57 東部国境防衛戦 21
グロースクロイツは五百の騎兵を率い、一直線にヴィルヘルミネの本営へと突き進んだ。これがまさかフェルディナント軍の狙いあろうとは、考えてもいない。
否――考えないようにしていた。仮にこれが敵の狙いだとして、今のグロースクロイツに選択の余地は無いのだ。
迎え撃つトリスタンも、覚悟を決めている。とはいえ僅かのミスも許されない緊張感から、流石の彼も額に汗を浮かべていた。
「前衛部隊指揮官へ伝えよ。無理に騎兵の突撃を遮るな。通過させつつ側面から攻撃を仕掛け、敵の兵力を削げ」
トリスタンの命令は冷徹であり、辛辣であった。
僅か五百騎と云えども、騎兵の突撃は歩兵を粉砕する衝撃力を持つ。だからあえて敵の前に立ちはだかる愚を犯さず、側面からの攻撃に徹するよう命じたのだ。
結果としてグロースクロイツがヴィルヘルミネの本営に到達した時には、僅か百騎まで兵力を減らしていた。それでもプロイシェ最高の猛将は怯まず、声を嗄らして叫んでいる。
「ヴィルヘルミネ! 貴様の命、貰い受けに来たぞッ!」
実際、ヴィルヘルミネとグロースクロイツの距離は近い。けれど二人の間にはトリスタンやエルウィン、ゾフィーやジーメンスが立ちはだかっており、これ以上の突破を許さない構えだ。
というより、ここでグロースクロイツを仕留める為に待ち構えていたのだから、彼等にしてみれば話が逆である。
「――ここはわたしが」
周囲の大人たちよりも一足早く、ゾフィーが前に出た。ヴィルヘルミネの副官である彼女が、もっとも身軽だったからだ。彼女は刀剣とマンゴーシュを構え、足だけで馬を操っている。
ちなみにジーメンスは、「あわわわ……でかい、怖い、どうしよう」などと言い出し、エルウィンに白い目を向けられていた。
「誘い込まれたとも知らず、おめでたい男だ。そちらこそ、もう逃げ場はないぞ」
蒼い瞳に酷薄な色を湛えて、ゾフィーがグロースクロイツを睨んで言う。
「小娘が、よく言う――……背後を衝かれ、我等に突破を許しただけであろうが」
「そう思うのなら、後ろを見てみろ。兵力をここまで減らして、どうやって生きて戻るつもりか?」
グロースクロイツの眉が、ピクリと撥ねる。確かにフェルディナント軍が正面を防御せず、側面からの攻撃に拘ったことには違和感を覚えていた。しかし、それが今更何だというのか。
血濡れの刀剣を突き出し、グロースクロイツは吐き捨てた。
「もとより、生きて戻る気がないのでな。さりとて一人で天界へ行くのも忍びなく、小脇に赤毛の小娘の首でも抱えて参ろうかと思うてなぁ」
「やれるものかッ! 貴様などヴィルヘルミネ様に、指一本とて触れさせぬッ!」
馬の腹を蹴り、ゾフィーが突進する。鋭い斬撃が走り、グロースクロイツは目を見開いた。頬に付いた傷を指でなぞる。ヒリッとした感触が脳を刺激し、彼は目の前の少女を強敵と認定した。
■■■■
グロースクロイツの突撃を見て、ジークムントは違和感を覚えていた。不安と言い換えてもいい。フェルディナント軍が、あえてグロースクロイツを通しているように見えたのだ。
その証拠に騎兵が通り過ぎると、すぐに彼等は反転して攻撃を加えている。
恐らくは挟撃に対して時間差を付け、各個に対処しようというのだろう。事前に打ち合わせをした挟撃ではないから、プロイシェ軍としてもタイミングを合わせずらいのだ。
或いは突撃を敢行する敵がグロースクロイツであると知り、彼を倒して戦いを終わらせようとしているのかも知れない。
どちらにしても何か手を打たねば、グロースクロイツを救うことは出来なかった。
「ブリュンヒルデ。どうやら私は、状況を逆手に取られたらしいよ」
「ですね。というより、それに気付かないグロースクロイツ大公が悪い。無理な突撃をして兵を減らし、自らの周りを手薄にしたのですから」
「叔父上は、それと承知で突き進んだのだろう。ヴィルヘルミネと、刺し違えるつもりだ」
「……はぁ、まあ、いいんじゃあないですか」
「良くない。それでは、私がここへ来た意味が無い」
「意味が無いということは、ないでしょう。グロースクロイツ大公が決死の覚悟でヴィルヘルミネと刺し違えようと考えたのも、偏に我が軍の存在があってこそ。頑張って頂ければと存じます」
「だから、頑張られては私が困るのだよ。叔父上が死んでしまう」
「まぁ、そうですね。じゃあ、どうなさるおつもりですか?」
艶めかしい流し目で、バルヒェットがジークムントの横顔を見つめている。
「私も騎兵を率い、突撃を敢行する」
「はぁ……そう仰ると思っていました。でもね、意味などありませんよ。わざわざ罠に嵌った大公を助けて、一体どうするというのです? それで万が一あなたが死んだら、あなたに賭けた私だって――……」
「ブリュンヒルデ、これを持っていてくれ」
ジークムントは首から銀のペンダントを外し、バルヒェットに手渡した。
「これは?」
「母の形見さ。もしも私が死んだら、父上にこれを見せると良い。あなたが私の恋人であったと、証明されるだろう。そうすればあなたの地位は安泰だし、為そうとしていることの助けにもなるはずだ」
「はぁ……頂けるものは頂きますが」
「あげるとは言っていないよ、ブリュンヒルデ。私が戻ったら、ちゃんと返してくれ」
「あら、あら。案外ケチなんですねぇ」
「これは私にとって、とても大切なもの。それを君に預けるのだから、つまりは必ず戻るということだ」
余りにも真剣な黄金の瞳に、バルヒェットは目を細めた。この王子はもっと冷静で、冷淡だと思っていた。けれど心の内には迸る情熱があって、それはどこまでも真っ直ぐなもの。
まるで森の奥深くで育ち、捻じれた木のようだったバルヒェットの心には、ジークムントの心が眩しかった。だから思わず目を背け、バルヒェットは「勝手にすればいい……」と呟きそっぽを向いた。
ジークムントは騎兵を六百ほど率い、敵陣の側面から斬り込んだ。それは正に電光石火と言うほどで、エルウィンの対応すら間に合わない。
最精鋭たるフェルディナントの近衛兵を次々と斬り倒し、ジークムントはヴィルヘルミネへと迫るのであった。
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