52 東部国境防衛戦 16
「ブレーディカー、何の故あって反旗を翻すか?」
自ら兵を率いて現場に駆け付けたグロースクロイツは、造反した部下に問いかけた。双方とも歩兵を横陣で展開して撃ち合っていたが、大公の大音声により一時の静寂が訪れる。
プロイシェ王国第一師団はグロースクロイツが直率する最強の師団であり、その中にあって八十二連隊を率いていたブレーディカーは、彼にとっても気心の知れた部下だ。
表情にこそ出さないが剛直な大公としても、現状が俄かには信じがたい。弱みを握られて反旗を翻さざるを得なかったのなら、ブレーディカーを救ってやりたいとも考えていた。
「……敵に何か、弱みでも握られたか?」
眉根を寄せて、グロースクロイツがもう一度問う。すると敵の中央から一人の男が姿を現し、紅潮した顔で叫び始めた。ブレーディカーであった。
「この俺に弱みなど、あるものかッ! 全ては部下の為だッ! この国では俺が平民だからと、准将になっても旅団長の地位を与えなかったッ! 部下達も平民だからと、全員が一段下に置かれているッ! しかしフェルディナントは違うッ! 俺に少将の位と参謀次長の職を用意してくれるのだッ!」
「ただ欲得の為に、祖国を裏切ろうというのか?」
「欲得ではないッ! 軍においては差別無しというアンタの言葉を、俺は信じた! だが実態は違うッ! 俺はいいさ、准将の地位を、確かにアンタから賜った――……だが、俺が連隊長にとどまる限り、部下達はどうだ!? 頭打ちだろうッ! それにも増して腹が立つのは、地主貴族どもだッ!」
「私は平民だとて、差別などしていない。地主貴族にも言って聞かせる。卿にも、ゆくゆくは旅団長の地位を――……」
「アンタが国王なら、そうしたことも出来るだろうッ! だが違う! なぜ俺が連隊長のままか、そんなことは言われるまでも無くわかっているのだ! 旅団長以上は、国王に親任されねばならんからなッ! アンタがいくら何を言ったところで、陛下が首を縦に振らんだろうよッ! なぜって、国王は平民を信頼していないからだッ!」
「だから、フェルディナントに寝返ろうというのか?」
「少なくともフェルディナントは、宰相も参謀総長も平民だッ! プロイシェよりは信頼に足るッ!」
「下らぬ。なぜ、私を信じて待たぬのか……」
「信じて待った結果が、これだッ! アンタは――……アンタはッ!」
「――そうか」
グロースクロイツは目を閉じて馬首を翻すと、部隊に射撃を命じる。
攻撃を再開するには、躊躇いがあった。兄である国王への忠誠と、部下であるブレーディカーに対する親愛の情に、身を引き裂かれそうな思いだった。
しかし早々に陣営の門を閉じねば、敵の増援が侵入してくることは明らかである。説得は早々に切り上げねばならなかった。
グロースクロイツは絶え間ない銃撃を浴びせ、すぐに自ら騎兵を率いて敵中へ突入した。決着を急ぐ意味もあったが、ブレーディカーは可愛い部下であったから、せめて自分の手で殺してやろうと考えたのである。
やがて混戦となり、ブレーディカーの前にグロースクロイツが馬を寄せた。彼の手には刀剣が握られていて、悠然と相手を見つめている。
「ブレーディカー……最後にもう一度、問う。降伏せぬか?」
「降伏するくらいなら、最初から背かぬッ!」
ブレーディカーも馬上で刀剣を構え、腹の下に力を入れた。己を睨む元上官の眼光が悲し気で、ともすると心が折れそうになる。
もともとブレーディカーはグロースクロイツを敬愛していたし、彼が王でさえあれば裏切ることなど、考えもしなかっただろう。けれど、全てはもう、遅いのだ。
ブレーディカーは馬腹を蹴り、刀剣を突き出した。
「ハァッ!」
グロースクロイツはブレーディカーの刀剣を弾き上げ、返す刀を横薙ぎに払う。寸でのところで反逆者は身体を逸らしたが、元上官の刃に軍帽を弾き飛ばされていた。ブレーディカーの青みがかった黒髪が露になっている。
グロースクロイツの目には、顔を真っ黒にして靴磨きをするブレーディカーの顔が映っていた。二十年前の彼は父を戦火で亡くし、母を病で失った哀れな少年であった。
あの日、グロースクロイツはお忍びで街を歩き、たまたま彼に靴を磨かせたのだ。そうした縁が今日、終わりを告げる。だから万感の想いを込めて言った。
「強くなったな、ブレーディカー。我が必殺の一撃を躱すとは……」
「当然でしょう。アンタの剣となり盾となり、何年も戦って来たんだ」
再びグロースクロイツと対峙したブレーディカーは、刀剣を振り上げた。瞬間、脇腹を歩兵の銃剣が貫き、口から赤い血を吐いて。
「――だが、脇が甘いのは変わらんな」
「卑怯な……いや、だからアンタは強いのか」
ブレーディカーは無理やり笑顔を作り、笑っていた。
グロースクロイツは深い青色の瞳にやるせなさを滲ませ、刀剣を構える。とどめを刺す為であった。
■■■■
馬蹄の轟きと共に、獣のような咆哮が轟いた。
「ウオォォォォォォォォォォォッ!」
白髪の老将に率いられたフェルディナント軍の重装騎兵隊が突入し、ブレーディカー連隊に襲い掛かっていたグロースクロイツの部隊に斬り掛かっていく。
指揮官であるロッソウは目敏くグロースクロイツを見つけ、同時に脇腹を貫かれたブレーディカーへ目を遣った。
「ぬぅんッ!」
ハルバードを一振りしてブレーディカーを貫いた歩兵の上半身を吹き飛ばし、ロッソウはジロリとグロースクロイツを睨んで言う。
「グロースクロイツ大公と見受けるが――寝返った部下に、わざわざ懲罰でもしにきたのかの?」
「まぁ、そんな所だ。卿はロッソウだな?」
「いかにも」
「久しいな。随分と髪が白くなったものだが、武勇は未だ健在と見える」
「さよう、健在じゃとも。ワシを恐れるのであれば、降伏でもなさるが良い。されば殺しはせぬし、何ならミーネ様に口添えをして進ぜるが?」
「要らぬ世話だ。それよりも、自分の心配をしたらどうだ? いかな武勇も銃弾には効かぬぞ」
グロースクロイツはニヤリと笑って、左腕を上げた。すると十人程の兵が進み出て、ロッソウに銃を向ける。
――パパパパパンッ。
咄嗟のことで白髪の老将は黒馬から飛び降り、大地を転がった。その隙にグロースクロイツは馬首を返し、部隊の中ほどまで引き上げていく。見事な手並みであった。
馬を失ったロッソウは歯噛みしつつ、辺りの敵兵を屠っていく。適当な敵の騎兵を見つけ、ハルバードを一閃――再び機動力を確保した。
「やれやれ――昔から小賢しい男じゃったが、グロースクロイツめ。どうやら磨きが掛かったようじゃて」
ロッソウが軽く溜息を吐いていると、わき腹から血を流しつつブレーディカー准将が馬を寄せてきた。
「自分はブレーディカー准将……であります……が……ロッソウ殿、申し訳ありません。これ以上の指揮は……どうやら……無理のようです。あとのことは……副連隊長に……託しましたから――……」
「おお、やはりお前さんじゃったか。しかし、おい、お前さん、ここで死んで良いのか? もう少し頑張れば、ワシと同じく少将の身じゃというに」
「いいんですよ、俺は……ここで消えて満足……なんだ。
それよりね……兵達を頼みますよ。平民でも差別されない……そういう国なんでしょう……フェルディナントは……。
でも俺は……グロースクロイツ大公――……アンタに……王になって……ほしかった――……プロイシェ……ばんざ……い」
ドサリ。
ブレーディカーは馬から落ちて、ロッソウはもう一度溜息を吐く。
「やれやれ。裏切りとても、悪ならず――……じゃの」
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