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File:1 この天と地の間には、哲学など思いもよらぬ事があるのだ

 


 板橋(いたばし)区。AM08:21。


 空を(また)ぐ高速道路を(くぐ)り抜け、一方通行の道をひたすら進んでいく。

 近くに地下鉄、埼京線(さいきょうせん)東武東上線(とうぶとうじょうせん)も通っていて、かなりアクセスが良い。建物は小綺麗で道行く人にも活気がある。比較的新しいらしい道路は凹凸が少ないのか、自動運転で制御された覆面パトカーは滑らかに道を進んでいく。

 大きな公園を左に(なが)めていると、大きな三叉路(さんさろ)の交差点に出た。

 すると、物々しい赤い光が網膜に突き刺さる。


 三叉路の交差点、正面の道を規制しているようだ。どうやらそこが現場なのだろう。


 車は皆、ギラつく赤い光に何事かと興味津々だ。

 渋滞する車両に向かって、鋭い警笛を吹き鳴らしながら、紺色の制服を着た警察官が苛立(いらだ)ったように赤く光る棒を振り回して、交通整備にあたっている。もちろん、徐行(じょこう)するこちらにも目敏(めざと)く気が付いた。

 白い持ち手に上半分が赤く点灯している指示棒を振って、早く右の道へ行けと忙しく指示してくる。

 低速で進む動きに()れたのか、助手席に警察官が近づいてきた。

 交通整備に嫌気が差しているのだろう、機嫌の悪そうな中年の警察官が、車内を覗き込むようにしてきたところで、竹輔が窓を下げ警察手帳を掲示する。

 目を見開いた警察官は(くわ)えていた警笛(けいてき)を口から(こぼ)すと、素早く敬礼して、停止場所を指示棒で示した。

 交差点のすぐ脇にある公園の入り口を、捜査車両用に一時的に開放しているのか、鑑識車両や警羅隊(けいらたい)の車が止まっている。

 一番の少し狭い端に駐車して、アコーディオン状の規制ゲートで封鎖されている交差点に駆け寄った。

 (まば)らにいる野次馬の間を()い、ゲート前にいる制服の警察官に警察手帳を掲示すれば、すぐにゲートの中へと通される。

 働きアリのように動き回る鑑識の中、よく知った顔がこちらを見るなり、飼い主に気が付いた犬の(ごと)く慌しい動きで駆け寄ってきた。

 三歩前で立ち止まると、素早く敬礼して見せる。


「おはようございますッ! 三輪警部補ッ、坂下巡査部長ッ!」


 腹の底から出される大音量に思わず()()る。


「今日も声がでかい。おはよう、桑原さん。で、それは?」


 桑原はこちらに駆け寄ってくる際、両手になぜか(つか)んだ物があった。


「長靴でありますッ!」

「それは見れば分かるけど」


 膝下ほどある濃紺の長靴は、付属している(ひも)(すそ)を縛ることもできるようだ。

 とりあえず受け取り、そして気が付く。

 規制された交差点の先はただの道路かと思っていたが、茶色に塗装された欄干(らんかん)が道の端に見える。

 その欄干を鑑識の誰もが覗きこんでいる。


「ホトケさんは、この下か」

「いえッ、もうひとつ向こうの橋ですッ! 現場の橋付近は道が狭く、車が入れないのでッ! もう少し先に川の中へ降りられるところがありますッ! 気をつけて行ってくださいッ!」


 桑原は指先まできっちりと(そろ)えた手で、欄干の隣から伸びる舗装(ほそう)された道を指した。

 長靴を片手に遊歩道を歩いていく。

 道は非常に整備されていて、都会の喧騒(けんそう)を忘れさせてくれるほどの見事な紅葉で(いろど)られていた。春になれば桜が咲き、夏は新緑に覆われるのだろう。日影が涼しい今、木々は燃えるような色鮮やかな紅葉を蓄えたまま頭を垂れ、蕗二の背ほどの高い緑色のフェンスを越えて川を覗きこんでいる。

 その視線を追って川を覗き込めば、コンクリートで固められた川がよく見える。

 深さは5メートルほどだろうか、かなり深い。川の底は見えるので、水質は悪くないようだ。

 時々長靴を履いた鑑識とすれ違いながら、歩道を進んでいると、ひとりの鑑識が姿勢正しく立っていた。

 蕗二たちを見ると、ぶら下げた長靴に気が付いたのか、帽子のつばに手を当てて敬礼する。


「お疲れ様です。こちらで()き替えてください」


 フェンスのすぐ脇には、ブルーシートが敷かれ、その上にきっちりと(かかと)(そろ)えられて革靴やスニーカーが数足並んでいる。

 革靴を脱ぎ、スラックスの(すそ)ごと長靴に足を突っ込む。長靴の裾が縛れば、簡単にすっぽ抜ける心配はないようだ。

 竹輔も履き終えると、鑑識が金網フェンスを開いた。


「あぶないからのぼらないでね」と書かれた注意文を横目に、開け放たれたフェンスから下を覗き込む。

 黄色くペイントされたU字型鉄パイプが、垂直の壁から等間隔に生えている。

 川に背を向け、フェンスを掴んで、まずは一歩、(ちゅう)に足を投げ出す。

 落ちるのではないかと言う本能的な恐怖を感じつつ、土踏まずにパイプを食い込ませた。次の足場を反対の足先で探し、体重を安定させたところで、フェンスから片手を放してU字型鉄パイプを掴んだ。

 一歩一歩下りていくたびに、湿気がまとわりつき、ザリガニの臭いのような泥臭さが鼻を突く。

 まだ下りるのかと不安になる程度に下り、やっと最下部まで下り立つ。

 竹輔が下りてくるのを待つ間、ぐるりと周りを見渡す。


 川の両端は人が一人歩ける程度にコンクリートで固められていて、川の中には水の流れを減速させるためのブロックが意図的に沈められていた。穏やかに流れる川の透明度は高く、川底に砂利とわずかな水草が生えているが定期的に清掃されているのだろう、垂直な壁にも雑草は一本も生えていない。

 川も歩道も非常に人工的でよく整備されているこの場所で、一体何が起きたと言うのだろうか。


 後ろで竹輔も無事に下りてきたことを確認し、川の流れに沿って歩いていく。

 紅葉の間から朝日が差す中、橋が見えてきた。

 その橋は風景を楽しむ前提なのだろう、バルコニーのように橋から(ふく)らんだ部分があり、見栄えのいい細い欄干(らんかん)が見える。きっと上から川を望めば、紅葉が美しく見えるだろう。

 しかし、その下は暗く(よど)んだ空気で重い。

 その原因に、蕗二は眉間に深く皺を寄せ、竹輔はうっと息を詰まらせる。


 橋からミノムシのように垂れさがっているのは、男だ。

 両足首を白いロープでまとめて縛られ、逆さ吊りになっている。

 両腕は何か棒を通されているのか、真っ直ぐ横に伸ばされていて、不格好な案山子(かかし)のようだ。

 朝日で(くら)む手で(ひさし)を作りながら、遺体を見上げた。


「これはまた、あれだ、刑事ドラマの見過ぎってやつだな」


 男は40代くらいだろうか、顔全体から首まで赤紫に染まっている。逆さに吊るされているせいで、服が胸元までめくれ上がり、(さら)された土色の腹には、帯状の鬱血痕(うっけつこん)があった。また、左のこめかみに血が(したた)った跡があるが、指二本分ほどの傷口だ。とても致命傷には思えない。

 遺体を観察していると、後ろから靴底を引きずる鈍い音が近づいてきた。


「おーおーおーおー、誰かと思えば、お前さんたちも参加するのか、ん?」


 がなる声に聞き覚えがある。それも不快な記憶とともに。

 振り返ると、記憶通りの男がジャケットのポケットに手を突っ込んで、こちらを睨みつけていた。


「あんたの管轄(かんかつ)はもうちょい向こうじゃないのか?」


 片方の口の端を引き上げて、原宿署の捜査一課・(たち)が鼻笑う。


「いいじゃねぇか、捜査で知り合った仲だろ?」

「仲良くなった覚えはないな。この前は勝手に掃除屋に名前を教えてたろ」

「まあ、おかげで未解決事件を解決したんだってな? 同じ警察としては、お前さん達がパッと解決してくれるなら嬉しいもんだぜ? その分、俺たちはのーんびりお茶できるわけだ」


 ねっとりと厭味(いやみ)ったらしい言葉に、青筋が立つのか蟀谷(こめかみ)が痛んだ。


「で? 今回ものんびり見物ってわけか?」


 (うな)るような低い声が出てしまい、(たち)はわざとらしく肩を(すく)めて見せた。


「おお怖い怖い。ちゃーんとオシゴトだぜ? うちの管轄(かんかつ)でも、こーんな感じの惨殺事件を捜査中でな。関係あるかもしれないから、一応見に来ただけだよ。まあ、ホトケさんの様子は違うみたいだがな」


 舘が蕗二の後ろを覗き込むように首を傾ける。背後では鑑識が橋の上から下から遺体を覗き込み、「どうする?」「下ろす?上げる?」と相談している。


「そう言えば知ってるか? 最近、新しい反政府ぽいサイトができたって、公安が目をつけてるらしいぜ。確か【ミカエルの啓示(けいじ)】とか言う宗教っぽい感じのやつ。で、逆さ吊りは逆十字を表してて、悪魔崇拝だとかなんかだったか? 映画とかでも有名だろ?」

「いえ、正しくは悪魔宗教ではないですよ」


 不意に竹輔が口を開いた。突然の指摘に、舘は片眉を上げる。


「映画だとかヘビメタなどで悪魔とか奇抜なイメージがついてますが、正確には逆十字のことを、(せい)ペテロ十字(じゅうじ)と言ったはずです。キリストの弟子であるペテロが処刑されるときに、キリストと同じ死に方は自分には(あたい)しないと、頭を逆にしてくれって頼んだそうです。意味は、謙虚とか無価値とかだったと思います」

「へぇ? 詳しいな。カルトに興味があるのか?」


 舘が下から覗き込むように睨みつける。竹輔は仰け反りながら一歩後ずさった。


「いえ、学生の頃って、なぜか一回は十字架に興味持ちませんか? ゴツゴツした銀メッキのキーホルダーとか。それで少し調べてみたので、覚えていただけですよぉ」


 引き()った笑顔の竹輔と疑惑の眼を向ける舘の間に、蕗二は分け入る。


「あんたこそ、さっきからカルトカルトって、何か(うら)みでもあるのか?」


 そう問えば、舘はフンと鼻息を吐いた。


「宗教なんて興味ねぇよ。俺はそもそも、逆さ吊りに意味なんてないと思うぜ」

「あんたが先に言ったんだろ」

「ただの例えってやつさ。宗教も悪魔も関係ない、普通の犯人なら死体を隠したがるのに、こいつはわざわざ目立つように(さら)してんだ。単純に見せしめだろ」


 舘が見上げた視線を追う。今もぶら下がっている男の(うつ)ろな目が、蕗二たちを見下ろしていた。


「見せしめ、か」


 確かに、死体をわざと晒す行為は異常だ。

 先日の周防(すおう)兄弟による透明標本殺人事件のような自己顕示欲(じこけんじよく)の現れとも取れるが、今回はどういった意図があり、わざわざ死体を晒しているのだろうか。


 背後からザワザワと木々のどよめきが聞こえ、湿った空気が押し寄せてきた。赤い木の葉が舞い上がる中、縄がギチリギチリと耳障りに鳴いて、逆さ吊りの男をゆっくりと振り子のように揺らした。


「そう言えば、菊田係長が来ませんね」


 竹輔の言葉に、橋の上や歩道のフェンスを見上げるが、菊田らしい姿は見当たらない。

 現地で合流予定だったはずだが、なぜだろうか。

 液晶画面をポケットから引き出すと、ちょうど電話の着信画面に切り替わった。

 画面をスライドして、端末を耳に押し当てる。


「お疲れ様です、菊田さん。今どちらに」

『蕗二くんすまない、その現場は良いから、今すぐに来て欲しい』


 それだけ言って通話が切れてしまった。すぐにメールが入る。

 内容を確認すれば、住所だけが表示された。


「これは隣区だな。竹、行くぞ」


 肩を叩いて促す。竹輔は舘とすれ違いざま会釈(えしゃく)をして、駆け足で水路を戻っていく。

 微動(びどう)だにもしない舘の横をすり抜ける時、間延びした声が鼓膜を(かす)めた。


「おーい、班長殿。渋谷区の事件も調べてくれよー。頼むぜー」


 振り返ると、背を向けたまま舘がやる気のない手を振っている。

 思わず眉間に皺が寄る。何か言ってやろうと口を開くが、相手にするのもなんだか(しゃく)だ。返事は返さず、蕗二は竹輔を追って駆け出した。







 豊島(としま)区。


 駆けつけると、慌しく鑑識が出入りしていた。

 規制ゲートを通り抜けると、さらにブルーシートで道を(ふさ)がれている。

 その前で腕を組んだり、雑談している刑事だろうスーツ姿の男達が立っていた。

 鑑識作業が終わるのを待っているのだろう。


 菊田を探して視線を巡らせていると、ブルーシートの端がわずかに動いた。気のせいかと観察していると、端末が短く震える。液晶端末の画面を見れば、ショートメッセージで『来い』と表示されていた。

 竹輔について来いと軽く顎で指し、振り返らずに先ほど(まく)れたブルーシートの部分に滑り込む。

 竹輔が入ったところで、すぐ脇に居た菊田がブルーシートを隙間なく閉めた。


「挨拶はいい。(あずま)くんの権限で、一番に見せてくれるように頼んだ。外の刑事たちに疑われる前に素早く終わらせるぞ」


 ぼそりと呟いた菊田は液晶端末を親指でタップした。どうやら事前に準備していたショートメールを送ったようだ。二呼吸開けて、菊田の携帯がブルリと震える。


「よし行くぞ」


 菊田の掛け声とともに、速足で進みだす。訳も分からぬまま、その後ろについていく。

 現場はどうやらこじんまりとした白い壁の一軒家のようだ。

 玄関を開けると、パンツスーツの凛々しい女性が胸の前に腕を組み、仁王立(におうだ)ちで出迎えてくれた。


「東検視官、お疲れ様です」


 敬礼を待たずに、東は腕を解くと同時にこちらに向かって何を投げてよこした。

 三人分の使い捨て靴カバーと使い捨ての青いゴム手袋だ。

 すぐに身につけ、玄関から敷かれている歩行帯(ほこうたい)の上に降り立ったところで、東は肩先で(そろ)えられた髪先をスカートのように(ひるがえ)す。

 足早に玄関から奥へと進み、左に曲がった。後を追えば、そこはリビングだった。

 右手にキッチン、リビングの真ん中が小さいが吹き抜けている。左側はテレビがあり、その前に膝下ほどの机とソファが置いてある。

 そのソファに後頭部が三つ並んでいる。歩行帯はその右隣まで伸び、テレビの前に回り込んでいる。

 蕗二と竹輔は慎重(しんちょう)に足を進めて、ソファの前、テレビの前へと回り込む。

 そして、二人同時に息を詰まらせた。


「これは、どういう事ですか?」


 蕗二と竹輔が困惑の視線を向けると、(あずま)は軽く肩を竦めて見せる。


「見ての通り。ご遺体が座ってる。座らされてるって言った方が正しいかしら」


 蕗二は歩行帯が敷いてあるギリギリまで近づき、三人を観察する。

 右端から薄っすら目が開いている黄色い顔をした40代くらいの女性と、頭からひどく出血していたらしい顔面が土色の70代くらいの女性、さらにその隣には右頬に大きな擦り傷がある土色の顔をした70代くらいの男性だった。

 全員なぜか、服が破れたり引き()れたりしてボロボロだ。手や顔に(あざ)もある。


「体に擦過傷(さっかしょう)がありますね。頭の出血は殴打(おうだ)されたって事でしょうか?」


 口元にハンカチを当てて、悲しみと怒りをませた表情で冷静に竹輔が呟いた。


「そうだな、殴ったり引きずり回し……リンチでも受けたか」


 それにしても酷い状態だ。普通の暴行ではここまでボロボロにはならない。

 ふと、右端の女性の腹部辺り、服に何か見覚えのある黒い汚れに目が()まった。


「これは……タイヤ(こん)? バイクじゃないな、車か?」

「あら、目が良いわね三輪警部補」


 東は左手首に巻きつけた腕時計の文字盤に顔を向けたまま、横目でこちらを見ると口の端を吊り上げた。


「私の見立てだけど、この三人のご遺体は、交通事故に巻き込まれたご遺体にすごく似てる。全員左側から()ねられたみたいね。その右端の女性は恐らく車に()かれて、内臓が損傷。即死せずにしばらく生きてた証拠に、黄疸(おうだん)の症状が出たってところね。でも、この重症度を考えても、自力で帰ってきて座ったわけがないから、三人を轢いた犯人が救護もせずに自宅に運んで、ご丁寧に並べて座らせたって事ね。まったく意味が分からない」


 困ったと言うよりの呆れたように東は首を振る。


「身元は、全員この家の方ですか?」

勿論(もちろん)。ご丁寧なことに、こちらに全て並んでたわ」


 竹輔の質問に東がわざと(かしこ)まったように、指を(そろ)えてキッチンのカウンターの上を指した。

 歩行帯に沿ってキッチンに向かう。

 カウンターにはまるで見ろとばかりに、銀色のマネーカードが4枚並んでいた。

 マネーカードは、名前の通り電子決済カードでもあるが、同時に身分証明証の役割も持っている。日本国民一人一枚配布されるもので、健康保険証や服薬記録手帳、予防接種証明書などの健康情報や、運転免許証や住民票などの個人情報も登録されている。

 それが4枚ある。この家のある遺体は3人なのにだ。


「なぜ4枚もあるんですか?」


 カードから東に視線を戻すと、東はまた腕時計の文字盤に視線を落としていた。


「ああ、その前に。さっき、橋のところで宙吊りになったご遺体があったって聞いたけど? あなた達は見た?」

「はい、先に臨場(りんじょう)してきました」

「桑原から画像を送ってもらったけど、たぶんこの家の旦那ね。そのカードは勿論全部読み取り済み。この家は宙吊りの男の持ち家。ソファに座ってるのは奥さんと、男のご両親だと判明してるわ」

「つまり、この事件は一家殺人と言う事ですか?」

十中八九(じゅっちゅうはっく)、そうでしょうね。それから、一ヶ月前にも渋谷区で変死があってね。死因は違うけど、それも一家皆殺しだった」


 腕時計からようやく顔を上げた東の、両手のひらを打ち付ける派手な音が部屋に響いた。


「以上。時間切れ。あとでデータ送ってあげるから、そっちの見立ても教えなさいよ」


 そう言った東がよく通る声で「撤収ッ!」と()えた。すると隣の部屋からぞろぞろと鑑識が現れる。

 東が追い払うように手を振るのと、菊田が顎で外を差すのは同時だった。返事を返す間もなく、鑑識の歩みに飲まれ家の外に追い出される。

 一息つく間もなく、菊田に首根っこを掴まれ、ブルーシートの裏側まで連れていかれる。鑑識がブルーシートを細く捲り、外に向かって小声で「どうぞ」と掛け声をかけた。すぐさま我先(われさき)にと険しい顔の刑事たちが雪崩(なだ)れ込んでくる。

 その最後尾と入れ替わるように何食わぬ顔でブルーシートの外に出た。

 野次馬の群れから十分に離れたところで、ようやく菊田が歩みを止める。


「さて、君たちはどうする?」


 菊田の問いに、蕗二はすぐに答えた。


「呼びます」


 蕗二の返答に菊田は少し驚いたような顔をして、すぐに表情を引き締めた。


「では会議室を一つ用意しておこう」

「お願いします。竹、いつも通り」

「はい!」


 菊田が端末を耳に押し当て、竹輔は端末を素早く操作し始める。

 蕗二も端末のメッセージアプリを立ち上げながら、舘が背中に投げてきた言葉を思い出した。


 惨殺事件を捜査中、ホトケさんの様子は違う、渋谷区の事件。


 さらに、東は渋谷区で同じく変死の一家皆殺しがあったと言っていた。

 舘はその事件を担当しているのだろう。何の為に教えてきたのかは分からないが、無視するのは違う。


 手の中で端末が震え、メッセージアプリに竹輔のメッセージが入る。すぐに片岡から「Certainly.」とメッセージが入った。それから可愛らしいスタンプでOKと野村が返信する。もう一人はいつもの事だ、返事はないだろう。


 今回の捜査で【特殊殺人対策捜査班】が結成されて9件目の事件となる。

 舘と東の言葉が本当なら、渋谷区の事件も合わせて2件。つまり連続一家皆殺し事件だ。

 今までの中でも、もっとも残虐かつ難解だろう。


 山積みのパズルのピースの中に、関係ないものがどれだけ混じっているのか分からない。

 それを見つけ出し、弾き、正解を見つけてパズルを完成させるのが捜査だ。

 一人では途方もない作業だ。たどり着く前に、犯人によって正解のピースが奪われる可能性も高くなる。

 だが、【このチーム】なら難解なパズルでも必ず正解を見つけられる。

 その為に、自分ができることは分かっている。

 蕗二は端末をポケットにしまい、車に向かって歩き出した。




次回、8/17(木)12時ごろ予定。

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