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12 レグザンスカ家の罪


 レグザンスカ公爵家の所領であるブーリエンヌ地方はランス北西部にあり、海峡を挟んで北にはウェルズ王国があった。また西にはリスガルド王国と国境を接していることから、二国の支援を受けるには容易な立地なのである。

 

 加えてレグザンスカ家は遡ればランス・ウェルズ両王家の血を引く、由緒正しい家柄だ。そしてリスガルド王家とウェルズ王家は縁戚だから、この三者が手を結ぶ理由は十分過ぎる程にあるのだった。

 

 だがそれでもアデライードは、父の選択が許せない。古い血縁を頼りに国内へ敵を招き入れるなど、言語道断である。

 そもそも外国勢力と戦うことこそ軍人の本分と信じて疑わないアデライードは、だから実家に帰るなり怒髪天を衝く勢いで父や家族を怒鳴りつけていた。


「父上は恥知らずです! 祖国を他国の軍靴で踏みにじらせて、国民が王家に誇りを持ち得るとお思いかッ!? 兄上たちも、なぜ父上の愚かな振る舞いを止めなかったッ!」


 長いテーブルの設えられた公爵家の食堂で、上座に座る父を指差し糾弾する。直上で煌びやかな光を放つシャンデリアが、ビリビリと震えたかのようであった。

 しかし父はあわてず騒がず口元をナプキンで一度だけ拭くと、静かに言う。


「国王陛下を守護し奉ることこそ、我が公爵家の務め。国王陛下が平民どもに排されようという時分、いかな体面があろうものか。まずは共和政府を倒すことこそ先決である」


「然り」と長兄が言う。


「ならばその為に父祖伝来の地――このブーリエンヌをリスガルドとウェルズに割譲するというお話は……?」

「アデライード、卿も軍人ならば分かるであろう。誰も無償で兵など貸さぬ。利あればこそ、人は動くのだ。このブーリエンヌ一つで王国が取り戻せるのなら、安い買い物である」

「だからといって、民がリスガルドの兵に蹂躙されていると聞きます! このような無法を許して、なんの為の貴族ですかッ!」

「無法とは――……平民が国王陛下を排することであろうが。民が民たらぬのなら、我が守る必要もなし。フフ、フッフッフ」


 乾いた笑みを見せ、父であるレグザンスカ公爵が髪をかき上げる。白髪交じりの金髪がシャンデリアの光に照らされて、キラキラと輝いていた。美しい顔立ちの壮年である。


「しかし、このようなやり方では悪戯に反感を買い、敵が増えるばかりですッ! ただでさえ今年は、冷害で収穫も少なかったというのにッ! それに加えてリスガルド兵に略奪までされるというのでは、民が余りにも可哀想ではありませんかッ!」


 アデライードの怒りは収まらない。いまさら父が方針を転換するとは思えないが、国王を救う為に平民を犠牲にするというのでは、筋が通らないと思うのだ。

 もちろん平民の社会を実現する為に国王の命を犠牲にするという話にもアデライードは反対だから、言いながらも彼女は、自分が一体どちらの味方なのか、分からなくなっていく。


「アデライード、誤解をするな。敵はリスガルド王国にあらず、共和政府である。それもマクシミリアン=アギュロンが率いる公正党ジャスティスこそ、真に打倒すべき敵なのだ」

「だったら、せめてリスガルド軍の狼藉は止めさせるべきでしょう! 私達の民が奪われ、犯され、殺されている! これをどうして見過ごしにするのですッ!」

「彼等は民に、金銭を支払っていると釈明をした。売るのを拒んだ者のみを、見せしめとして殺していると」

「詭弁ですッ! しっかりと精査して、軍事裁判にかけるべきでしょう!」

「黙れ、アデライードッ! 民が国王陛下の恩寵を忘れず素直に服しておれば、我とて兵を挙げることなど無かったッ! 言うなれば、これは民が自ら選択した結果なのだッ!」


 初めてレグザンスカ公爵は声を荒らげ、テーブルを拳でドンと叩いた。アデライードも父の瞳に怒りが宿る様を見て、それ以上の言葉を飲み込んでいる。


「アデライード。早速だが、お前には王国陸軍准将の職位を与える。以後は騎兵旅団の指揮を執れ」

「私に遊軍を任せると、そう仰るのですか?」


 要するに父は、アデライードを危険因子と判断した。彼女を側に置けば、兵達の前で何を言い出すか分からない。といって自らの娘である以上、裏切る心配もないだろう。

 だから圧倒的な機動力を誇る騎兵旅団を与え、適時味方を支援する――という任務を与えたのであった。


 アデライードは腰に差した刀剣サーベルの柄を握り締めたまま、肩を震わせている。納得のいかない処遇であった。これでは、王党派の中枢から外されたも同然である。以後はどんな意見も父の耳に入れることが出来ないし、何より敬愛する王妃殿下に会うことも出来なかった。


 兄の一人が立ち上がり、アデライードの肩へそっと手を添える。


「どうする、我が妹よ。父上の命令に服さぬというのなら、それはそれで構わぬぞ。私がお前の為に、良縁を纏めてやろうではないか。

 具体的に言えばウェルズの第三王子なのだが、お前の肖像画を見るなり、是非にと乗り気であったことだしな。どうだ、どうせ彼等とも同盟を結ぶことだし、早速海を渡ってみるというのも――……」


 兄の声が、広く乾いた食堂に冷たく響く。既にアデライードの二人の姉は、各国に嫁いでいた。彼女だけが軍務を理由に縁談を断り、今に至っているのだ。アデライードの脳裏に、銀髪の青年の笑顔が過る。


 ――オーギュ。


 今、アデライードは誰かの妻になる訳には、絶対にいかないのだ。だから膝を折り、頭を垂れて彼女は頷いた。


「騎兵旅団長の任――謹んで拝命いたします」

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