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41 東部国境防衛戦 5


 ゾフィーは矢のように敵陣へ向かい、騎乗した敵の士官達に目をやった。


「防げッ! 敵は少数だッ! 少将閣下をお守りしろッ!」


 師団長を護衛する中隊の指揮官が叫び、一人の男を中心に陣形が作られる。それで、金髪の少女は確信した。


 ――あいつだ。


 護衛の兵士達が銃に弾を装填し、騎兵の先頭を走る金髪の少女に狙いを付ける。ゾフィーが刀剣サーベルを水平に払うと、彼女の部隊は一斉に散った。先の動作は散開の合図だったのだ。

 敵が銃を撃った瞬間、手綱を引いてゾフィーは馬を宙高くジャンプさせた。まるで空を裂く鉛玉を足場にしたかのような跳躍に、敵は顔を引き攣らせている。


 幾人かの味方が敵弾に倒れたが、それでもゾフィーの部隊は戦闘力を維持している。彼女は敵が銃剣バヨネットを装着するよりも早く、敵陣へと斬り込んでいた。

 金髪の少女は「蹴散らせッ!」と叫び味方を叱咤し、自らは変わらず馬を駆けさせている。


「騎兵中隊、対処せよッ!」


 第三師団長は額に汗を浮かべ、眉間に皺を寄せていた。味方ごとヴィルヘルミネを吹き飛ばすつもりが、一発の銃弾も砲弾も彼女に掠ること無く、今となっては自身が追い詰められている。

 このままでは出世どころか一万の軍勢を率いながら、千数百の敵に負けた愚将だ。そんな汚名を歴史に残すなど、何としても避けたかった。


 第三師団長の命令に応じて現れた騎兵中隊を、ジーメンス率いる鋼鉄の薔薇(シュティール・ローゼ)が阻む。征く道の確保された金髪の少女は、馬上から学友に礼を述べた。


「助かる、ジーメンスッ!」

「なんの! ボクに惚れてくれても構いませんよッ!」

「アハッ! オマエ、後でコロスッ!」


 ニッコリ笑って敵を斬り伏せる金髪の美少女に、若干顔が引き攣るジーメンス。やっぱりゾフィーに冗談を言うのは止めておこう、なんて思うのであった。


 そうこうしているうちにゾフィーはジーメンスと離れ、敵司令官と遭遇した。頑健な体躯の壮年少将に対し、ゾフィーは華奢に見えるほど繊細だ。

 雪に融け込みそうなほどきめ細かい金色の髪を風に揺らし、青水晶ブルーサファイヤを思わせる瞳でじっと敵を見据え、ゾフィーは静かにこう言った。


「わたしはゾフィー=ドロテア=フォン=フェルディナント。敵将に告ぐ、降伏せよ。今ならば寛大な処置も望めよう」

「舐めるな、小娘ッ!」


 ゾフィーと対峙した時、叫ぶ第三師団長は大音声であった。ビリビリと雪交じりの大気を震わせて、周囲の兵の士気を上げている。どうやら最低限、司令官としての資質は持っているらしい。

 だが金髪の少女は「フン」とつまらなそうに鼻を鳴らし、右手に刀剣サーベル、左手にマンゴーシュを構えて冷然と言った。


「礼を知らぬ男だ――……だが結構、二度は言わぬし、わたしも貴様のような男に降伏を促すなど、本意では無い。さっさと死ね」

「やってみろッ!」


 敵将も刀剣サーベルを抜き、馬腹を蹴った。

 ゾフィーも馬腹を蹴ると、二対の人馬が高速で交差する。

 勝敗は一瞬で決まった。

 ゾフィーはマンゴーシュで敵の刀剣サーベルで弾き上げ、同時に右手の刀剣サーベルで相手の胸を貫いたのだ。

 

 第三師団長は馬が止まると刀剣サーベルを落とし、左手で自分の胸を押さえた。手にベトリと付いた血を、恨めしそうに見つめている。暫くして茫然とゾフィーを睨み、がっくりと項垂れた。


「……まだ生きていたか、しぶといな」

「ふ、ふふ。やるな。我が名は――……」

「名乗るなッ! 味方ごとヴィルヘルミネ様を撃とうなどと言う輩の名など、興味は無いッ!」


 ゾフィーは短銃に弾を込め、敵の頭を吹き飛ばした。首を持ち帰ることさえ、つまらなく思えたからである。


 暫くして敵の抵抗が収まってくると、そこにジーメンスが現れた。


「やあ、ゾフィー様も敵指揮官を討ち取られたようで、何よりです。って……うわぁ、頭、ぐちゃぐちゃ……」

「別によかろう。次席幕僚が降伏を申し出てきたのだし、こういう輩に名誉など不要だ。というか――……参謀長を討ち取ったと聞いたが?」

「ん? ああ、そうですとも。コイツが参謀長ですよ。ほらボクはエリートだから一撃でスパーンと! 綺麗なモンでしょう?」


 頭髪をワシッと掴み、いかにも無念といった表情の中年の生首を掲げて見せるジーメンスに、ゾフィーは何とも言えない気持ちになっていた。


「なあ、おい、ジーメンス。その……人の首を持ってニコニコしないでくれないか?」

「え、どうしてです。立派な軍功でしょう?」

「そうだけど、なんていうか――……」


 自身も敵の首を刎ねて意気揚々とヴィルヘルミネの下へ持ち帰ったことがあるゾフィーのこと、まさか「怖い」とは言えない。

 けれどニコニコしながら生首を持つ人間が「ヤバイ」ことを理解したから、何とも言えずに口元をムニムニと波打たせている。


 ――ああ、ヴィルヘルミネ様もわたしが首を持ち帰ると、こんな気持ちになったのかなぁ……。

 

 人のふり見て我がふり直せ、という言葉はフェルディナントに無いのだが、何となく反省するゾフィーなのであった。


 ■■■■


 ゾフィーとジーメンスは連れ立って戻ると、ヴィルヘルミネは休む間もなく敵第六師団を攻撃目標に定めて移動するのだと鼻息も荒く言っていた。


「残敵の掃討は、せずとも宜しいのでしょうか?」

「構わん。降伏する者は武装解除をさせ、砦の中へ放り込めば良い。もとより食料が尽きることは明白なれば、敵もあえて抵抗する者は少ないのだ。

 だからこそヴィルヘルミネ様は今こそ勝機とお考えになり、総攻撃を命じられたのであろう。億の単位で及ばぬ自分が何とも、もどかしい限りだな」


 ゾフィーの質問に答えたのはトリスタンで、彼はこの戦いでまたもヴィルヘルミネの天才性に驚き、自らはあくまでも補佐に過ぎないのだと小さくなっている。

 実際のところ彼の指揮能力なしでは、ヴィルヘルミネなど一日とて戦えないのだが。まったく殊勝なトリスタンなのであった。

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