34 ヴィルヘルミネと神聖隊
「フフ、フハハ……」
行軍中、激しい怒りに身悶えしつつも、ヴィルヘルミネの口元がニヤけてしまうのには一つの理由があった。彼女は今、鋼鉄の薔薇を部隊として再建するにあたり、様々な思いを巡らせているのだ。
「知っておるか、ゾフィーよ。遥かな昔、東にあった都市国家に神聖隊という精鋭部隊があったそうじゃ。それは当時、最強の誉れも高い部隊でのう――……」
「そうなのですか? いつ頃のことなのでしょう?」
「そうさの――二千年ほども昔のことであろうか。フフ、フハハ」
馬上でニマニマとするヴィルヘルミネを見て、怒りは冷めたのだろうか、とゾフィーが首を傾げている。
「ああ、思い出しました、テーバイで誕生した部隊ですね。イスカンダル大王が組織したのが最後であったと記憶していますが、それが何か?」
「うむ、その通りじゃ。しかしの、ゾフィー。なにゆえ、この部隊が最強足り得たのか、卿は知っておるか?」
「いえ、それは寡聞にして知りませんでした。一体何ゆえなのか、教えて頂ければと存じます」
「うむ、うむ。実のところこの部隊はの、なんと全員が男同士のカップルで構成されていたのじゃ。つまり恋人に惨めな姿を見せぬよう、或いは最愛の人の為に武器を持ち、戦うワケじゃよ。ほぉら、強いに決まっておろう?」
「はぁ、つまり――……誰よりも高い士気を保つということですね。しかしそれが、どうかしたのですか?」
不思議そうに目を瞬くゾフィーに肩を竦めて見せながら、ヴィルヘルミネは諭すように言った。
「わからぬか、ゾフィー。余はの、鋼鉄の薔薇を新たに、このような部隊に生まれ変わらせようと思うておる――……フハ、フハハ、ファーハハハハ!」
「ヴィルヘルミネ様ァァアアア!」
二人の会話を聞くとはなしに聞いていたジーメンスが、辛抱たまらず叫び出す。自分が何より大事にする部隊へ、ボーイズラブを持ち込まないで頂きたいと思っていた。
「ん、なんじゃ、ジーメンス? 卿も所属する気なら、ユセフを入れれば良かろうに」
「そういうことじゃあ、ありませんッ!」
「……で、あるか?」
「彼等はみんな、ノーマルですッ! ボクもですよッ!」
「えっ……ノ、ノーマルとは?」
ヴィルヘルミネは声を震わせ、この世の終わりを見たかの如き表情をしている。
「彼等は全員、女性の恋人や奥さんがいるってことですッ! だから、変なことは考えないで下さいッ!」
「ふぐぅ……卿も、なのか?」
「ボ、ボクに恋人なんていませんが、でも、その……想い人ならいるというか……何というか……」
想い人の思想がアブノーマルなのでジーメンスは困っているのだが、想われている本人はまるで気付かない。
赤毛の令嬢はしょんぼりと項垂れ、赤い瞳に虚ろな情念を浮かべ、恨めしそうにジーメンスを睨んでいる。
「想い人は、ユセフであろう?」
「違います!」
「カミーユかの?」
「んなわけないでしょう!?」
「ふぐぅぅ……」
「ヴィルヘルミネ様は、一体何が不満なんですかッ!? そんな目でボクを見ないでください! 鋼鉄の薔薇は別に、男同士のカップルじゃあなくても最強なんですから! 今のままでも再建なされば、ヴィルヘルミネ様の御期待には十分応えてくれますともッ!」
「……で、あるか」
――そんなの、大いなる期待外れなのじゃ……。
こんなことを思う倒錯の令嬢は今、近衛連隊千二百名と鋼鉄の薔薇の面々に守られつつ、最前線まで駒を進めている最中であった。傍にはトリスタン、エルウィンら高級幕僚を侍らせ、さながら動く大本営といった様相である。
やがて最前線までやって来ると、ヴィルヘルミネは主戦場たる石橋を肉眼で確認し、望遠鏡を覗き込んだ。時刻は既に十五時を回り、灰色の空も心なしか暗くなっている。冷気を孕んだ風が、彼女の柔らかな頬を撫でた。
「また、雪が降りそうですね」
エルウィンが令嬢の側に駒を寄せる。ピンクブロンドの長髪が冷たい風に揺れ、その背中で泳いでいた。
――ふぅ。理想郷を作るための同志は、今のところエルウィンだけじゃの。
もちろん彼女が思い描く理想郷とエルウィンが思い描く理想郷には深くて広い溝が横たわっており、絶対に相容れないのだが――そんなことは知る由も無いヴィルヘルミネなのであった。
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