46 東部国境防衛戦 10
オルトレップ師団とプロイシェ軍第二師団の戦いの火蓋は、右翼に展開したアンハイサーによる砲撃によって切られた。
アンハイサーが軍で頭角を現した才能とは、絵を描くことにも通じる見事な空間認識能力だ。彼女は直感で敵との距離を測り、砲の角度を調整する。
ヴィルヘルミネの超高速なんちゃって計算と比べて正確さこそ劣るが、反対に初撃までの速度では勝っていた。
だから今もアンハイサーは敵陣を横目に大砲の配置を決めるや、すぐに仰角を指示して砲撃を開始している。それは敵に有無を言わせぬ速さであったから、一方的な先制攻撃になっていた。
「ありゃ、ちょっとだけ届かなかったっス。やっぱりヴィルヘルミネ様のようには、いかないッスね」
「どうします、大佐?」
「うん……仰角を二度上げて、もう一度狙うっス。今度は大丈夫っスよ」
アンハイサーは部下に命令を下すときも、奇妙な敬語を崩さない。しかも攻撃命令の際は刀剣ではなく、絵の具の付いた絵筆を振るう。ときどき筆に付いた絵の具が跳ねて自分の顔を汚すのだが、そんなことを気にする彼女ではない。
それに部下達も上官の奇行にすっかり慣れているのか、「また汚れてらぁ」くらいの目で見るだけであった。
「仰角修正、上方へ二度ッ!」
再びフェルディナント軍の大砲が火を噴き、プロイシェ軍の陣営に大きな爆発が巻き起こる。
「フッフッフ、当たりっスねぇ。大砲を一か所に纏めると、こうして狙い撃ちをされちゃうんスよ~~~。陣営構築の素人は、これだからやり易いっス」
■■■■
砲撃によって生じた敵の混乱を、さらに掻き回すべく左翼からライナーの騎兵連隊が突出した。とはいえプロイシェ軍は馬防柵などを巡らせた内側から、粘り強く銃を撃ち反撃をしている。なかなか突き崩せない。
「流石に一撃で粉砕――という訳にはいかないねぇ」
敵の射程距離ギリギリまで近づき、馬上銃を撃つ。反転離脱攻撃を三度繰り返し、ライナーは頭を掻いていた。
彼は勇敢だが無謀ではなく、音楽の為に自らの命を尊重している。そのついでに、いつか聴衆になるであろう部下達の命も、なるべくなら失いたくなかった。
そんな訳で攻め手に欠いたライナーはアンハイサーの前進に比べ、一歩遅れている。
何せライナーがまごついている間にアンハイサーの砲兵隊は更に前進し、敵の中央部へ砲弾を撃ち込める位置にまで到達していたからだ。
さらにまずいことに、オルトレップが率いる中央部隊も粛然と前進を続け、敵の正面に迫っていた。そうすると、師団長としてはライナーの働きが甚だ不満である。ギョロリとした丸い目を左方へ向け、オルトレップは文句を言っていた。
「後方の敵とて、案山子ではない。となれば早期に決着を付けねばならん道理だ。ライナーめ、さっさと敵を突き崩さんかッ!」
オルトレップは損害を恐れて反転離脱攻撃を繰り返すライナーに対し、赤い狼煙を上げて見せた。「突破せよ」という意味である。
「げっ……あのハゲ、無茶を言いやがって。そんなに簡単じゃないよ、まったく」
ライナーはボヤきつつ、以前エルウィンが見せた戦法をやってみようかと考えた。ボートガンプ侯爵が反旗を翻し、オルトレップがヴィルヘルミネと戦った時の戦法だ。
あの時はライナーも、ヴィルヘルミネの敵として騎兵の一隊を指揮し戦っている。その際、ピンクブロンドの髪色をした少年が砲兵陣地を制圧したのだが、彼はその方法がずっと気になっていた。
それで後年、ライナーはエルウィンに聞いたのだ。
「あの時は、凄かったですね。僅かの騎兵で堅牢な防御陣を破る獅子奮迅のご活躍。ですが、どうして大した犠牲も出さず、我が方の砲兵陣地を崩すことが出来たのでしょう? アンハイサーに聞いても、要領を得ないし。もし可能なら、ご教授頂きたいのですが」
「ああ、あれは……恥ずかしながら、僕の発案ではなくてですね。ヴィルヘルミネ様が考案なさった戦法を、僕が最初に試したというだけの話でして……」
「そうですか。それでしたら、貴官にお聞きするのも筋が違うのでしょうね。いや、失礼しました」
「いいえ。今や僕らは仲間ですから、お教えします。ヴィルヘルミネ様に、説明するなと止められているわけでもありませんしね。
つまり、これは訓練を積んだ竜騎兵部隊と少しの勇気があれば誰でも出来る、そんな戦法なのです。具体的には――……」
あの時エルウィンが率いた騎兵部隊は、銃を構えた状態から刀剣に持ち替え、歩兵の陣地へ突撃を敢行したのだという。
要は歩兵が着剣する前に押し入り、陣形をズタズタにしてしまえ。着剣していない歩兵との近接戦闘なら、相手がいくら多くても物の数ではない――という話なのであった。
もちろん今もフェルディナント軍の騎兵は、そうした動作を訓練に取り入れている。ヴィルヘルミネが考案し、なおかつ有効な戦法であれば当然だ。ならばライナーが同じことをやっても、何ら問題は無い。
「でもなぁ、馬防柵がなぁ……デッケン大佐の時は、正面が歩兵だけだったはずだよなぁ」
そんなことをライナーが考えていると、アンハイサーの砲兵連隊が敵右翼――即ちライナーの正面にいる敵へ、砲弾を撃ち込み始めた。馬防柵の一部が破壊され、吹き飛んで行く。
「なんだよ、ドライファ=アー。お前まで私に突撃しろと、尻を叩くのかい……はぁ、私の望みは宮廷楽師一択なのに……ピアノが恋しいよ。
あ、いいメロディーを思い付いたぞ、フフフ。バイオリン、ヴィオラ、チェロで勇壮に、バン、ババン――バーン……ここで問い返すように静かなフルートが入り……そしてクライマックスは――……戦いながら、考えよう!」
脳内に展開する交響曲と現状をリンクさせ、ライナーは刀剣を掲げて大声で叫ぶ。
「さあ――みな、突撃だッ! いつも訓練でやっている、アレをやろう! 銃から刀剣に持ち変えるタイミングだけは、くれぐれも間違うなよッ!」
■■■■
一度突撃をすると決めたライナーは、誰よりも勇敢であった。迷いや怯えは戦場において、最も死神に好かれることを彼は知っている。もちろん、彼の部下達もだ。
結果としてライナーの突撃は敵の右翼を粉砕し、敵中央部隊との連携を断った。
これを好機とみたオルトレップは部隊に襲歩を命じ、総攻撃を開始。自らも二刀を振るい、瞬く間に敵を追い込んでいる。
「アンハイサーに伝令。後方から我々に追い縋る奴等へ、歓迎の祝砲をくれてやれ。どうせ準備は万端だろうがな」
二刀を振るい血の池を作り、敵中央部隊の組織的抵抗を排除したオルトレップが命じた。凄みがある。やはり戦場において、この男は類まれな猛将であった。
オルトレップからの伝令が来ると、アンハイサーは不貞腐れたような顔で文句を言う。
「人使い荒いっスねぇ。ま――……既に狙いは付けてあるっスけど」
ブツブツ言いながらもアンハイサーは絵筆を後方の敵部隊に向け、妙に甘ったるい声で命令を下した。
「じゃ、ぶどう弾を装填。敵の指揮官を直接狙うっス。こっちは急ぎッスからね、これで終幕にするっス」
こうしてアンハイサーは別動隊の司令部を集中砲火によって吹き飛ばし、その地獄絵図を自らの絵筆によって描き出したのであった。
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