38 東部国境防衛戦 2
ヴィルヘルミネは無我夢中で愛馬を走らせた。
蹄が大地を蹴って土を穿ち、雪交じりの土砂を跳ね上げる。耳を劈く叫喚の元を辿れば、ゾフィーが敵兵の胸を刀剣で貫いていた。噴水のように血が噴き出した、赤い霧がヴィルヘルミネの視界を満たす。
――ヒィィィィィ! 血じゃああああああああ!
視界を染め上げた真っ赤な鮮血に、ヴィルヘルミネは瞠目して狼狽した。自分もブンブンと刀剣を振るが、敵に全く掠らない。
それもそのはずで、彼女の周りはゾフィー、エルウィン、トリスタン、ジーメンスといった一流、あるいは一流半の戦士達が固めているのだ。三流戦士たる令嬢の前に、立ちはだかることの出来る敵などいなかった。
特に戦士としては、ゾフィーの成長が著しい。
彼女は巧みに刀剣とマンゴーシュを操り、敵の急所のみを的確に狙っていく。一振り一殺という効率の良さは、トリスタンやエルウィンすら目を見張る程なのであった。
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「信じられん。私の半包囲陣形が、こうも容易く突き崩されようとは。これが軍事の天才、ヴィルヘルミネ=フォン=フェルディナントの用兵か……」
雪がちらつく中、寒風によらず背筋を凍えさせる男がいた。プロイシェ軍、第三師団長である。
彼は包囲陣形の後方に後詰として置いた本隊二千の中ほどで、自らの敷いた陣形がヴィルヘルミネによりズタズタにされる様を眺め、ただただ唖然としていた。
「どうも敵の馬上銃の射程が、我が方の銃よりも長かったようです。再び押し包もうにも、横に陣形を広げ過ぎたことが災いしまして……このままでは突破を許してしまうかと。この上は撤退――いえ、転進なさって味方と合流なさるが、得策と存じますが」
第三師団の参謀長は冬の寒気にも関わらず、額に汗を浮かべている。言うまでも無く、これは冷や汗であった。
「すると参謀長、貴官は今更あの女――バルヒェット中佐の意見に賛成する、という訳か?」
「いえ、そのような。ただ現状は以前と変わり、転進も止む無しと判断したまでであります」
「ふん……まあいい」
「では、転進なさいますか?」
「それこそ、まさかだ。ただ兵を損ねて得るモノも無く敗北などしてみろ、更迭されたギュンダーの二の舞だッ!」
「となると、勝つ他に道はありませんな……」
「ああ、そうだ。私も貴官も、勝つしか無いのだッ!」
師団長が吐き捨てるように言う。
「それでしたら、いっそ味方ごと小娘を――大砲で吹き飛ばせば如何でしょう? ヤツめを討ち取れるのならば、多少の犠牲は止むを得ません」
「馬鹿なことを言うな、参謀長。味方を殺すような戦い方をしたと知られれば、大公閣下のお叱りを受ける。それでは勝っても、明るい未来などやってこんぞ」
「では、別の手を――……」
「いや――我が部隊の前に、間もなくヴィルヘルミネが現れる。これを、我等が持てる最大火力をもって、撃砕せよ」
第三師団長は、馬上で奥歯を噛み締めていた。
このままでは、為す術もなく負ける。それも一個師団を率いながら、一個連隊に蹂躙されるのだ。
その後の未来は、目に見えていた。当然、更迭される。良くて免職、悪ければ死罪という可能性もあった。
――負ける訳にはいかない、たとえ味方を撃ったとしても。
敗北のへ恐怖が第三師団長に軍人としての、いや、人としての箍を外させた。
「は?」
「分からぬか、参謀長。貴官の意見は良い。だが、余りに非人道的だ。ゆえにこれは、誤射だよ。私達は、そこに味方がいることを認識していなかった、ということだ」
氷のように冷たい視線が、参謀長に注がれる。二人は暫し見つめ合い、同時に首を縦に振った。
「ハッ――では、全部隊に通達。前方の敵を狙い、撃てッ!」
こうして第三師団長は自らの率いる本隊の火力を使い、遠距離からヴィルヘルミネがいるであろう地点に砲弾を撃ち込んだ。それと同時に部隊を前進させて、銃撃も加えていく。
当然ながらヴィルヘルミネの近衛連隊は敵部隊と近接戦闘の最中であり、応射など出来るわけが無い。敵味方とも巻き込む砲弾に容赦などなく、いよいよプロイシェ軍の凶弾が赤毛の令嬢へ迫るのだった。
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