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71 貧乏家族


 三人は赤毛の少女を家に連れ帰ると、衣服を脱がして身体を温めた。もちろん、そうした作業に当たったのは祖母、母、姉の三人だ。その間、ベッドの側に衝立を置き、男性陣は隔離されている。

 それから一家はようやく、遅い夕食となった。大きなテーブルを六人で囲み、鍋から取り分けたスープに固いパンを浸す、質素な食事だ。


「なあ、あの子――……貴族じゃねぇか?」


 相変わらず、酒ばかり飲んでいる父が言う。不精髭の生えた赤ら顔に薄笑みを浮かべる姿は、家族が贔屓目に見てさえ、良からぬことを企んでいるように見えた。


「兵隊なのに、貴族なの?」


 テオがスープを啜りながら、訝し気に問い返す。

 スープの中身は塩漬けのキャベツとジャガイモ、それから鶏肉だ。卵を産まなくなった鶏を絞めたので、今日は普段よりも豪勢だった。


「馬鹿、あれは兵隊の服じゃねぇ。立派な偉いさんの服だ。剣も銃も持っていただろう。それに、あの年齢で、しかも女であんな服を着てるんだ、相当な家柄に違いねぇよ。つまり――……金になる」


 父がテーブルを囲む一同を見回して言う。声を潜めているのは、ベッドで眠る少女に聞こえては困るからだ。


「スヴェン、お前――……そんなことを、お言いいじゃあないよ。まったく、いつも金、金って」


 穏やかな声を出し、窘めるように言うのは祖母のキャリーナだった。我が息子ながら、どうしてこんな風に育ったのかと、困ったように眉根を寄せている。


 いや、元は心根の優しい息子だったのだ。けれど戦場で指を二本失って以来、心の中にもポッカリと空洞が出来たらしい。そんな息子を哀れに思えばこそ、キャリーナは深く溜息をついた。


 彼女にとって息子は、このスヴェンだけだ。他は幼い頃に病で死んだり、戦場で死んだ。だからキャリーナはスヴェンが生きているだけで嬉しく、つい甘やかしてしまうのだった。三十歳を過ぎた息子にこれでは、と、思いはするのだが……。


 たとえばキャリーナは息子の借金を返す為、大切にしていた櫛や衣類を差し出したこともある。けれど、その事実を夫であるロホスには言っていない。

 厳格な元軍人である彼が息子の借金を知ったら、勘当しかねないからだ。それで今もキャリーナは、途中で口を噤んでしまうのだった。


「母さん、世の中は金だろう。だいたい、相手は貴族なんだぜ? 助けてやったんだ、相応の金くらい貰えるよ。

 それに、ことによると金さえあれば――レーナだってリンデンさんの嫁にならずに済むってもんだ。なあ、母さん! ほら、名案だろう!?」

「スヴェン、お前まさかレーナを、お金の為だけにリンデンさんへ嫁がせようとしていたのかいッ!?」

「そりゃあ、まあなぁ。リンデンさんには借金もあったことだし……けどレーナを一目見て、気に入ったって話は事実だぜ? 母さんだって賛成してたじゃねぇか」

「わたしは、レーナの気持ち次第だって言ったんだよ! このバカ息子! どうせそれだけじゃあ無いんだろッ! 何か条件があるに決まっているのさ! スヴェン、この場でハッキリお言いッ!」


 普段は温厚なキャリーナが、唇を戦慄かせて言った。息子のことは大切だが、孫娘たるレーナの方が、もっと大切だ。それを道具のように扱うなど、到底許せることではない。

 そうならない為に今までキャリーナは、苦心して息子の為に金を工面してきたのだ。裏切られた思いだった。


「……そんなの、たいしたことじゃねぇよ。リンデンさんはレーナが男の子を産んでくれたら、俺の借金をチャラにしてくれるって――……そう言ったんだ。それに、我が家の支援だってしてくれる。いい話じゃねぇか。レーナは男爵夫人になれるし、俺たちは男爵様の親戚ってわけさ」


 キャリーナは目を見開き、息子を凝視した。自分の娘を借金のカタに差し出し、悪びれてすらいない。

 この話に最も驚いたのは、当事者であるレーナだった。


「ねえ、父さん。それってどういう意味よ? もう、あたしがリンデンさんのところに嫁ぐことが決まっているような言い草――……おかしいじゃない? なに? あたしがリンデンさんの子供を――それも男の子を生むですって? そんなの、選べるわけ無いじゃない。どういうことよ?」

「だから、男の子が生まれるまで励んでくれってことさ。なんせリンデンさんは男爵家の当主になるってのに、三年ほど前、嫁さんが死んじまった。おまけに子供も全員娘ときたもんだ。責任重大だぜ、レーナ」

「な、なんなの? あたし、医者になりたいのよ? それを――……好きでもない男の子供を生めって……」

「だから、勉強だってしたらいいだろう。ただ、男の子を必ず生んでくれって、それだけの話さ」

「無茶言わないでよ、父さん」

「家の為だ、レーナ。このゼーフェリンク家のなッ!」

「そんな――……」

「本当言うと、もうよ、結婚の準備金として千ターラー(約百万円)ほど貰ってんだ……ハハハハ。飲んじまったがなァ。アハハハハ、レーナ、俺はいい娘を持ったぜェ……」


 その時、テオが椅子を蹴って立ち上がった。


「父さんは、姉さんを売ったんだッ! ちくしょう!」

「ひでぇ言い方するじゃねぇか、え、テオ。俺たちみたいな貧乏一家が金を手に入れる方法なんて、他に何がある? だいたいお前、結婚したら姉さんだって幸せになれるんだぜ。

 それとも、なぁ、テオ。何か良い方法があるのか? 皆で幸せに暮らせる方法ってやつがよォ。あるんだったら、父さんに教えてくれよ、なぁ! 借金を消す方法があるんならよォ!」

「ない、けど……」

「そうだろう? だから貴族の娘っ子から、たんまり貰おうって話さ。ホラ、分かるだろう? 俺の息子なんだからよォ! 取れるところから、金を取らなきゃなぁ!」


 テオは拳を握り締め、目を真っ赤にして震えている。「オイラが稼げばいいだけだ!」と言えない自分が悔しくて、早く大人になりたくて――……テオは一人、家を飛び出すのだった。

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