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44 東部国境防衛戦 8


 グロースクロイツが不愉快すぎる報告を聞いたのは、十七時三十分のことである。


「本日一五〇〇時より、我が第三師団とフェルディナント軍は全面衝突せり。戦闘の結果、師団長、及び参謀長は戦死。また全軍の半数が降伏し、他は大半が戦死、或いは行方不明とのことにございます」


 報告を齎した伝令将校は司令部の幕僚が揃う幕舎に入ると、直立不動で報告を終えた。

 幕僚達と囲む長机を前に、上座に座るグロースクロイツはたっぷり十秒ほどの無言を貫き、机上においた両手を震わせている。むろん恐怖ではない。敵と――そして味方の不甲斐なさに対する怒りによってであった。


「なにゆえ第三師団は私の命令も無く、単独で敵と当たったのか。敵が総攻撃に出たというのなら、それは私の望むところ。我が方は当然、総力を結集してこれを叩くべきであったのだ。それを――……勝手な真似をしおって」


 グロースクロイツは五十歳を過ぎているが、老いとは無縁であった。髪は未だ黒々としており、青い瞳には何人にも侵しがたい気迫が宿っている。風貌はいかにもプロイシェ軍人らしく精悍で、右目の下にある刀傷が、彼に常人ならざる迫力を齎している。


 言ってしまえばグロースクロイツは、見た目だけでも怖いのだ。そのうえ百八十センチを超える堂々たる体躯で、剣術も体術も優れ、かつ身分も王国第二位の大公である。

 そんな彼が怒りに身を震わせている状態は、ハッキリ言って誰にとっても恐ろしい。だから司令部の面々は慌ててグロースクロイツに追従し、皆が大きく頷いている。


「まったく、大公閣下の仰る通りですな」

「第三師団の幕僚どもは、揃って何をしていたのやら」

「然り」


 ダンッ!


 けれどグロースクロイツは、そうした追従も好きではない。長机を拳で一撃、大きな音を鳴らすと全員をジロリ、ジロリと睨んでいく。


「……急ぎ第六、第七師団を呼び戻せ。ここで、ヴィルヘルミネを迎え撃つ」


 グロースクロイツは怒りを押し殺した声で、命令を下した。無論この時点で第六師団はフェルディナント軍と戦闘状態にあり、伝令が向かったところで呼び戻すことは出来ない。

 けれど戦場の全景を誰も見渡すことが出来ない以上、グロースクロイツとしては現時点で最善と思える命令を下すしかなかったのである。


「第五師団は、如何なさいますか?」

「そのまま後方で待機させておけッ! ジークムントの顔など、見たくも無いわッ!」


 押し殺していた怒りが、ついに爆発した。


 今回の件はグロースクロイツにとって、明らかな失態である。もともと補給部隊を襲われることさえなければ、慌てて攻勢に出る必要も無かったのだ。そうであればヴィルヘルミネが総攻撃に出る隙など与えることは無く、であれば必然的に第三師団の壊滅は免れたであろう。


 対してジークムントは敵の補給部隊襲撃を予見し、守備部隊を派遣すべきだと主張した。それが入れられないと見て彼は独自の索敵網を構築し、敵の襲撃を察知するや救援部隊を派遣している。この結果、被害を最小限に抑えられたから、プロイシェ軍は曲がりなりにも攻勢に転じることが出来たのだ。


 こうしたジークムントの働きは、言うなればグロースクロイツの尻拭いであった。となれば本来は感謝してしかるべきだが、誇り高い大公としては、どうにも認めたく無い。


 一方でグロースクロイツは、ジークムントの軍事的才能にも気付いていた。というより、このところの働きを見れば嫌でも分かるのだ。それがまた、悔しかった。


 ――私は、甥に嫉妬しているのか? 馬鹿なッ!


 実のところグロースクロイツの怒りは、半ば己に向けられたものだ。けれどそれを認めることも出来ないから、甥を遠ざけておきたいのである。

 決してジークムントを嫌っているという訳でもないのだが、こうしたグロースクロイツの行動から部下達は忖度し、二人の関係は険悪である――と考えるようになるのだった。

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