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49 東部国境防衛戦 13


「進め。来て、見て、勝つのじゃ」


 進軍しつつ古代の常勝おじさんから名ゼリフをパクったヴィルヘルミネに、残念なお知らせがやってきたのは十八時十五分のこと。


「敵、第七師団は後退し、グロースクロイツ率いる本隊と合流した模様ッ!」

 

 参謀総長トリスタン=ケッセルリンクが放った偵察兵による、確かな情報だ。彼等によれば、敵第七師団は当初より戦う素振りを見せず、後退に徹したとのことであった。


「ヴィルヘルミネ様の意図を見抜いて後退したのなら、厄介な敵だな。あるいは、臆病風に吹かれただけかも知れんが……」

「もしかしたら、グロースクロイツの命令かも知れませんよ」

「うむ。エルウィンの言う通り、グロースクロイツはプロイシェの宿将だ。そう甘い相手では無かろうしな」

 

 トリスタンとエルウィンが顔を見合わせ、意見を交わしている。

 

「理由がどうあれ、各個撃破はもう無理かのう」


 進軍しながら返り血を一生懸命落としたロッソウが、顎に手を当てながら言う。相変わらず赤毛の令嬢から距離を取られていて、おじいちゃんはちょっとだけ悲しかった。


「で、あるか」


 ヴィルヘルミネは自らの目論見が崩れて、シュンとしている。ショボーンであった。


 ――どないしょー?


 まさか敵が戦わずに逃げるとは思わなかった赤毛の令嬢は、激しくノープランだ。

 そんな時、天啓の如くヴィルヘルミネのお腹が鳴った。「ぐぅ」


 ――あ、余、お腹減った……とりあえず、休むのじゃ。


 方針が決まるとヴィルヘルミネは全軍を停止し、大休止を命じた。


「兵に食事を与え、交代で睡眠をとらせよ」

 

 相変わらずの無表情は粛然たる威厳を生み、赤毛の令嬢を彩っている。流石は何をやっても無駄に絵になるヴィルヘルミネだ。彼女の無計画にして無頓着な内面など、誰一人として察知する者はいなかった。


「御意」


 トリスタンは偉大な主君の命令に応じ、全軍を静かに止めるのであった。


 ■■■■


 敵に位置の特定をされぬ為、火を使うことを厳禁としてフェルディナント軍は休息に入った。将兵は干し肉とカチカチのパンを齧り、厚手の毛布に包まり暖を取る。

 それでも不満の声が上がらないのは、主君である赤毛の令嬢も皆と同じものを食べ、同じ境遇に甘んじているからだ。


 ヴィルヘルミネは正直、ビビリであった。なので一人だけ専用の大天幕を建てろとは言えず、皆と同じように毛布を何枚も被っているだけのこと。特に考えがあって兵卒と同じ境遇に甘んじていた訳ではない。本音を言えば、むしろ不満だ。誰か「摂政閣下に大天幕を!」なんて言ってくれないかなーと、イライラしながら待っている。


 けれどヴィルヘルミネの気持ちを勘違いして忖度した部下達は、「兵卒と同じ境遇で過ごしたいに違いない!」と判断。彼等自身も天幕を建てず、兵卒と同じものを食べる始末であった。

 こうしてヴィルヘルミネの不満とフェルディナント軍の一体感は正比例して高まり、不思議な気焔を上げている。


「なあ、知ってるか。摂政閣下も俺たちと同じモノを食べているんだぜ」

「流石だな。だけどヴィルヘルミネ様って、まだ十三歳なんだぜ。普通の貴族なら、社交界だドレスだダンスだと、浮かれている年頃だろう?」

「ああ。だからあの方は、特別なんだよ。今日だって、弾の方があの方を避けていただろう?」

「最近おれ、思うんだ。ヴィルヘルミネ様って、本当に神の子なんじゃあないか……ってさ」


 兵達に噂をされる神の子ヴィルヘルミネは、幕僚を集めて一生懸命干し肉を頬張っていた。モッキュモッキュと無言で食べる姿は、神の子というよりウサギの子といった雰囲気である。ウサギは草食動物だが……。


 ――ごっくん。


 肉を飲み込むと、トリスタンに目を向けた。各個撃破作戦が失敗に終わった今、ノープランの彼女は今後についてトリスタンに聞く必要がある。それはさながら、ドラえ〇んに頼るの〇太のごとき姿なのであった。


 問われたトリスタンは淀みなく「夜襲を二度仕掛ける」という作戦を説明し、提案してヴィルヘルミネに許可を求めている。

 彼としては名誉挽回の機会を与えられたとばかりに張り切っていたが、実は最初から名誉など失われていなかった。


 赤毛の令嬢は提案に頷き、いつも通りトリスタンの美貌をウットリと見つめている。もちろん横に座ったエルウィンとセットで、推しカプ最高! ってなモンだ。


「――ふむ、トリスタンの言や良し。一度目の夜襲にて敵の油断を誘い、本命の二度目でグロースクロイツを討つのじゃな。

 されど、一度目と奇襲は大規模に出来ぬ。騎兵で攻めるが良かろうが、何分にも夜間のことゆえ危険が大きかろう」

「それでしたらヴィルヘルミネ様、わたしがッ!」


 拳を握り締め、ゾフィーが立ち上がった。


「いや、ゾフィー。オルトレップの幕僚に、耳の良い連隊長がいる。彼なら夜間であっても良く騎兵を率い、無駄に戦うことなく引き上げることが出来るだろう」

「ああ、ライナーじゃな。確かに彼は(顔が)良い士官じゃ。余も目を掛けておる。ふむ、一度目はヤツに任せるか――……ふむ、ふむ」


 大きな木に背中を預け、干し肉を片手にヴィルヘルミネは頷いていた。彼女を中央にして車座になった幕僚達は、トリスタンとヴィルヘルミネを交互に見つめている。ゾフィーだけ、出撃出来ないからとションボリしていた。


 ――はぁ、やっぱりヴィルヘルミネ様は凄い。参謀総長の考えていることは、全てヴィルヘルミネ様も考えていらっしゃることなのだろう。わたしなんかの浅知恵じゃあ、まだまだ遠く及ばない。


 ゾフィーはそんな風に考えたが、実のところトリスタンとヴィルヘルミネの会話は絶妙に噛み合っていない。

 何せトリスタンは一生懸命に夜襲の計画を話していたのに、ヴィルヘルミネは途中からライナーのイケメンっぷりしか考えていなかったからだ。


「でしたら、早速オルトレップに伝令を出しましょう。ライナー少佐に夜襲を任せるということで、よろしいですね」

「んむ、それでよい」


 大仰に頷くヴィルヘルミネの隣で、おずおずとゾフィーが口を開く。


「あの、一つ質問を宜しいでしょうか?」

「なんじゃ、ゾフィー。ライナーが宮廷楽師になりたがっておることなら、余は知っておるぞ」

「あ、そうなんですか。それは知りませんでした」


 ――流石はヴィルヘルミネ様! 一連隊長の希望まで把握なさっておられるなんて……!


 感涙に咽ぶ心を抑え、ゾフィーは静かに首を振る。


「でも、そのことじゃあ無いのです」

「む、む……その件ではないのか」


 怪訝そうに眉根を寄せるヴィルヘルミネは、もはや作戦のことなど気にしていない。ライナーの相手を誰にするか、それが大きな問題になっていた。世界で最も大切なことは、カップリングである。

 

 ――いくらイケメンと言えども、単品では映えぬ! あ、オルトレップの可愛さとセットで……フフ、ウフフフ。


 ちょっともう、ヴィルヘルミネの頭の中はカオスであった。

 

「はい。その……グロースクロイツは堅牢な陣を築き、我が方を待ち構えているとか。であれば一度目の夜襲で油断させるとはいえ、二度目の夜襲で確実に討ち取れるものでしょうか?」

「なるほど。その質問には私が答えよう」


 珍しく軍帽を取ったトリスタンが、微笑した。

 どうもゾフィーは、年長者に好かれる特性があるらしい。それはヘルムートやロッソウ、アデライードが自らの知識や技を、彼女に惜しげもなく伝授したことからも明らかであった。

 そうした意味でトリスタンも、自らの編み出した戦術理論や作戦をゾフィーに語ることを好ましく思ってる。


「ゾフィー、こういう時の為に、私は敵中に一つの仕込みをした」

「仕込み、と申しますと?」

「敵の中に味方がいる。つまり一度目の襲撃は敵を油断させると同時に、敵中の味方と連絡を取る手段でもあるのだ。そして二度目の襲撃に際し、彼等が呼応して敵陣の内より火を付ける。となれば要塞ではあるまいし、いかに堅牢な陣営とて落とせるだろう?」

「まさか――……凄い。ヴィルヘルミネ様は、このことをご存じだったのですか!?」


 トリスタンの説明を聞き、ヴィルヘルミネがニヤリと笑う。いかにも知っていた風だが、実際は「余、勝てる!」と思っていただけであった。


「さよう。今や彼我の兵力は拮抗しつつあり、かつ我等は挟撃体制にある。加えて内通者がおるのじゃ、グロースクロイツの命運も尽きたというもの。

 むろんトリスタンであれば、この程度の下準備はしていよう。余は、信じておっただけのことじゃ」


 偉そうにトリスタンを褒めるヴィルヘルミネは、特に何もしていない。あくまでも現状を、それっぽく言っているだけだ。けれど諸将は大きく頷き、必勝の想いを新たにした。

 そうして出発を午前四時と定め、赤毛の令嬢は眠りにつくのだった。

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