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66 ダランベル会戦 1

 

 リヒベルグは処刑を終えると、荷馬車に三人の遺体を乗せてボロヂノ城にいるエミーリアの下へ送った。添えられた書状には、「城を開き降伏せよ。しからざれば攻撃す」と記載している。

 彼等の遺体を運んだのは金を握らせた近隣の農民であり、正式な使者ではない。貴族としての品格をあざ笑うかのような遺体の姿に、未だ城に残る北部ダランベルの諸侯は震え上がるのだった。


「貴族を縛り首にするなど、フェルディナントのやつらは一体何を考えているのだ!?」

「どうもこうも無い。開城して降伏しなければ、我等も縛り首にするという意味だろう」

「奴等は貴族の権威を、いったい何だと考えているのだ!?」

「考えてもみろ。ヴィルヘルミネが摂政になった時、敵対した貴族で許された者はいたか? どれほどの者が処刑されたか、数えるだけでも恐ろしい……」

「どうする、プロイシェへでも亡命するか?」

「今更プロイシェなどッ! 奴等こそ黒幕でありながら、我等を見捨てて早々にフェルディナントと講和したのだぞッ! 我々を受け入れるとは、到底思えんッ!」

「では、どうすれば良いのだッ!?」

「いっそ降伏を……」

「だが、降伏したところで……屈辱に塗れた生が待っているだけ。ならばいっそ、名誉ある自死という手も……」


 広間では喧々諤々とした議論が交わされている様子だが、しかしテーブルの上には無数の酒瓶が転がり、空席が目立っていた。

 ガランとして閑散とした広間は、今や場末の酒場よりもうらぶれている。多くの者はマイヤー伯がリヒベルグの下へ交渉へ行った後、兵を引き連れ逃げ去ったのだ。エミーリアも、彼等を止める方策を持たなかった。


 だからボロヂノ城に残っているのは、マイヤー伯に一縷の望みを繋いでいた者だけだ。けれど、それが断たれた今、酒でも飲まねばやっていられぬ――という状況なのである。


 その広間の前をエミーリアは横切ろうとして、ふと足を止めた。

 昼間から酔っ払い、愚痴を言う事しか出来ない年長者たちを見て情けなく思う。とはいえ、こうした状況の責任は、自分にあることを彼女は知っていた。


 開け放たれた扉の先から、胡乱な目がエミーリアに向けられた。

 エミーリアは努めて冷静に、微笑を浮かべて肩を竦める。


「諸卿、あまり早い時間から酒を飲まれては、身体に障る。控えられよ」

「マイヤー殿が処刑された。明日をも知れぬ我が身なら、酒でも飲まねばやっておれぬ」

「明日をも知れぬは敵も同じ――……まだ、戦争は終わっていないのだぞ」


 エミーリアは相手を睨み、刀剣サーベルに右手を添えた。彼女の腕前なら、一人でも酔っ払いを一掃する程度のことは容易い。


「なんだ、副指令は我等を斬るおつもりか? ハハハ、これはいい。その剣は敵ではなく、味方に振るわれるものであったとはなァ! ハハハハ!」

「卿等を斬る気はない。だが兵を指導する立場にありながら、あまり弱気なことを仰るな。私とて必要とあらば、本意でなくとも軍規は正さねばならぬ。では、これにて」


 エミーリアは溜息を吐き、一礼して彼等の前から姿を消した。

 彼等を粛清しても意味が無い。それどころか粛清などすれば、完全に北部ダランベル同盟は瓦解する。状況を打開する為には一度でいい、フェルディナントに勝つしかないのだ。


 少なくともフェルディナントに勝てることを見せねば、今残っている数少ない味方まで失ってしまう。そうなれば北部ダランベルを纏めることは、もう二度と不可能だった。


 エミーリアは午後八時、ザルツァ家の私兵五千を街の広場へ集め、出撃を告げる。マイヤー伯が無事に戻らなかった場合に備え、あらかじめ決めていたことだ。


「我等はこれより、単独でフェルディナント軍へ攻撃を仕掛けるッ! この一戦に北部ダランベルの未来が掛かっていると思えッ! では、みなの奮励努力に期待するッ!」


 大きな戦いは、エミーリアにとって初めてだ。けれど、決して負けられない戦いだと自らに言い聞かせ、馬上で刀剣サーベルを高く掲げるのだった。


 ■■■■


「北に敵影、数、凡そ五千ッ!」


 三月五日。ボロヂノ城を囲む為に陣営を畳み、軍の前進を開始させたリヒベルグの下へ、このような報告が齎された。全軍が縦隊の移動隊形だから、状況はあまり良くない。


「敵にも骨のある人物がいるようですね。この状況下で攻撃を仕掛けてくるなど、いくさをよく分かっている」


 馬上で望遠鏡を覗き込み、ルードヴィッヒが隣を進むリヒベルグに言った。


「骨の有る無しは関りあるまい。事態を打開する為には我等と一戦し、勝利を収める他に道が無いのだ。ましてやヴィルヘルミネ様の本隊と我等が合流すれば、万に一つの勝ち目も無くなってしまう。言うなれば、窮鼠だな」

 

 リヒベルグは苦笑して、ルードヴィッヒに応じている。


「なるほど……噛まれる猫には、なりたくありませんね。では一端後退し、陣形を整え万全を期しますか?」

「それでは敵も退き、ボロヂノ子爵を人質として我等に交渉を迫る――などという卑怯な手を使うかも知れん。まぁ私ならば、そうするがな……」


 言いながらもリヒベルグはエミーリアが指揮官である限り、そのような心配は無いと確信をしていた。


「では、急ぎ陣形を整えましょう」

「ああ」

「通常通り、横陣を展開させますか?」

「冗談を言うな、斜線陣だ」

「はっ。でしたら我が本隊を前衛右翼として、中央、および後方左翼を南ダランベルの諸侯に任せる、という形でよろしいですね」


 リヒベルグが口の端を持ち上げ、くつくつと笑う。


「こいつめ、最初から斜線陣だと分かっていただろう。私を試したな?」

「恐縮です。閣下には、別の意図もありやと思いまして」

「ククク。わざと南部諸侯を北部諸侯に潰させる、か。考えなくもないが、今ではないさ」


 リヒベルグの命令に従い、フェルディナント軍本隊七千を前衛右翼として、東から西へ流れる斜めの陣形が出来上がった。

 作戦の企図はフェルディナント軍本隊と敵軍を正面からぶつけ、その隙に中央、左翼へ展開したダランベル諸侯軍が時計回りに進み敵の後背を衝く、というものだ。


 もともと火力、士気においてフェルディナント軍より遥かに劣るダランベル諸侯軍に、リヒベルグは期待していない。だから最悪の場合でも主力だけで勝敗を決することが出来るよう、兵を配置する必要があったのだ。

 一方で南部諸侯には自らを決戦兵力だと思わせるという配慮から、このような陣形を採用したのである。


 リヒベルグの非凡な点は、あらゆる状況を利用し尽くすことであろう。彼には無駄というものが、まるで無いのだ。


 そうして機は熟し、午前八時、両軍の指揮官は攻撃開始を命じるのだった。

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