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43 東部国境防衛戦 7


 ヴィルヘルミネの信任(?)を得たロッソウは、一先ず一万の歩兵部隊を三つに分けて前進させた。辺りは木々が生い茂った山林なので、大部隊を一斉に展開させることが出来なかったのである。


 もっとも、大部隊を展開出来ないという条件は敵も同じ。彼等も木々の間を縫い、前進を続けている。

 どうやらプロイシェ軍の第六師団は、未だ第三師団が壊滅したことを知らないらしい。彼等は第三師団が展開しているであろう石橋付近へ、北から回り込む形で救援の為に向かっていたようだ。


「どうして、こんなところにフェルディナント軍がいるんだ!?」

「第三師団が壊滅したってことだろう!?」

「慌てるな、そう簡単に一個師団が壊滅するものかッ! 近くに現れた部隊は、第七師団の一部だろうさ!」

「待て待て。どうして南側にいた第七師団が、俺たちの側にいるってんだ。敵を南北から挟み撃ちにして第三師団を救うのが、筋ってもんだろう?」

「そんな打ち合わせは、出来ていないッ! 第七師団としては、まず俺たちと合流したかったんだろうよッ!」

「そうかなぁ……」


 偵察に出た部隊の仕入れた情報だと、敵は混乱しているという。

 確かに常識的に考えれば一時間足らずで一個師団が壊滅するなど、信じがたいことであった。


 そうした常識や希望的観測がプロイシェ軍の思考を硬直させ、視界を曇らせたのだろう。結果として敵第六師団はフェルディナント軍の至近にありながらも、戦闘隊形を組まないまま前進を続けていた。


 ロッソウはこの報告を聞くや、会心の笑みを浮かべている。


「これは幸先の良いことで。さ……これよりワシは二千を率い、敵の背後に回ります」

「え……ロッソウは、ここで全軍の指揮を執るのではなかったのか?」

「敵が油断しているとあらば、一挙にケリを付ける絶好の機会。ミーネ様はここでゆるりと、ワシの勝ちっぷりを御覧じよ。小一時間もあれば決着は付きますでな。ご安心なされませ」

「そんなに簡単かのう?」

「簡単にござる。なぁにワシときたら、きっと敵の師団長と参謀長の首を纏めてぶら下げ、戻ってまいりますとも。ご期待あれッ!」

「ま、待つのじゃ、ロッソウ! 夜間に山中を火も無く馬で行軍するつもりか? 己の歳を考えよッ!」


 ヴィルヘルミネが右手を伸ばすも、ロッソウはすぐに部隊を纏めて駆け去った。

 夜間の山中を馬で行軍するなど、正気の沙汰ではない。だがロッソウはカラカラと笑い、「まだまだ若い者には負けませぬ」と言い残し、闇の中へと消えたのである。


「ロッソウのやつ、夜目でも利くのかのう?」

「夜目が利くのかどうかは存じませんが、とくに心配は無いでしょう。ロッソウ殿の言う通り、我々はここでゆるりと、勝利の報を待とうではありませんか」


 首を傾げるヴィルヘルミネに答えたのは、訳知り顔のトリスタンであった。目深に被った軍帽の奥で、二色の瞳が怪しく輝いている。

 ロッソウは、元々がフェルディナントの交通を司る大臣だ。軍歴も長く、この山々とて彼にとっては庭のようなもの。迂回して敵の背後に出るなど、簡単である。

 そうした事情をトリスタンは知っていたから、ヴィルヘルミネに勝利を保障したのであった。


「で、あるか。ところで、のう、トリスタン。あんまり帽子を被り続けていたら、ベーアのようにツルツルになっちゃうのじゃぞ。たまには風通しを良くせねばの」


 トリスタンの言葉で安心した赤毛の令嬢は、どうでもいいことを言った。トリスタンの表情が、僅かに曇る。もしかしたら、彼も少しだけ気にしていたのかも知れない。


「ヴィルヘルミネ様は私が髪を失ったら、お嫌ですか?」

「うぅむ……余はベーアを可愛いと思うておるが、しかしトリスタンはふさふさとして長い茶色の髪が似合っておるから、なるべくなら今のままが良いのう」

「御意。留意致します」


 この会話のあと、参謀総長が軍帽を小脇に抱える仕草を見る者が激増している。そのせいか、この年以降トリスタンを目当てに入隊する女性兵士や士官が増えたから、ヴィルヘルミネとしてはちょっと複雑な気分になるのだった。


 ――やっぱりトリスタン、禿げちゃえば良いのじゃ。


 なーんて心の中で思い続けたとか、続けなかったとか。


 ■■■■


 ロッソウは手筈通り三つに分けた部隊を敵の正面にぶつけ、戦端を開いた。それらの部隊を指揮した三名は、ロッソウが鍛えに鍛えた勇猛な部下達である。

 彼等が数に勝る味方を率い、油断した敵に襲い掛かった。それだけでも十分過ぎるほど、フェルディナント軍は有利な状況であった。


 さらにロッソウの用兵は巧緻を極めたもので、徐々に味方の兵力を左翼へ集中させ、敵の右翼を目の粗いヤスリで削るかのように攻撃を加えている。

 当然、敵はこれに対処しようと司令部の後方に置いた予備兵力を投入した。そこへ背後に回り込んだロッソウが、騎兵突撃を敢行したのである。ロッソウ得意の戦術であった。


「ウオオオオオオオオォォォォォォォ!」

 

 突撃する騎兵の先頭には、古式ゆかしい銀の胸甲を身に纏ったロッソウがいる。彼は長大なハルバードを一振りするごとに三人からの敵兵を吹き飛ばして雄叫びを上げ、流血の饗宴を盛り上げていた。


 彼の部下達も戦場に立つ「鬼人」の気迫に当てられ、我先にと敵の本隊へと斬り込んでいく。生半可な方陣など、彼等の前では紙にも等しい有様であった。


「ひ、退けッ! 兵を退かせろッ! これ以上、兵を損なう訳にはいかんッ! 脱出させるぞッ!」


 突如現れた後方からの新手に、目を血走らせてプロイシェ軍第六師団長が叫んでいる。


「無理ですッ! 退くにしても後方の敵を退けなければッ! しかし、この部隊を率いているのは鬼人ロッソウですッ! 脱出できるわけがない……!」


 答える参謀長は、悲痛な面持ちであった。前方の戦線は不利。その上で後方からも奇襲を受けたのでは、態勢を立て直すなど不可能だ。玉砕と降伏の不幸な二択が参謀長の頭にチラつき、幸福な未来絵図が音を立てて崩れていく。


「分かっておる。だから私が、後方から来た奇襲部隊と戦う! そうして血路を開き、一人でも多くの兵を後退させるのだ……!」


 師団長の決意は、自らの命を捨てることを前提としていた。それでもなお、正面で戦う味方を後退させるのだから、相当な犠牲が出ることだろう。

 だが幸い、辺りは暗い。闇に紛れることさえ出来れば、それなりの数の味方が脱出できるのではないかと考えたのである。


「分かりました。お供いたします」

「いや、しかし参謀長――……君は去年結婚したばかりで……」

「私もプロイシェの軍人です。部下を逃がす為であれば、どうして自らの命を惜しめましょうか」

「……すまない、私の指揮が拙いばかりに」

「いえ、自分の補佐こそ至りませんでした。お許しを、閣下」


 参謀長も覚悟を決めて、奥歯を噛んだ。軍人である以上、死は覚悟の上である。ならば最後に名誉の死をと、それだけを望むようになっていた。


 ■■■■


「鬼人ロッソウ殿とお見受けする。小官はプロイシェ軍第六師団――……」

「閣下! 相手を鬼人と知って挑むなど、無謀に過ぎますッ! ここは私がッ!」

 

 敵の本隊をあらかた片付けると、ロッソウの前に二人の士官が現れた。彼等は共に騎乗し、刀剣サーベルを構えている。階級章を見れば少将と大佐だから、白髪の老将は静かに微笑んで見せた。


「フゥー――……味方を逃がす為に、あえてワシに挑むか。よろしい、纏めて掛かってこい。相手になってやろうぞッ!」


 返り血に塗れたハルバードを水平に一閃、ロッソウが構える。彼自身も既に返り血に塗れ、全身を赤く濡らしていた。


「最後に鬼人ロッソウと戦えるなど、武人の本懐だな、参謀長ッ!」

「はっ! ――だがロッソウ! 纏めてだなどと、あまり我等プロイシェ軍第六師団を舐めるなよッ!」


 ■■■■


 プロイシェ軍第六師団は、十八時ちょうどに師団長と参謀長を失った。二人共ロッソウのハルバードに貫かれ、戦死したのである。

 

 この時、フェルディナント軍の戦死者百五十名に対し、プロイシェ軍は実に三千名を失った。また、戦場から離脱した兵士の中でグロースクロイツ大公の下へ戻った者は、二千に満たなかったという。となれば、実質的な損害は八千名以上である。

 まさに「鬼人」の名を知らしめる一戦となり、ロッソウはこの戦いにより再び大陸に、揺るがぬ武名を轟かせるのだった。


 なお、戦い終わってロッソウは敵師団長と参謀長の首を悠然と馬に括りつけて戻り、ゾフィーとジーメンスに対して、これでもか! というドヤ顔を見せていた。本人的には巨大な武名を得るよりも、孫みたいな二人に自慢さえ出来れば、それだけで十分だったのだ。


 けれど全身血塗れな上に生首を二個も持ち帰ったことから、ヴィルヘルミネに怯えたような目で見られてしまい、おじいちゃん的には大失敗。


「おろろろーん! ヴィルヘルミネ様、じいはやりましたぞ! やったのですぞー!」

「で、あるか……ようやったの。さて、次じゃ、次」


 馬を寄せたらスススッ――と同じだけ距離をとるヴィルヘルミネに、ロッソウは涙目になるのだった。

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