48 東部国境防衛戦 12
※修正しました。
バルヒェット少佐 ×
バルヒェット中佐 〇
司令部の天幕から幕僚達が出ていく姿を見届けて、バルヒェットは微笑んだ。といって柔和さや親愛の情を感じさせるものではなく、どこまでも儀礼的な氷の微笑である。
病的なまでに白い肌と闇夜に輝く緑柱石のような瞳を持った彼女は、おおよそ人間味というモノが欠けていた。
でもヴィルヘルミネなら気にせず、「むぅん! 九十三点!」なんて採点するだろう。なのでフェルディナントへ行っても、バルヒェットはすぐに居場所を確保することが出来たはず。
しかも「扱い易さ」という意味で赤毛の令嬢とジークムントを比較した場合、雲泥の差だ。本格的に政略、戦略に対し高い適性を持つプロイシェの第六王子がスーパーコンピューターだとしたら、なんちゃって高速計算しか出来ないヴィルヘルミネなど、百均の計算機も同然である。そうした意味においてバルヒェットは、選択を間違えたのかも知れない。
とはいえ、ジークムントは間違いなく一代の英雄であった。彼の信任を得ることが出来れば、彼女の未来は大きく開けるだろう。そうした確信を、バルヒェットは持っていた。
「では、単刀直入に申し上げましょう。グロースクロイツ大公の配下に、裏切り者がいます」
「へぇ、それは興味深いね。でも君は、その証拠を持っているのかい?」
バルヒェットの報告に、ジークムントは口の端を僅かに上げる。面白い女だと思った。
内通者に関しては、予測していた。そもそも補給部隊の通行ルートに伏兵を置かれた時点で、察すべき事柄だ。
しかし「誰が」「どのように」敵と内通していたのか――その点は不明だった。それに単純な予測だけでもヴィルヘルミネならば、伏兵を置く可能性はある。
それらのことを考えジークムントは内通者――バルヒェットが言う所の「裏切り者」に関して、今まで口を噤んでいたのだ。他に気付いた者は、いなかった。
「証拠があれば、人払いなど願いません。だからこそ殿下に内密で、ご報告申し上げたのですよ。ですが状況を考えれば、明らかだと思われませんか?」
「うん、うん、そうだね、残念ながら君と同意見だよ。だが、証拠が無ければ動きようが無いのも確かだろう。にも拘らず、この私に一体、どうしろというのかな?」
「裏切り者は、間もなく正体を現します」
「さてそれは、どういう意味だい?」
「フェルディナント軍の夜襲に際し、裏切り者が内応する――という意味です」
「バルヒェット中佐は、奇妙なことを言うねぇ。フェルディナント軍の夜襲は防いだと、つい先程、その件を伝える使者が私のところへ来たというのに」
「アハハ……殿下は本気でフェルディナントの夜襲は、これで終わったとお考えですか?」
「さて、ね。叔父上の名誉にも関わることだから、ちょっと明言することは出来ないかな」
「この期に及んで、内心を隠されますか。よろしい、でしたら私の報告は以上です。あとは煮るなり焼くなり、殿下の好きになされませ」
言い終えると薄い唇に赤い舌を一度だけ這わせ、バルヒェットはジークムントを静かに見つめている。艶めかしい美しさだが、底知れない冷たさを持つ仕草でもあった。
「好きにしろと。それが君の、私に対する赤心かい?」
「忠誠――……とは仰らないのですね」
「君にそんなものを期待するほど、馬鹿ではないよ」
ジークムントは内心を正直に言うべきか、戸惑っている。
バルヒェットはフェルディナントの作戦を見抜いていた。だとすれば参謀役として、咽喉から手が出るほど欲しい人材だ。けれど信頼できる人物かどうか、それは分からない。
――いや、参謀など……信頼できないくらいの者の方が、かえって良いのかも知れないな。
ジークムントは身体をくにゃりと一度だけ揺らし、立ち上がった。腰の剣に手を添え、バルヒェットの横へ行き、耳元に囁きかける。
「君は今のプロイシェ王国を、どう思う?」
「嫌いです。中途半端な封建社会は下らない差別意識を生み、権威と化した軍部で威張り散らす地主貴族どもも、それを保護する国王も。
だというのに民衆は、軍国などと過去の栄光に縋り困窮を耐え忍ぶ。馬鹿とゴミしかいない、下らない国だ。誰かが変えなければ――……」
ヒュン。
空を斬る音が鳴り、刃がバルヒェットの喉元に突き付けられる。ジークムントによる神速の抜剣であった。
「随分と危険な思想だ。君はランスの革命派とでも通じているのかい?」
「見事な輪廻の技ですね。まさか体得なさっていたとは」
「下らん世辞を聞きたいワケではない。答えないのなら革命分子として、本当に首を斬り落とすぞ」
「やれやれ……私の思想が危険なことは、認めます。ですがランスの革命派と付き合いなんて、全くありませんよ」
「ではどうして、それ程までに祖国を嫌う?」
バルヒェットは静かに息を吐き、吸った。目を閉じて瞼の裏側に映る過去を、他人事のように見つめている。
「私の母は卑しい生まれの、伯爵家の使用人でした。父はもちろん当主です。父は取り立てて好色であったわけではなく、ただ子宝に恵まれませんでした。だから、母に手を付けたのでしょう。もちろん望んでいたのは、男児でした。でも――……私が生まれたのです。
父は失望と同時に希望を抱きました。生まれたのは娘であったけれど、彼女なら、子供を産めるからです。次は男児だと意気込んでいました。
ですが母は、伯爵夫人に殺されてしまいます。彼女はきっと、父の愛を奪われたと思ったのでしょう。許せなかったのだと思います。そうして私は伯爵家に一人しかいない子供として育ち、実母を殺した女を継母として生き続けました」
「それで?」
「やがて父と母は事故で死に――……私は女伯爵となったのです。それだけです」
「君が甚だ個人的な理由で、この国の体制を憎んでいることは理解した。ただ――……」
「ただ、なんでしょう?」
「ご両親の事故とは、一体どのようなものだったのかな?」
「さあ? 昔のことなので、忘れてしまいました」
「ふっ」と小さく笑い、バルヒェットは目を大きく見開いた。前髪に隠れた眉も大きく開いたのかも知れないが、それが見えないから表情はさほど変わったようには見えない。
「よろしい、君を買おう。当面はそうだな――私の恋人だとでも言っておこうか。非公式でも王族と恋仲の女性なら、皆が忖度して罪に問おうとはしないはずさ。むろん軍事裁判に掛けられることも無い。
もっとも、これは君が憎む社会体制の歪みを利用することになるから、それで構わなければ、だが」
「構いません、ありがとう存じます。お望みならば、実際に夜のお相手も致しますよ」
「冗談を言わないでくれ。私はこう見えて、事故死が怖いのさ。フフッフー」
■■■■
「バルヒェット中佐。フェルディナント軍が二度目の夜襲を行うのは、だいたい何時ごろだと思うかね?」
「は、恐らくは払暁であろうかと」
「フェルディナントの奇襲に合わせて内応者が内側から攪乱するのなら、まだ暗いうちの方がいいからね。私もそう考えている」
「御意。一度目の夜襲を退け安心して眠っている所へ、内、外より攻撃を仕掛けられては、いかにグロースクロイツ大公が猛将と云えども、到底防ぎきれますまい」
「ああ、そうだね。気は進まないが、流石にこれは、助けに行くしかないなぁ」
「必要ありません。ここで大公閣下が討たれれば、それは殿下にとって千載一遇の好機となりましょう」
バルヒェットが首を左右に振っている。
ジークムントは剣を鞘に納め、再び席に座っていた。
「叔父上を見捨てることが好機に繋がるとは、どういう意味だい?」
「大公閣下はプロイシェ軍にとって、重石のようなもの。彼がいなくなれば、殿下がプロイシェ全軍を掌握する好機が到来するでしょう」
「ああ、そういう意味か。それならバルヒェット、君は少し誤解をしている。叔父上こそ、私にとって最大の後ろ盾になってくれる人だ。彼無くして私が軍部に確固たる地位を築くことなど、当面は難しいだろう」
「あの方が? まさか」
「……救わねば、ならないんだ」
「分かりました。そこまで申されるのなら、お止め致しません。ですが払暁とはいえ、闇夜です。そこへ救出へ向かっても、同士討ちの危険性もありますが……」
「その点については、私に考えがある。心配しないでくれ」
「御意」
自信に満ちたジークムントに敬礼を向けて、バルヒェットは踵を返す。外へ出た幕僚達を呼び戻す為だ。
「どこへ行く?」
「幕僚の皆様を呼んで参ります」
「へぇ……どうしてまた」
「大公閣下をお救いするのなら、その前に作戦会議が必要でしょう? ここから先の話は私よりも、実際に戦闘を指揮する彼等こそ必要かと思いまして」
「フフッフー、気が利くね、バルヒェット」
「それは、どうも。ただ――私を皆様に恋人だと紹介なさるのなら、今後はブリュンヒルデとお呼び下さった方が、宜しいかと存じますよ」
「そうだね、そうしようか。ブリュンヒルデ。では君は私のことを、ジークとでも呼んでくれ」
「はい、ジーク――……ムントさま。それでは」
ニコリともせず第六王子に背を向けて、バルヒェットは幕舎の外へ出る。
二人の奇妙な関係は、こうして始まった。
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