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67 ダランベル会戦 2


 リヒベルグとエミーリアの資質は、まるで正反対であった。

 リヒベルグが怜悧な理論派の将だとしたら、エミーリアは完全に熱しやすい直情型だ。だからエミーリアはフェルディナント軍の斜線陣を見ても、それが本来の用途であるとしか思っていない。

 

 斜線陣とは古来から、最強の部隊を片側に寄せる陣形だ。そして片側に寄せた主力により、いち早く敵軍を制圧する。

 基本的には敵よりも兵力に劣る場合に使う陣形だが、主力以外が弱兵である場合も斜線陣を使うことは多い。古来からの常識であった。


 当然エミーリアも、その程度の軍事的常識は知っている。それに見たところ、フェルディナント軍左翼の動きは明らかに鈍い。

 

 ――敵右翼が主力であることは、間違いない。だが左翼が弱兵であることも、また事実。だったら左翼を崩し、混乱を誘う。


 エミーリアの思考は、単純明快だった。

 単純明快だからこそ彼女は迷わず主力を敵右翼へぶつけながらも、自身は騎兵六百を率い、反時計回りに敵左翼へ突っ込むという戦法を選ぶ。

 

「主力部隊は防戦に徹して敵主力を引きつけ、一時間耐えよ。その間に私は別動隊として騎兵六百を率い、迂回して敵左翼を攻撃するッ!」


 エミーリアは敵に正対する主力の指揮官に命じると、すぐさま騎兵六百を率いて迂回行動を開始。そして午前九時ニ十分、同じく迂回行動に入っていた南ダランベル諸侯軍と激突した。


 それはフェルディナント軍右翼と北部ダランベル諸侯軍の主力がガッチリと組み合い、砲戦、次いで銃撃戦に突入し、一進一退の攻防が展開する最中のことであった。


 ――あれ? なんで後ろに回り込もうとしていた私の正面に、敵左翼が!?


 エミーリアは南ダランベル諸侯軍が迂回して、味方を包囲しようとしていたことなど読んでいない。けれど双方共に迂回行動をとっていた為、うっかり正面から激突することになった。

 まるでエミーリアがリヒベルグの戦法を読んでいたかのような出来事であったが、何のことは無い――偶然である。けれど……


 ――まあ、いいいか。このまま叩き潰してやれ!


 恐るべきことにエミーリアは、十倍近い敵勢に対し、まったく怯まなかった。


「総員――我に従い、突撃せよッ!」


 エミーリア=フォン=ザルツァの恐るべきところは、間違いなく決断の速さだ。彼女は敵を視認するや、すぐさま突撃を決意。そのまま刀剣サーベルを抜き放ち、馬腹を蹴った。


 南ダランベルの諸侯たちは、まさか僅か六百の騎兵が正面から突撃をしてくるなどとは思わない。ましてや迂回機動中であり、陣形は四列縦隊だ。騎兵突撃を防ごうにも、命令が間に合わなかった。


「敵襲! 敵襲ッ!」


 兵が叫び、敵襲を知らせるラッパが鳴り響く。「方形陣!」という声が聞こえるも、大隊単位なのか中隊単位なのか、それすらも分からない。兵士達は不幸にも、迫る騎兵に次々と蹂躙されていく。


 エミーリアは類稀なる武勇を発揮し、勇敢にも刀剣サーベルを掲げ、先頭を駆けている。人馬一体となった彼女は敵の縦隊を幾度も駆け抜け分断し、細切れにしていった。


 エミーリアは敵中を駆け抜けるたび、刀剣サーベルで突き、払い、薙ぎ――周囲に血の雨を降らせた。全身に返り血を浴びて、ブルネットの少女は戦いの高揚感に包まれていく。


「押せッ! 我らの勝利は近いぞッ!」


 南部ダランベル諸侯軍は、無理やりかき集められた農民が多い。為に訓練も十分ではなく、敗色濃厚となれば尻込みもする。そんな彼等が五千人いようと、統率の取れた騎兵六百の敵では無かった。


 とはいえ各諸侯を守る兵達は、流石に彼等の常備軍である。全軍が散り散りに分断された状況にありながらも、主君を中心に何とか小さな方形陣を作りあげ、エミーリアの突撃を凌いでいた。

 お陰で何とか南ダランベル諸侯軍はリヒベルグへ援軍を求めつつ、諸侯の戦死を防ぐことが出来たのである。


 ■■■■


「リヒベルグ閣下。左翼より援軍を乞う――との伝令が参りました」

「分かってる。まさか南ダランベルの奴等が、こうまで腑抜けとは思わなかったな、ルードヴィッヒ」

「おしゃる通りです。役に立たないばかりか、足まで引っ張るとは。いっそ捨て置きますか?」

「そういう訳にもいかんだろう、戦後のことを考えれば、な」

「ですが、たった数百の騎兵に後れをとるなど……彼等とて恥を知るなら、口を噤む他ありますまい」


 ルードヴィッヒは蔑むような視線を左翼へ向けて、やるかたない様子で言った。上官たるリヒベルグは肩を竦め、宥めている。


「そう言うな。エミーリア殿の軍事的才能が、ここへきて開花したのかも知れん。ならば味方の無能を責めるより、敵の力量をこそ褒めるべきだろうよ」

「はっ……」


 リヒベルグは苦笑を浮かべ、主力の戦況を確認してから命令を下す。ここから兵力を割いても、問題は無さそうだ。


「ともあれ、こちらも全て騎兵の援軍を送る。正面に関しては砲兵に援護させつつ、歩兵を後退させろ」

「仕切り直し――……ということですか?」

「違うな。今日の戦いは、これで終わりだ。我が援軍が駆け付ければ、敵は退くだろう。そのタイミングに合わせて我々も退き、味方の損害を確かめる」

「ですが敵が退かなければ、どうなさるのです?」

「退くさ。エミーリア殿の軍才が本物ならば、な」


 リヒベルグが援軍として派遣した騎兵が迫ると、エミーリアは部隊に撤退を命じ、風のように去っていく。

 彼女が求めたのは形の上での勝利であり、フェルディナント軍の壊滅では無かった。そして何より、これ以上戦闘行為を続けた場合、不利になるのは自軍だと十分に理解している。


 とはいえ勝利に身を委ねた指揮官が、戦場を早々と離脱することは難しい。誰しもが、「もっと勝ちたい」と思ってしまうからだ。その点、目的を見失わず撤退すべき時を見極めたエミーリアは、確かに将としての才能がある。


 リヒベルグは整然と去っていくエミーリアの騎兵部隊を見つめ、ふと笑みを浮かべた。苦手なタイプの将だと思ったのだ。愉快だった。


 それからすぐに、北部ダランベル同盟軍の本隊も後退した。それはリヒベルグの予想通りであったが、ルードヴィッヒとしては納得が出来ず、敵軍を追うように進言をしている。


「敵は疲弊しており、追いつくことさえ出来れば勝てます。行きましょう」

「止めておく。また味方に足を引っ張られては、かなわんからな」

「しかし敵が再び籠城をすれば、叩くのに時間が掛かります」

「いいさ。敵とて籠城したままでは、我等を攻撃することが出来まい。そのうちにヴィルヘルミネ様が大軍を率いて到着すれば、奴等の敗北は確定だ。ここで我等が無理をする必要も、大して無かろうよ」


 ヴィルヘルミネの到来を待つことに決めたリヒベルグは、こうして北部ダランベル同盟軍の撤退を許したのである。


 だがこの時、リヒベルグはまだ知らなかったのだ。待ち人であり絶対の主君であるヴィルヘルミネが、行方不明になっているということを……!

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