロホスの追憶 1
五十年ほど前、戦争の主力を担っていたのは傭兵隊であった。
傭兵隊とは戦争があれば何処へでも行く、大小さまざまな規模の雇われ部隊のことだ。
中でも巨大な組織を持つ傭兵隊長は大国に爵位をもって迎えられ、領地さえ与えられる。場合によっては国軍の総司令官に任命されることもあった。
このように傭兵隊長から成り上がった中で最も有名な家が、ヴァレンシュタイン公爵家であろう。かの家の初代は傭兵隊長からキーエフ帝国軍総司令官へと上り詰め、皇帝の娘を娶り、ついには公爵となったのだ。
そもそも国家にとって軍隊とは、酷く金の掛かる組織であった。武器、弾薬などの装備品一式を購入し、常に刷新する。軍人には給与を支払い、住む場所を提供し、食べさせなければならない。万が一戦死した時は、家族に対する見舞金だって必要だ。
しかし傭兵であれば、その限りではない。何せ傭兵に対する責任は、その全てを傭兵隊長が負っているからだ。従って傭兵に対する国家の責任は、契約に基づく支払いだけであった。
要するに戦争をやるとなったら傭兵を集め、終われば支払いと共に関係を断つ。例え傭兵隊が全滅したところで、国家が見舞金を支払う必要など無い。なにしろ傭兵は皆、自己責任だ。
もちろん国家が彼等に支払う金額は常備軍の兵士に比べて遥かに高いが、常備軍を増やすことに比べれば、実に低コストで済むのだった。
一方で、そうした傭兵隊を拡大、維持、運営できる程の人物となれば間違いなく有能だ。そうと分かっている傭兵隊長を、大国がむざむざ他国へ渡すはずが無い。よって大きな実績を残した傭兵隊長は、概ね大国に爵位と領地を与えられ、飼い慣らされるのが常である。敵に回られては、たまらないからだ。
また傭兵隊長になるような人物は、大半が貴族の次男か三男であった。彼等は家を継ぐ資格を持たないが、教育だけは一流のものを受ける。だから国軍に所属しない場合、彼等は一か八かの賭けで傭兵隊を組織するのだ。
チャンスという意味では戦争がある国を渡り歩く傭兵ならば、国軍に所属するよりもよほど多い。しかし一方で、死の危険とも隣りあわせだ。
要するに全てか死か――という究極の選択なのだが、大半が夢破れて、野に屍を晒すのが現実である。
ボロヂノ子爵コンドルセ=デュポンも五十年ほど前は、そうした中の一人であった。
彼は貧乏貴族ボロヂノ男爵家の三男として生まれ、陸軍幼年学校を平均的な成績で卒業して独立した。家からは従者二名を与えられたが、彼等とて口減らしの厄介払い。
こうして彼は好むと好まざるとに関係なく、傭兵としての第一歩を踏み出さざるを得なかったのだ。
けれど幸いにして軍才に恵まれたコンドルセは、最初の戦いで大きな武勲を上げている。
擲弾兵として参加した戦闘で、突撃した先に敵の司令官がいた。そこでコンドルセは銃剣を敵司令官へ突き付け、なんと降伏させたのである。
コンドルセ=デュポン、十六歳の夏であった。
その後も順調に武勲を積み上げて、部下も五人、十人と増えていく。ついには『暁』という名の傭兵隊を結成し、自らが隊長となった。
そうして十年もした頃だろうか。コンドルセが仲間と共に街の酒場で酒を飲んでいると、外から大きな物音が聞こえてきた。同時に女性の悲鳴も――だ。
「はぁ……女の悲鳴を聞いちゃあ、ほっとく訳にもいかねぇよ」
コンドルセが表に出ていくと、十六、七歳の少年が、背中に少女を庇い、大人五人と対峙している。大人と言っても着崩した制服姿の、武装した傭兵らしき男達だ。恐らくは傭兵崩れのゴロツキだろう。
――ガキが女を庇ってやがる。しかも五対一とは、面倒臭ぇ……。
コンドルセはピンと横に三本伸びた髭の一本を引っ張り、眉を顰めていた。
■■■■
ゴロツキ五人は少年一人を相手に、腰の刀剣を抜いた。彼等は傭兵か盗賊、どちらかだろう。何にしても、子供が一人で対処できる相手ではない。
コンドルセは腰に差した刀剣に手を置き、どうするべきかを考えた。彼の後ろには部下が三人程駆け付けて、同じく様子を見守っている。
「おい、謝るなら、今の内だぞ――……小僧!」
ゴロツキの一人が言った。
「なんで俺が謝る必要があるんだよ、悪いのはお前らだろう? お前ら寄ってたかって、この子に何しようとしてたんだッ!?」
「そんなの、テメェにゃ関係ねぇだろうがッ!」
「関係あるッ! この子は嫌がっていたんだッ! それを無理やりお前らは、引っ張っていこうとしていたッ! 許せないッ!」
「だからって、いきなり仲間を殴り飛ばすことぁねぇだろうッ! んなことされりゃあ、こっちがテメェを許せねぇって話になるんだぜッ!」
コンドルセは道の端に倒れている二人を見て、状況を察した。
恐らくは少年が二人を殴り倒し、残った五人は引くに引けず、剣を抜いたということだろう。傭兵稼業の者が子供にナメられたとあっては、商売にならない。だから男達は凄んでいる。
「うるせぇ! 剣なんか抜いたって、怖くねぇや! さぁ、きみは危ないから離れていてくれ!」
「でも……」
「俺は大丈夫だからッ!」
少年は後ろに庇っていた少女へ逃げるよう指示を出し、手近にあった樽を持ち上げた。
五人のゴロツキが迫る。少年は樽で応戦しているが、いかにも多勢に無勢だ。このままでは、殺されるのも時間の問題であろう。
コンドルセは、惜しいと思った。少年は度胸もあるし機転も利く。傭兵として育て上げれば、戦力になりそうだった。
しかし曲がりなりにも制服を着た相手に自分が剣を抜けば、組織対組織の戦争にもなりかねない。相手がただのゴロツキであれば問題ないが、背後に大きな傭兵隊でもいたら厄介だ。
この時『暁』は傭兵隊と言っても小隊規模で、まだ四十人程度の人員しかいなかった。数百を超える傭兵隊と揉めるのは不味いと考えて、当然であろう。となればコンドルセの出来ることは、なるべく穏便にことを収める――という一択しかない。
コンドルセは表情を引き締め、少年を助けるために前へ出る。
この事件こそ、ボロヂノ子爵とロホス=ゼーフェリンクの出会いとなるのだった。
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