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68 ニーム攻防戦 19


 ヴィルヘルミネは天幕の中で幹部達と食卓を囲み、思案顔を浮かべている。彼女はパンとスープ、干し肉といった野戦食を食べながら、バルジャン、エリザ、エルウィン、アデライード、ビュゾー、ラメット等の幹部達と共に明日以降の作戦計画を話し合っていた。


 浮かない顔の理由は、予想以上に第六高地で損害が出ていたことによる。ランス兵が三百名、海兵は六百名近くが戦死していた。これに重症で動けない三百名を加えれば、たった一日で千二百名もの犠牲者を出したことになる。そしてこれは、そのまま戦力の低下にも繋がるのだった。

 

 ヴィルヘルミネはスープを一口飲み、眉を顰めている。


「不味いの……」


 味のことであった。


「御意――兵が足りません」


 エルウィンの返答は、現状についてだ。ヴィルヘルミネが不意に、「えっ!?」という顔をする。彼女は明日の朝食もこんな料理だったらどうしよう!? と悩んでいただけであった。なのに衝撃的なことを聞いて、ビックリしちゃったのだ。


 確かに第二、第七を除く他の高地を守る兵力は、通常が千名だった。にも拘らず千二百名が失われたとなれば、防衛の構想が根幹から揺らぐ。数学だけは何故か得意なヴィルヘルミネだ、この程度のことは分かった。そしてビビった。


「――退くのじゃ」


 いともたやすく怯えた赤毛の令嬢は、方針を百八十度変えた。エルウィンも頷き、「名案です」と追従している。流石は我が軍師! などと頷いた令嬢が、調子に乗ってピンクブロンドの髪色をした青年に先を促した。


「ではエルウィン卿。余と以心伝心であるところの卿の口から、余の作戦計画を皆に告げるのじゃ」


 ヴィルヘルミネは自分が「逃げろ!」と口にするより、部下が言った方が体裁も整うと考えたのだ。それにエルウィンなら、尤もらしい逃げる口実を示してくれるだろう。いつもながら絶妙にセコいヴィルヘルミネの魂胆である。


 だが令嬢の思考とエルウィンの考えは、果たして一致しているのだろうか? この点に思い至らないヴィルヘルミネは、やはりポンコツなのである。


 一方エルウィンも、ヴィルヘルミネに「以心伝心」と称され、舞い上がっていた。頬は上気し、思わず早口で説明を始めている。


「はっ。まず、第一高地と第六高地を放棄して、第二、第七に戦力を集中させます。これで敵は本営である第七高地を直接狙えるようになりますが、しかし決してこれは不利になることを意味しません。なぜなら、こちらも集中させた兵力を有機的に運用し、効率よく敵を撃滅することが可能となるからです」


 エルウィンが色々と説明をした結果は、やはり令嬢の思惑と全然違った。ヴィルヘルミネの頬に、一筋の冷たい汗が流れている。

 

 令嬢的には海へ出て、さっさと逃げたかったのだ。本気の逃走である。だというのにエルウィンに発言を任せたら、この有様であった。


 しかし皆が「おお!」とか「流石はヴィルヘルミネ様!」などと褒め称えるものだから、基本があざとく体裁を気にする令嬢のこと、せいぜい重厚に頷くことしか出来ないのだった。


「――で、ある」


 またもや後には引けなくなった令嬢は、何としても援軍が来るまで耐えるのだと気持ちを入れ替えて、皆に宣言をする。


「あと少しじゃ。あと少し耐えれば、新たな風が吹く」


 赤毛の令嬢が多くを語らないのは、「ヘルムートに内緒で兵を動かしちゃった!」という後ろめたさからだ。けれど辣腕の宰相閣下はヴィルヘルミネの思惑など、ちょっと勘違いして全部お見通し。

 よってヘルムートは主君の思惑に色を付け、現在ただいま絶賛援軍を派遣中。ゆえにヴィルヘルミネの言動は、全くもって真実なのであった。

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