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27 生きて帰るまでが奇襲です


 ジークムントの派遣した騎兵部隊が現地に到着したのは、十三時十分のことであった。彼がヒルトマン少尉の報告を受けてから、僅か四十分後のことである。

 これはまさに電光石火の行動で、流石にブルーノさえ「速すぎる……」と、背筋に冷たい汗が流れた程だ。


 しかしブルーノにとって、敵の援軍は予測の範囲内でもあった。速度を重視すれば、当然ながら部隊編成は騎兵に偏ってしまう。だからこそ彼は、森に無数の罠を張ったのだ。


「ブ、ブルーノ少尉。ほ、ほほ、本当に、敵を森の中へ引きずり込めば、か、かかか、勝てるのかね?」


 ブルーノと共に鋼鉄の薔薇(シュティール・ローゼ)中隊と合流したジーメンスは、後悔こそしていないものの、全然まったく生きた心地がしないのだった。

 迫りくる敵は、全てが騎兵の一千余り。一方で味方は三個小隊百二十名の歩兵に過ぎず、今は全員で横陣を作り、銃剣を構えている。


「まぁな。お前さんが撃って逃げるだけの簡単な仕事をしくじらなきゃあ、勝算は十分にあるぜ」


 ブルーノは片目を瞑り、ニヤリと笑って隣に並ぶジーメンスに答えた。彼等士官も今は兵卒と一緒に銃剣を構え、敵に備えているのだ。


 ジーメンスは迫りくる敵を見つめ、ゴクリと唾を飲む。

 死ねばもう、唾を飲むことさえ出来なくなるのか――そう思うと俄かに身体が震えてきた。それを強引に気力でねじ伏せ、再び敵を睨む。


 ――死んでたまるか。ボクは絶対ヴィルヘルミネ様から元帥杖を貰うのだからねッ!


 ブルーノはそんなジーメンスを横目に悠然と前方を見つめ、敵との距離が一定になったところで命令を下す。


「弾込めッ!」

「え、ええ!? まだ、全然届かないのだがね!? い、いま弾を込めろなんて……!?」

「用意ッ!」

「ええっ!?」

「撃てッ!」


 ブルーノの号令が響く。全てはタイミングが命だ。

 ジーメンスは納得しかねたが、自ら志願して鋼鉄の薔薇(シュティール・ローゼ)に来た以上、命令には従うしかない。引き金を引いた。半べそで引いた。


 ――ああもう! これじゃあ、敵兵を一人も倒せないのだよッ!


 だがブルーノに言わせれば、これで良かったのだ。

 もしも敵を射程距離まで引き付けてから引き金を引けば、自分達が森の中まで逃げ込む時間を失ってしまう。たとえ敵を倒せたとして、自分が死んでは意味が無いのだ。

 

 なにより発砲すること自体に意味があった。

 敵は歩兵が発砲したとなれば、突撃体制に入るだろう。次の装填までの時間を考慮すれば、騎馬突撃の方に分があるからだ。だからここで、あえてブルーノは敵に届かない弾を撃ったのである。


「ようし、総員――退けッ!」


 ブルーノの命令と共に、全員が反転した。ジーメンスも銃を肩に担ぎ、わっと走り出す。騎兵が追って来るから、必死過ぎる程に必死であった。


 森へ入れば、そこかしこに罠がある。馬の脚を引っ掛ける為に、無数のロープが張られていた。引っ掛かれば人間だって転ぶし、一度ロープに触れれば、せっかく雪で隠したものが台無しだ。

 だから他の者は罠を設置した第三小隊の後に続き、走るのだった。


 そうして逃げながら、ジーメンスは不思議なことに気が付いた。鋼鉄の薔薇(シュティール・ローゼ)の面々は、誰一人として走りながら息を切らしていない。それどころか先頭を走る第三小隊は、追い縋る敵騎兵との距離すら測っているかのようであった。


 ――も、もしかして余裕が無いのは、ボクだけなんじゃあないのだろうか……!?


 こんな考えにゾッとしたジーメンスだが、気付けば後ろ、十数メートルのところまで敵騎兵が迫っている。

 いくら味方に余裕があったところで自分が敵に追いつかれたら、やっぱり死ぬしかない。だからジーメンスは必至で走り、一人だけ汗まみれになりながら、やっとの思いで安全圏に入ったのである。


 そこでようやく振り返ると、信じられない光景が広がっていた。

 次々に足を縺れさせ、落馬する敵の騎兵たち。その後は馬の腹に潰され絶命する敵もいれば、起き上がろうとして頭や胸を撃ち抜かれて絶命する敵もいた。


 先程まで逃げていた側が、一転して敵を一方的に蹂躙している。しかも誰一人として無駄弾を撃たず、必ず敵の急所に命中させていた。


 暫くすると、流石に敵も異変に気付いたのであろう。突撃を中止し、小隊ごとに固まり周囲の警戒を始めていた。


「遅い」


 底冷えするようなブルーノの声が、ジーメンスの耳朶をうつ。

 すると鋼鉄の薔薇(シュティール・ローゼ)の兵士達は、音も無く敵へ忍び寄り――……


 ある者は樹上から敵の背後に降りて、首をナイフで掻き切った。

 ある者は側面から忍び寄り、銃剣で敵の左胸を貫いて。

 ある者はロープを垂らし、敵の首へ引っ掛け絞め殺していた。


 ジーメンスはそうした異様な戦い方を目の当たりにし、ブルーノの隣で茫然としている。剣も銃も格闘も、それなりに自信を持っていたが、もしも彼等を敵に回したなら、一秒と経たずに殺されるだろう。

 ジーメンスの口元に、乾いた笑みが浮かぶ。

 

 ――ボクは……ボクは無力だ。


 余りの無力感に、自然と涙が零れ落ちる。ジーメンスは袖で目元を拭い、ぐっと唇を引き結んだ。無力な自分を思った時、自然と湧き上がる疑問があったから。

 

 ――これだけの戦闘能力を持った部隊なら、別にボクやユセフがいなくても奇襲を成功させられたのでは? 


「ブルーノ少尉、教えて欲しい。あなたの本当の任務が、何であったのかを……」


 目を真っ赤にして問うジーメンスの頭を、ブルーノはクシャクシャと撫でた。 


「どうだ。戦い方ってぇのは、色々あるだろう。真正面から戦うだけが、戦争ってワケじゃねぇんだぜ」

「ど、どうやら、そのようだね。あなたが敵では無くて良かったと思う……だからぜひ、本当の任務を教えてくれないかね?」

「ま、お前はまだ若い。これからもっと、色々なことを学べ。そうしたらきっと、良い元帥閣下になれるからよ」

「も、もちろん学ぶとも。だからその、ブルーノ少尉――……」

「俺の任務は奇襲を成功させることさ、それ以上でも以下でもねぇよ。ただし成功には一つ条件があってな――そいつは、みんなが無事に帰るってことさ」

「……ぶはっ!」


 ジーメンスは時と場も弁えず、破顔した。ブルーノの考え方が、大いに気に入ったのだ。

 みんなが生きていなければ、意味が無いと常々思っている。ユセフやカミーユが死んだらと思うと、ジーメンスはたまらなく怖いのだ。だからこそ彼は、「みんなを無事に帰すことが出来る指揮官」というものに、誰よりも憧れていた。


「お願いがあるのだ、ブルーノ少尉。今度ボクにも鋼鉄の薔薇(シュティール・ローゼ)の戦い方を、教えてくれないかね?」

「ああ、いいとも。もう既に俺たちは、一緒に戦った仲だからな。いつでも鋼鉄の薔薇(シュティール・ローゼ)中隊へ来い。死 ぬ ほ ど……歓迎するぜ」


 こうしてブルーノは鋼鉄の薔薇(シュティール・ローゼ)を巧みに指揮し、敵を森の中へ引きずり込んで、散々な損害を与えた。しかもこの時、鋼鉄の薔薇(シュティール・ローゼ)は一人の死傷者も、負傷者さえも出さなかったのである。


 だがこの時ブルーノは、まだ知る由も無かった。これが第五師団の先遣隊であり、この時点で本隊が迫っているのだということを……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 流石は86点のイケメンですね笑 鋼鉄の薔薇とかカッコいいです。 ブルーノもこうやって学んでいくんですね。 [気になる点] 単純なる疑問ですけど公国はスイスの辺りって解釈でよろしいですか? …
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