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54 東部国境防衛戦 18


 前進して圧力を強めるフェルディナント軍に誰よりも肝を冷やしたのは、プロイシェ軍の第七師団長だ。

 彼はそもそもヴィルヘルミネを恐れていたから、彼女の攻撃を知るやグロースクロイツに言われるまでも無く撤退した。そんなところへ後退命令が届いたものだから、もっけの幸いとばかりに本営まで引き上げたのだ。


 それなのに今や陣営内部では反乱の火の手が上がり、西と南からフェルディナント軍に攻め立てられている。そんな状況下で全体の防御指揮を執らざるを得ないのだから、人生一寸先は闇だと思わざるを得ない、第七師団長なのであった。


「と、とにかく大公閣下に伝令を出せ! 敵が総攻撃に移ったとお知らせして、指示を仰ぐのだッ!」


 いかにも無様な命令を発する第七師団長ではあったが、元来は決して無能という程ではない。キンベルガーが酷評したように優柔不断な部分こそあるが、基本的に彼の指揮は堅実であった。

 ただグロースクロイツと比べれば、数段劣ることは否めない。また、実のところキンベルガーの能力が彼よりも遥かに優れていたから、第七師団長を酷評するに至ったというのが実際のところである。


 だからキンベルガーの攪乱戦法に手を焼きながらも、第七師団長は一万九千に及ぶプロイシェ軍の統率を何とか維持し続けていた。

 しかしついにフェルディナント軍本隊が総攻撃を敢行するに至り、グロースクロイツへ助けを求めたという次第である。


 もっともグロースクロイツにしたところで、そんな伝令を寄越されても打つ手など無かった。なにせ現在、対峙している相手はロッソウだ。僅かでも気を抜こうものなら、ハルバードの轟音がすぐ耳元まで迫ってくる。死が目の前にあるのだ。


「ええい、どうもこうもあるかッ! 万事抜かりなく迎撃しろと伝えよッ!」


 迎えた伝令に吐き捨てるように言ったグロースクロイツは、度重なるロッソウの波状攻撃に、ほとほと嫌気がさしていた。手持ちの兵力があと二千程も多ければ、敵を押し包んで勝てるだろう。けれど昨日の戦いで二個師団が壊滅したから、その程度の兵力すら捻出できないのだ。

 いっそジークムントに伝令を出して援軍を乞おうかと思ったが、グロースクロイツは思い直して頭を振った。


「いや、これは負けいくさだ。ヤツを巻き込むわけにはいかん。ヤツさえいれば、プロイシェはまだまだ戦える。ヤツが王にさえなれば――……」


 己の考えにハッとして、グロースクロイツはもう一度頭を振った。いつの間にか甥の才能を完全に認め、自らが成し得なかった夢を託そうとしている。

 グロースクロイツは兄よりも優れた才能を持ちながら、王にならなかった。それは己が節度を弁え、法を重んじる武人だから当然だと考えていたが、今にして思えば、それも単なる言い訳だ。


 グロースクロイツにとって王弟であり大公という地位は、随分と居心地が良かった。「兄に王位を譲った、出来た弟だ」などと陰で噂されることも、彼の暗い自尊心を擽ったものだ。

 けれど「結局のところ私は、その程度の男だったのだ」と思い、グロースクロイツは自嘲気味に笑った。ましてやジークムントの才能と内面に秘める野心を思うと、自らの矮小さを余計に実感してしまうのだ。


 そうしてグロースクロイツが物思いに耽っていると、再びロッソウが目の前に現れた。


「やけに大人しいな、グロースクロイツッ! もはや勝てぬと諦めたかッ!」

「ぬかせッ! まだまだ兵力は互角ッ! 負けた訳ではないッ!」


 気を取り直し、グロースクロイツは刀剣サーベルを縦に構える。目の前にはロッソウのハルバードが迫っており、二つの刃が激突すると朱い火花が飛び散った。


 ■■■■


 午前五時三十分。夜の勢力が太陽の輝きに駆逐され、地上は朝の祝福に満たされた。

 ヴィルヘルミネの独断専行ともいえる攻撃を知らなかったオルトレップ師団も、ようやく北側へ姿を見せている。


「しまった! 私は寝坊して、攻撃開始の時間を間違えたのかッ!?」


 既に攻撃が始まっている様子に、慌てたオルトレップが帽子を取り喚いている。


「うわ、朝日が頭に反射して眩しいっス。なんで今、帽子を取ったっスか?」


 もともと半目のアンハイサーが、さらに目を閉じ不平を言った。四分の一くらいしか目が開いていない。


「何かお考えがあって、ヴィルヘルミネ様は攻撃を早めたんじゃあないですかね? ふぁぁぁ……」


 昨夜、一度目の夜襲を仕掛けたライナーは、赤毛の令嬢並みに眠そうだ。師団長の前にも関わらず、大欠伸をしている。


「とにかく、我等も総攻撃に移るぞッ! アンハイサーは砲兵の指揮を、ライナーは騎兵の指揮を頼むッ!」

「はいっス」

「了解しました。ふぁぁぁぁぁ……」


 一方プロイシェ陣営における叛乱騒ぎも、ようやく収まった。

 キンベルガーがいかに奮戦しようと、夜を味方に付けなければ、同士討ちを誘うという奇策は通じない。引き上げる頃合いだったからだ。


「総攻撃が始まったとあらば、我等の役目は終わりだ。ロッソウ閣下と合流するぞ」


 キンベルガーは朝日に目を細めつつ、部下達と共に後退する。三方からプロイシェ軍を攻撃するフェルディナント軍の手際に、彼の胸はざわついていた。


 まさか、これほど鮮やかに三倍近い敵を追い詰めてしまうとは。まるで綿密に計算された交響曲のように、全てが繋がっている。見事な戦術だ。

 それを考え実行したのが十三歳の少女だと思うと、末恐ろしさにキンベルガーは眩暈さえ覚える。


 ――ブレーディカー閣下。俺は今、軍事の天才ヴィルヘルミネ=フォン=フェルディナントの奇跡を見ています。あなたもどうか、俺の目を通して天界ヴァルハラで見てください。そしていつか俺がそっちに行ったら、ゆっくり語り明かしましょう……!


 ヴィルヘルミネを英雄だと勘違いする男がまた一人、ここに誕生するのだった。

お読み頂きありがとうございます!

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[良い点] お疲れ様でした。 流石ミーネ様! ミーネ様は┃∀・)⊇天才
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