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61 東から北へ 


 フェルディナントとプロイシェの戦いは、終わってみればフェルディナントの圧勝であった。

 六万の大軍で攻め寄せたプロイシェは全体の三分の二にも及ぶ兵力を失い、何を得るでもなく去ったのだ。対してフェルディナント軍は二万四千の兵力で戦い、損耗は一千にも満たなかった。


 とはいえ、フェルディナント軍も数では表せない損害を被っている。特殊部隊である鋼鉄の薔薇(シュティール・ローゼ)中隊が壊滅し、指揮官であるブルーノも戦死した。


 彼等には当然、親もいれば兄弟もいる。国家がいかに勝利を収め祝宴ムードに浮かれようとも、戦死した者の遺族は皆、悲嘆にくれるしかないのだ。

 むろんヴィルヘルミネも、精鋭イケメンを失ったことが悲しい。だから彼女も勝利を喜ぶというより、ずっと表情を曇らせていた。


 戦傷を受けたロッソウも数日間高熱を出し、生死の境を彷徨った。お陰で公都バルトラインまでの道中、ヴィルヘルミネは酷く暗い顔をしていたものだ。もちろんロッソウはフェルディナントの宿将だから、諸将の顔も沈んでいた。

 けれど帰路について三日目のこと、医師たちの努力の甲斐もあり、ついにロッソウは意識を取り戻したのである。


「ハッ!? ……ワシは一体……そうじゃ、あの金髪の小僧! どこじゃ!? ワシを斬った代償は、高くつくぞッ!」


 移動用の天幕で目覚めたロッソウは、どうやらまだ戦っているつもりだったらしい。いきなり身体を起こそうとして、吠えたのである。

 もっとも胸部から腹部へ掛けての傷は深く、縫合して間もないため再び血が出てしまった。それに痛みも強かったのだろう。医師に身体を押さえられると、再び気を失ったのである。


 ヴィルヘルミネはバルトラインまでの道中、ずっと沈み込んでいた。

 彼女が悲しむ要因は様々にあったが主たる要因は、おっぱいを触られた件である。それはもう酷く落ち込んでおり、「もう、お嫁にいけない身体になってしまったのじゃ。婿も貰えぬ」と――と、金髪の親友に語ってた。


「ヴィルヘルミネ様。婿なんて、そもそも不要です」

「なぜじゃ、ゾフィー?」

「だって、わたしが一生お傍にいますから。だから、どこかへ嫁ぐなど言語道断です」

「え? でもの、それだと世継ぎとか、世継ぎがの……公国の未来はどうするのじゃ?」

「よ、世継ぎなら、わたしが産みます! 必ずやヴィルヘルミネ様の御子を産みますからっ!」

「で、あるか?」

「で、あります」


 野営の天幕で夜を共にしたゾフィーは、そう言ってヴィルヘルミネを慰めたという。言われてみれば赤毛の令嬢は、それが最善のような気がしてきて、だんだん立ち直るのであった。


 ――そうか、余はゾフィーと結婚すれば良いのじゃ。


 もともと倒錯していた令嬢の思考は、この日を境に拍車が掛かる。

 だが一方でオーギュストの顔が脳裏を過り、胸をキュッと締め付けた。風邪でもひいたかの? なんて思う令嬢は、淡い想いを頭を振って追い出した。相変わらず自らの恋心に疎い、ヴィルヘルミネなのである。


 ちなみに赤毛の令嬢と金髪の少女は、共に男女のメカニズムを理解していない。なので女同士でも子供が作れるとのだと、この時は本気で信じてしまったのだ。

 けれど、だからこそヴィルヘルミネには、一つ納得できないことがある。


 ――なぜ男同士だと、子供は作れないのか? トリスタンとエルウィンが可哀想じゃ! ヘルムートとハドラーも可哀想じゃ!


 ぜんぜん全く彼等はそれで問題ないのだが、ともかく、これに関してはヴィルヘルミネは、常々疑問に思っていた。


 少なくとも人間や犬、馬、猫などはすべからく雌が子供を産む。どういう経緯があるのかは知らないが、とにかく二人、或いは二匹が愛し合えば、雌はやがて子を授かるのだ。雄ではではない。それが神の思し召しならば、それは彼女にとって、断じて納得できる事柄では無かったのである。


 ――女同士でも子供を授かるのに、なぜ男同士ではいかんのかッ! 神は何と不条理なのかッ!


 もちろん女同士でも、子供は授からない。けれど、そんなことを知らないヴィルヘルミネの信仰心は、ざっくばらんに破綻した。このことが、後に教会勢力との大きな軋轢になる。

 結局のところ一度破綻した信仰心は、彼女が男女のメカニズムを知っても尚、修復し得なかったのだ。


 一方ヴィルヘルミネが立ち直るのに反比例して、重臣たちは怒りを募らせていた。特にトリスタンとヘルムートが急先鋒であり、「ミーネ様のおっぱい揉みやがって! ヘルムート王子、まじ許すまじ!」と固い握手を交わしたという。 

 そうして彼等はプロイシェという国家をこの世から完全に抹消すべく、動きだしたのである。


 とはいえ、それは水面下でのこと。表面上ではフェルディナンドとプロイシェの講和が確実となった。何故なら現状では、双方にこれ以上戦う意味が無かったからである。 

 有体に言えばプロイシェは早急に戦力を立て直さねばならず、フェルディナントは未だ、北部ダランベル同盟という敵を抱えていたからであった。

 

 ■■■■


 北部ダランベル同盟軍副司令官エミーリア=フォン=ザルツァの下に、プロイシェ軍の敗報が届いたのは二月十日のことであった。情報がプロイシェ本国を経由し、ザルツァ家の領地を経てからだった為に時間が掛かったのだ。


「一月二十九日、フェルディナント東方より侵攻中のプロイシェ軍が大敗ッ! 総司令官グロースクロイツ大公が戦死なさったとのことです!」


 エミーリアが報告を受けたのは、ボロヂノ子爵の居城における一室だ。室内には冬の西日が入り、緑色の絨毯を照らしている。執務机には銀製の燭台が二つ置かれているが、未だ火を付けるには早い時間であった。


 エミーリアはリヒベルグの罠に掛かり、存在しない裏切り者を斬首に処したのち、ようやく街の攻撃を開始した。

 ボロヂノ子爵は徹底的に抗戦したが、所詮は多勢に無勢。またエミーリアの指揮能力は高く、処刑も見せしめの効果があり、同盟軍の貴族達も良く戦った。

 そうして街を三日で陥落させると、ボロヂノ子爵を捕らえ、彼の居城を接収したのである。


 当初エミーリアはボロヂノ子爵を殺し、そのままフェルディナント領へ雪崩れ込もうと考えていた。しかしながら北部ダランベル同盟の諸侯たちは、彼女の案に異を唱えたのだ。


「南北が違えど、同じダランベル諸侯の一人であろう。温情のある処置を願う」

「このままフェルディナントへ侵攻するのは、如何なものか。プロイシェが負けでもすれば、我等単独で戦わねばならぬ」

「然り。ここはしばし、この地で様子を見るべきでは?」


 エミーリアは彼等の日和見な主張にほとほと嫌気が差したが、しかし全ては事実であった。

 ツヴァイクシュタインに駐留する兵力は一個師団に満たないが、これを破ったとしてもプロイシェ軍が負けたならば意味が無い。挟撃が成立しないからだ。

 そして本国の父からも諸侯と同じく、「様子を見るように」との手紙が届いていた。


 ――ふん。父上までも、日和見とはな。


 あの時は失望を禁じ得なかったエミーリアだが、プロイシェが北部ダランベル諸侯にオットー=フォン=ボートガンプという地雷を押し付け、尖兵としてフェルディナントへ攻め込ませようというのは事実である。

 だからこそプロイシェ軍が負けて本国へ帰るような事態にでもなれば、全ての責任が北部ダランベル諸侯へ押し付けられてしまうのだ。そうしてプロイシェは、ぬけぬけと単独講和に走るだろう。

 

 そうした不安は、常にあった。だがプロイシェは仮にも軍国なのだ。ランスやキーエフといった大国とも、対等に戦える軍事力を持っている。それが多少は領土を拡張したとはいえ、一小国に敗れるとは誰が考えるものか。だが現実は、誰の想像をも凌駕した。

 

「負けるとはな――……プロイシェ軍が」


 エミーリアは執務机に両肘を付き、頭を垂れて乾いた笑みを浮かべている。ブルネットの髪が陽光に煌めき、緑がかって見えた。


 退くべきか、進むべきか――エミーリアの頭は空白だ。ダランベル同盟などというものを纏め上げた以上、ザルツァ家がフェルディナントに許されるとは思えない。ならばいっそ、戦うべきかとも思う。

 だが結束力の無い同盟軍を率い、プロイシェに勝つような国に、ヴィルヘルミネに――自分が勝てるとは到底思えなかった。


 ――死ぬべきだろうか。


 絶望が背中から這い上がり、頭まで包み込もうとする。そのとき、扉がノックされてエミーリアは現実へと再び意識を向けた。


「――入れ」


 別の部下が、新たな報告を携えやってきたようだ。


「リヒベルグ男爵と名乗る方が、副司令官閣下に面会を求めております。何でもフェルディナントからの使者だとか……如何なさいますか?」

「――……リヒベルグだとッ!?」


 エミーリアは慌てて立ち上がり、猛烈な勢いで思考を回転させた。リヒベルグといえば、ツヴァイクシュタインに駐屯する師団長の名だ。まさか本人が来るとは思わないが、縁者を派遣してくることならば、あり得るだろう。そこまで考えエミーリアは大きく頷き、こう言った。


「よろしい、会おう。お通しせよ」

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