File:8 見失わない
PM18:28。江東区。
日が長くなり始めたおかげで、辺りはまだ明るさを保っている。
少し賑わいを残した住宅街の中、ある家の前で白い軽自動車が速度を緩めた。車は車庫に頭から入り停車する。ランプが消え、男が一人車から降りてきた。
つなぎの作業服姿の無気力げな男だ。無造作に取り出した鍵で玄関のドアを開け、滑り込むように家へと入っていく。
そのドアが閉まった途端、影から10人の男たちが一斉に湧いて出てきた。
言葉を交わすことなく、6人が家を囲むように散らばり、玄関に4人が残った。一番先頭にいた眼鏡の男が隣に立つ恰幅の良い男を見る。視線を受けた男は耳元の通信機を指先で二回叩くと強く頷いた。それを合図に眼鏡の男がインターフォンを鳴らす。
反応はない。もう一度鳴らすと、女性の声が返事をした。
「芥子菜さん、すみません。警視庁のものですが」
「え、警察?」
インターフォンが切られる。
眼鏡の男の左後ろ、Gジャンの男がドアをこじ開けるべく近づくと、慌しくドアが開けられた。
小太りの女性がドアのすぐそばに立つ男を見て、血の気を引かせた。
「あの、どうされたんですか……?」
「息子さん、帰宅されていますよね」
眼鏡の刑事の右後ろ、ポロシャツの刑事が鞄から白い紙を取り出した。眼鏡の刑事はそれを受け取ると、女性・芥子菜の母親に見えるように掲げた。
「墨田区で発生した事件の件で、息子さんに家宅捜査令状が出ました」
「え? そんなまさか」
母親が口元を押さえ、崩れ落ちかける。
その時だ。母親の背後、突如ドアを開け息子・芥子菜ハルトが現れた。
刑事たちは確保すべく動き出した瞬間、芥子菜ハルトは口の端を吊り上げた。
「班長!」
裏から大声が上がる。眼鏡の刑事が顔を向けた先、黒い塊が飛び出してきた。
黒いステーションワゴンだ。しかも運転席には誰も乗っていない。だが自ら意思を持ったように、車は玄関前に立つ刑事たちへと突っ込んできた。
それとほぼ同時に芥子菜ハルトは母親を突き飛ばす。Gジャンの刑事を巻き込み倒れる母親には目もくれず、刑事たちを蹴散らし止まったステーションワゴンへ飛び乗ると、刑事たちが飛びかかるよりも速くタイヤを高速回転させ猛スピードで走り出した。
「なんだ、なんで車が!」
「裏の路駐車が突然動いて!」
「遠隔操作で盗りやがったのか! くそ追え、追え!」
怒号が飛び交う中、恰幅な男・竹輔は耳元を押さえ、声を張り上げる。
「蕗二さん!」
『だと思ったよ』
低い声とともにサイレンの音が鳴り響き、刑事たちの目の前を、銀色のセダンが猛スピードで横切った。




