60 東部国境防衛戦 24
ヴィルヘルミネがジークムントの顔を踏み続けていると、オルトレップに率いられた騎兵部隊が増援として現れた。遅ればせながら、決戦の地へ駆けつけたのだ。これで戦いの趨勢は完全に決し、ついにフェルディナント軍は敵第五師団に対しても攻勢に出るのだった。
「ミーネ様はご無事であらせられるかッ!?」
禿頭の猛将が大音声で叫ぶ。近衛連隊の陣形が乱れ切っていたから、心配であった。ジークムント指揮下の騎兵を二刀で斬って落とし、オルトレップが戦場を縦横無尽に駆けていく。軍帽を被っていないから、敵も味方も彼の頭が朝日並みに眩しかった。
「閣下ッ!」
強すぎる上官を、ライナーが若干引き攣った顔で呼び止める。彼の目には赤毛の令嬢が、何かを踏みつける姿が映ってた。
「ライナー、油断するなよッ!」
「そうではなくて、閣下ッ! こっちを見て下さいッ!」
「はぁっ! これで十二騎めッ! ライナー! 目の前の敵は、自分で倒せッ!」
「そういう話じゃあねぇっての! いいから話を聞け、このハゲがッ!」
「んあ?」
突然放たれた部下の暴言に、口をあんぐり開けてオルトレップが振り返る。
――え、ハゲって言った?
ライナーは馬の足を止め、ジークムントの顔面を足蹴にするヴィルヘルミネを指差した。
「ほら、あれ。閣下、敵将を踏んづけているの、ヴィルヘルミネ様じゃあないですかね?」
「む、む? はうあッ!? 確かにミーネ様であらせられるッ! これは何としたことだ!?」
「いやそれは、自分の方が訊きたいくらいですよ……」
「それはそうと、ライナー。お前、私をハゲと呼ばなかったか?」
「まさか、そんな。ドライファ・アーじゃないんですから、そんな暴言吐きませんって」
「む、ならば良いが――……」
何だか釈然としないままオルトレップは周辺の敵兵を一掃し、主君の下へと駆け付けた。
ちなみにドライファ・アーことアンハイサーはオルトレップ師団の歩兵と砲兵を統率し、東へと逃げるプロイシェ軍を警戒監視中だ。敵の反転攻勢を押さえる為にも、これは重要な任務なのだった。
■■■■
謎の快楽に身を委ねつつ、ヴィルヘルミネの美しい足を堪能していたジークムントは、刻々と不利になる味方の状況に愕然としていた。
――わ、私は一体、何をやっているのだッ!? こ、こんな攻撃など、すぐに弾き飛ばして……はぁはぁ……気持ちいい……ではなくてぇ……引き上げなければぁ。
「余は、余は――……穢されてしまったのじゃ……うぅぅっ!」
眉を吊り上げ半ベソで、ヴィルヘルミネがゲシゲシとジークムントを蹴っている。胸を揉まれたことが相当堪えたようだが、軟体王子にしてみれば、あれは事故だと言いたかった。ましてや戦闘中であり、あの程度は仕方の無いことであろう。
「わ、わわ、私はあなたを、穢してなどいないッ! 第一戦闘中なのだから、そのくらい――……」
「黙れ! この鬼畜、痴漢、破廉恥男めがッ! 天誅! 天誅! 天誅!」
「き、気持ちいい……ではなく、いい加減にしろッ! だからあれは、意図してのことではないッ!」
後ろ髪を引かれる思いで自分を蹴りつける愛らしい足から離れ、ジークムントは立ち上がった。
目の前では赤毛の少女が顔を真っ赤にして、眉を吊り上げている。未だ怒り冷めやらず――といった雰囲気だ。ウサギのように右足でストンピングを繰り返している。
「おい、貴様! 逃げるな! ここで余に、死ぬまで踏まれ続るのじゃ!」
何とも無茶苦茶な言い分だ。けれどジークムントは、そんなヴィルヘルミネを見つめ、胸の高鳴りを覚えていた。もしも欲望に従うことが出来るのなら、「イエス・ユア・マジェスティ」なんて応え、犬のように腹を見せ、再び地面へ転がりたい。とんだ変態ハイネス、ジークムント王子であった。
とはいえジークムントは、冷静さを失った訳ではない。踏まれ、蹴られながらもヴィルヘルミネの戦闘能力について考えていた。信じがたいことだが、どうやら彼女は『心眼』を使えるようだ。そういえば銃弾の雨をかい潜り、無傷だったという報告も上がっている。
――軍事の天才にして武術の達人とは、まるで私の上位互換だよ。せめて心眼の秘密を解明しなければ、どうにも勝ち目は無いねぇ……。
目の前で地団太を踏む赤毛の令嬢を見て、ジークムントはそう結論付けた。もちろん全てが勘違いの産物だが、そうでなければ説明が付かない事態なのだ。
ましてや、戦況は刻一刻と不利になる。叔父を救えずに撤退するなど不本意だが、これ以上の戦闘行為は、それにもまして無意味だった。潮時だ。
ジークムントは指笛を吹き、馬を呼ぶ。駆けつけた馬にヒラリと飛び乗った。
「あっ、逃げるのかッ! ものども、あやつを追えッ! 手足を捥いでも構わぬ! 生きたまま、あやつを余の下へ連れて参れッ! 生皮を剥いで、狼の餌にしてくれるわッ!」
「フフッフー! そんな風に連れ戻されては、流石にたまらない――が、しかし。ぜひ違う形で、またお目にかかりたいものだねぇ!」
言いながら、ジークムントは不思議な胸の疼きを覚えている。心の底から、また会いたいと願っていた。彼女に踏まれた顔が、熱を帯びている。目覚めてしまった性癖が、彼の心にヴィルヘルミネの名を強く刻み付けてしまったのだ。
それでもジークムントは理性を最大限に発揮して、叔父の遺体を回収し風のように去っていく。
ロッソウとオルトレップの部隊がヴィルヘルミネの命令に従い彼を追ったが、それで怯む軟体王子ではない。彼は一度だけ馬首を翻すと、手痛い逆撃を加えて笑みを浮かべ、言い放った。
「私の名はジークムント=フォン=クルンハイム。プロイシェの第六王子さ。命が惜しく無ければ、いくらでも掛かって来るがいい。フフッフー」
トリスタンは追撃戦で兵をこれ以上失うことを良しとせず、またロッソウの傷が思いの他に深いことから、ヴィルヘルミネに部隊の撤収を進言した。
「敵は撤退行動に移っております。迂闊に後を追い、再び無用の逆撃を受け兵を減らしても面白くありません。またロッソウ殿の容態も思わしくなく、ここは状況を収束させるが優先かと存じますが」
赤毛の令嬢は「ぐぬぬ……」と唸っていたが、しかしロッソウは確かに心配だ。
「――仕方が無い、ロッソウの為じゃ。不快じゃがジークムントなる輩、今回だけは生かしておいてやる。じゃがの、余は決めたぞ。あのような輩のいるプロイシェなど、地上から消し去ってくれるッ!」
「……御意のままに」
こうしてグロースクロイツ大公を失ったプロイシェ軍は、ジークムントという新たな指導者を得た。
一方フェルディナントは摂政閣下が成長中のおっぱいを触られたことにより、プロイシェという国家を滅ぼすことに決定。参謀総長はこれに向け、全力で作戦計画を立案することになるのだった。
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