62 ロマンチックあげない
エミーリアは目の前に現れたフェルディナントの使者を見つめ、思わず息を飲んでしまった。余りにも端正な顔立ちだったからだ。
「リヒベルグと申します、副司令官閣下。急な来訪にも関わらずお目通り頂き、恐悦の極み」
使者は帽子を取り、丁重に頭を下げた。右前にある白髪が、ふわりと揺れる。
――白髪?
一瞬だがエミーリアは、相手の年齢を測りかねた。しかし仕草や口調、肌の色艶を見た限りでは、四十歳に達しているとは思えない。精々が三十五、六歳といったところか。光の加減では二十代にも見える。しかも長身で紫を基調とした貴族らしい衣服を纏い、清潔感もバッチリであった。
――ナニコレ、めっちゃイイ男。そういえばヴィルヘルミネの下には、イケメンが揃っているというけれど……噂は本当だったんだ。
エミーリアは十六歳の時に婚約破棄をされて以来、男性不審である。けれどリヒベルグは、そんな不信感を吹き飛ばしてしまう程の美貌で、エミーリアは思わずウットリとしてしまった。
「ほ、北部ダランベル同盟軍副司令官、エミーリア=フォン=ザルツァだ。状況が状況ゆえ、もてなすことは出来ないが――……せいぜいゆっくりしていくんだなっ!」
思わず声をワントーン上げ、エミーリアも立ち上がった。少なくとも相手の方が年齢も上だし、礼を失して得をすることなど無い――という言い訳が脳内でリフレインしている。口調は、なぜかツンデレだった。
「正直なところ敵方の副司令官が、これほど美しいとは驚きました」
リヒベルグが微笑みの爆弾をかました。
「ひゃい!? う、美しいッ!? そんなッ! わ、私が!?」
エミーリアに大ダメージ。指先に何故か赤い糸が浮かび、フワフワと揺れて目の前の男へ吸い寄せられていく。
「ええ。アフロディーテもかくやと思えるほど、魅力的です」
リヒベルグが会心の一撃。
「ふぁぁああ――……」
エミーリアは倒された。というか、くらくらした。男性にこれほど褒められたことなど、生まれてから今まで一度として無い。だいたい乱暴者と言われ続けてきた半生のうち、例えられた女神はフレイヤ辺りが精一杯であった。
――アフロディーテだなんて! やっぱり彼は私のことが好きなのだ、間違いない! でもどうしよう、これは敵との禁断の恋ではないかッ!?
今やエミーリアは完全にリヒベルグの虜で、茶色い瞳は彼を食い入るように見つめていた。
一方リヒベルグもエミーリアの好意的な態度に気をよくしたのか、微笑みの弾幕を張っている。それから左手に持ったステッキでトンと床を叩き、肩を竦めて見せていた。
「余り見つめないで下さい、ザルツァ副指令。胸が高鳴り、あなたを正面から見ることが、出来なくなりそうです」
――うぉぉぉぉ! キタァァァァァ! やっぱり両想いだぁぁぁぁ!
見えないように右拳をグッと握ったエミーリアだが、しかし彼女も責任ある立場だ。あまりデレてばかりはいられない。精一杯の虚勢を張って、リヒベルグからツーンと目を逸らした。
「せ、せせせ、世辞は結構だ、リヒベルグ男爵。まずはあなたの官職と、ここへいらした目的を聞かせて頂きたい。フェルディナントは、一体何を考えておいでなのか?」
――そうだ、冷静になれ、エミーリア! 彼はフェルディナントの使者、何かきっと目的があるはず。まずは、それを聞き出さなければッ! 恋とはいつだって、切ないものなのだからッ!
「ふむ――……早速本題に入れ、と仰るのですな」
「そう受け取って頂いて構わない。さあ、貴官の官職姓名を名乗られよ」
「ククククッ。もう、名乗ったではないか」
リヒベルグが、ニヤリと笑う。ニヒルな笑みだ。
エミーリアは眩暈を覚え、後ろに仰け反った。
――この男、爽やかな微笑みから、心の奥に悲しみを湛えた悪人の笑みまでこなすのかッ! あああああ、もう、ど こ ま で も 完璧ッ!
などと考えていることを悟らせないようエミーリアは額に手を当て、僅かに前髪を持ち上げ、首を左右に振る。
「リヒベルグ男爵だけでは、分からぬ。官職、それから領地、ああ、子供は将来何人欲しいか、それから、それから、ええと」
「私にはあなたが何を言い出したのか、さっぱり分らんが。ともあれフェルディナントにリヒベルグ男爵は、一人しかいない。つまり私の官職はフェルディナント軍少将であり――……」
「なに? 前線司令官が敵地中枢へ使者として乗り込むなど、あり得ぬッ! そうまでして、わ、わわわ、私のことが欲しいのかッ!?」
「ほう――……案外、察しが良いのだな。ククククッ、その通り、私はあなたを欲している。その為にわざわざ危険を犯して、ここまで来たのだ。もちろん、良い返事を聞かせてくれるのだろうな?」
――ふぁぁぁぁあああ! いきなりのプロポーズ! しかも相手は男爵とはいえ、フェルディナントの重鎮。この縁談なら、きっとお父様も納得してくれよう。ああ、まさか敵地で、春がくるなんて!
あ、でも待てよ。ここで、はい、行きますなんて即答したら、軽い女と思われてしまう。ここは一つ、じらさなければ。
「はっ――……私を欲しているだと? 敵である卿がか? 愚弄するのも大概にしろ。そんなこと、出来る訳が無かろう」
リヒベルグはフンと鼻を鳴らし、エミーリアに冷たい視線を向けた。
「愚弄などしていない。この数か月、あなたのことは、よく見ていた。だから、あなたの気持ちは十分に理解しているつもりだ」
「な、なんだと、貴様ッ! わ、私を見ていただってぇ~~!」
――密偵を使って見ていたなんて、この人、どれだけ私のことを愛しているのだッ! 愛されるって最高ッ!
思わず顔がニヤけてしまうエミーリアは、笑顔を隠す為にクルリと上半身だけ背を向けた。嬉しくて肩がプルプル震えていた。
「怒ったか? ならば、殺してくれても構わんぞ。私の死は、フェルディナントが北部ダランベルを制圧、併合する為の十分な理由となろうからな。それもまた、私の描いた策の一つだ。ククククッ」
「なに? リヒベルグ少将――……この期に及んで私を試すようなことを言うのだな。私が貴官を、殺す訳が無かろう」
「ほう。多少は頭が回るようだな」
「な、なぁ、リヒベルグ少将。そんなに、私のことが欲しいのか?」
「ああ、欲しいな。何度も言わせるな」
「ふぇぇぇぇ――……そ、そうか。それじゃあちょっと、条件を訊かせて貰おう」
「うむ、あなたが我が陣営へ来ることは、そう難しいことではない」
「そ、そうなのか? 流石だな、少将は」
「まあな。って、おい、ザルツァ殿。どうしてこっちに来たのだ」
「前祝いというか、何というか……コーヒーでも飲んでいってくれ。その位の時間は、あるのだろう?」
「う、うむ。いやしかし、私達は敵同士で……」
「だからこそ、ロマンチックなのだ」
「……は?」
エミーリアは顔を耳まで真っ赤にして、両頬を手で押さえている。完全にメロメロであった。
一方、リヒベルグは奇妙な違和感を覚えている。だが微妙に話が噛み合っていたせいで、決定的な齟齬を見出すには至らないのであった。
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