63 乙女心と騎士道大原則
――どうして、こうなったのだろう?
リヒベルグは部屋の隅にあるソファーに座り、コーヒーを飲みながら考えていた。隣にはしな垂れ掛かるエミーリアがいて、何故か彼女はニコニコと笑っている。
部屋の隅にある応接セットへ案内されたことは、まあ良しとしよう。けれど、なぜエミーリアが正面ではなく、自分の隣へ座ったのか? それが解せないリヒベルグなのであった。
「さて、リヒベルグ少将。どうやって私を、あなたのものにするのか――そろそろ聞かせて貰えるかな?」
「ああ、そうだな」
リヒベルグは頷き、コーヒーカップをソーサーの上に置いた。
「と、その前に」
何故かエミーリアがググイと顔を近付けて、目を瞑っている。
リヒベルグは身を引き、何とか彼女の接近を阻んでいた。
「……なんだ?」
「チュウ」
「は?」
「せっかく二人きりなのだ、チュウ」
「あなたの副官がいるだろう。だいたいなんだ、チュウとは? ネズミの真似事か?」
「ちっ、照れ屋さんにも程があるぞ、リヒベルグ少将は。――もういい、さっさと話せ」
エミーリアは目を開くと吊り上げて、不愉快そうにリヒベルグを睨んでいた。
「なんなんだ? そう強がるなよ、お嬢さん。急かさなくても、教えてやるから」
リヒベルグはエミーリアの仕草を、単なる強がりだと思っていた。
考えてみれば、もはや北部ダランベル同盟には未来など無い。命が惜しければフェルディナントへ身売りする他に道はなく、エミーリアはその条件を早く知りたいのだろう。
とはいえ副司令官という立場上、副官の前で弱気に振舞うことなど出来ない。だからよく分からないことを言い、腹を立てたように見せて話の続きを急かしたのだ――などとリヒベルグは解釈をした。もちろん、違うのだが。
エミーリアは眉間に皺を寄せていた。
「強がるな、だと? 口の利き方に気を付けろ。あなたが私を欲しているのなら、私の機嫌を損ねるのは得策ではなかろう。え、おい、リヒベルグ少将?」
「そうかも知れんが、今となってはあなたの方こそ、私の下へ来たいのだろう? ククククッ」
「ふにゅぅぅぅうう……そりゃあそうだけど、でもでもぉ、そういうことを言って、あんまり私を虐めないでぇ~~」
またも、しな垂れ掛かるエミーリアに、リヒベルグはポカーンとした。
――いったい何なんだ、コイツは……?
■■■■
「話を纏めよう」
リヒベルグの提案だ。エミーリアも賛成した。
フェルディナントの重鎮と北部ダランベル同盟の雄たるザルツァ家が姻戚関係となれば、戦争は終わる。ましてや当人たちが愛し合っているのなら、なおさらだ。
エミーリアはリヒベルグの太腿に手を添え、「はい」と言った。でも何故か、そっと手を払われてしまった。
「照屋さんなんだから、もう、ダーリンったら」
「照れてなどいない……ん? ダーリンッ!? え、あ、いや……」
「んもうっ! えい、えいっ!」
エミーリアがリヒベルグの頬を指先で突いている。ここに至り、リヒベルグはエミーリアを恐るべき怪物を見るような目で、初めて見ることとなった。
「何か勘違いをなさっているようだが、ザルツァ副指令。そもそも私の目的は、ここで今から語ることそのものにある。つまり、あなたが私の提案を飲もうと飲むまいと――……仮に私が死ぬことになろうとも、結果は変わらないということさ。何故だか分かるか?」
エミーリアは目を瞬かせ、頭を振った。長い睫毛が幾度も上下に揺れている。
「私の策が、蟻一匹通さぬ程に完璧だということだ」
「おお、それは頼もしい。私達が結ばれることを阻むものなど、何一つ無いということだなッ!」
両手を組み合わせ、エミーリアは潤んだ瞳をリヒベルグへ向けた。彼女は相変わらず、「わぁい! 結婚秒読み!」なんて浮かれている。
リヒベルグはソファーから、ズレて落ちそうになった。しかし気を取り直し、居住まいを正して言うべきことを言う。
「いいか、エミーリア=フォン=ザルツァ。オットー=フォン=ボートガンプの首を獲れ。見返りとして私は、あなたをヴィルヘルミネ様の下へお連れする。この話は、それ以上でも以下でもない。理解したか?」
「……え?」
エミーリアは、初めて間近でリヒベルグの黒曜石のような瞳を見つめていた。心臓がドキンと弾み、吸い込まれそうになる。だが、それと言葉の意味は別だ。
もちろんフェルディナントがオットーの首を求める理由は、分かる。彼の殺害をザルツァ家にやらせる理由も、十分に想像ができた。
実際エミーリアとしても、あの子供には手を焼いている。仮に彼が誰かに殺されたところで、知ったことでは無い。だが自分が積極的に手を下せるかと言えば、否だった。
相手が自分と対等に戦える者なら、躊躇などしない。けれどオットーは何といってもまだ、十一歳の子供なのだ。
「ば、馬鹿を言うな、リヒベルグ少将。オットー殿は、まだ十一歳だ。確かにアレの命を狙う理由は理解できるが、だからと言って私がやらねばならん道理はない。そもそも――私は騎士だ。騎士として、子供を殺すような恥知らずな真似など出来ぬ」
エミーリアはヨロヨロと立ち上がり、けれどしっかりした口調で言った。
リヒベルグは座ったまま、口の端を吊り上げニヤリと笑っている。視線が横へ動き、エミーリアの副官に注がれた。副官はオロオロとしている。
「ならば、北部ダランベル同盟軍は、我が軍と戦うことになるが?」
「なにか……別の道は無いのか? そもそもこの戦いは、プロイシェが仕組んだもので……」
「加担した貴様等を、ヴィルヘルミネ様がお許しになると思うか? ましてやオットーを担ぎ上げたのは、お前達であろう。その落とし前を付けろと、そう言っているのだ」
「では、オットー殿をそちらへ引き渡そう。それでどうだ?」
「馬鹿を言うな。ヴィルヘルミネ様に、子供を――……それも従弟殿を処刑させるつもりか?」
「そうではないが、しかし……」
「自分達の撒いた種だろう。要らぬものが実ったからといって他人に押し付けたのでは、近所付き合いに差し障るとは思わんか?」
「つまりリヒベルグ少将……あなたは、あくまでも私に、子供を処刑しろと言うのだな?」
「そうだ。ようやく気付いたか、鈍い女だ」
「鈍い女? 未来のつ、つ、つつつ、妻に向かって、その言い草は無いだろう?」
「妻? なぜ私が、あなたを妻に迎えねばならんのだ?」
「そういう風に、話をしていたはずだ」
「そんな話は、一切していない。そもそも私は小娘になど、興味を持たぬ。それがたとえ、どれほど可憐で美しくとも――な」
肩を竦めて見せるリヒベルグの胸倉を掴み、エミーリアが喚き立てる。
「き、貴様ッ! 乙女心を弄んだのかッ!」
「さて、な」
「ゆ、許せぬッ!」
「ふん――ならば私を殺すか? それも構わん、想定の範囲内だ。ただし、その時はヴィルヘルミネ様が大軍を率いて北部ダランベルを蹂躙するぞ。フェルディナントの高官を殺す意味を、しかと考えてから行動に移せよ?」
「おのれ、おのれ、おのれ、おのれェェェェッ! 好きだったのにッ!」
「出会って数分で好きになるなよ、馬鹿女め」
「うわぁぁぁぁぁぁぁああああああああああん! 言ったなぁぁぁぁああああああああああ! うすうす自分が馬鹿だってこと、気付いていたのにぃぃぃぃぃぃぃぃぃいい!」
エミーリアは目に涙を溜めながら、執務机の上にある書類を横に払ってまき散らした。
「さて、どうやら話は平行線のようだ。――……私は戻るが、構わんかな?」
ピタリと動きを止めて、エミーリアがリヒベルグを睨む。
「好きにしろッ!」
「ほう。私を捕らえぬとは、賢明だな」
「使者を捕らえるなど騎士道に悖るッ! それだけだッ!」
「では、次に会うのは戦場だな」
「ああッ! その首、必ず私が貰うからなッ!」
「そうか。コーヒー、旨かったぞ。それにな、お前、人の話をもう少しちゃんと訊け。そうしたら、いい女になれるはずだ」
去り際にふと見せたリヒベルグの微笑に、またもエミーリアはキュンとした。
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