36.復活祭と⑥
熱の入った讃美歌の後では、無限の宇宙を感じさせるほどに壮大な━━要は長くて終わりの見えない━━牧師様の説教を聞く気にはならなかった。
教会の向かいのベンチに腰を下ろして歌の余韻に浸っていると、ソフィーも静かに抜け出してきたのが見えた。
黒い礼服と銀のティアラから、普段通りの白いケミーゼドレスに着替えていた。手には花瓶に活けたラッパスイセンと小さな水壺。
特別な衣装を間近で見られなかったことが、少し残念だった。
手を挙げて合図をすると、彼女もまたこちらを認めた。
「素敵な演奏でした、レギーナ。お疲れでしょう。お水を一杯どうですか?」
「確かに、少し緊張して疲れましたね。では、頂きます」
差し出された水壺を受け取って、一口分の水を飲み込むと、不思議と肩にのしかかっていた疲れが和らいだ気がした。
「おいしいですね。正に『復活』した気分といいますか」
復活祭に掛けた私の言葉に、ソフィーは笑顔を作った。
「ふふっ、そうでしょう?特別なお水ですから」
「そうなんですか?」
「ええ、このお水は、特別なのです」
そう言って、ソフィーは私の隣に腰かけた。
どうしても、昨日の夜のことを考えてしまう。いっそあの問いの意味を聞いてしまおうか。
そう考えながら空を見ると、コフキコガネ (Maikäfer) が一匹、羽を広げて飛んでいくのが見えた。虫の飛ぶ先を目で追っていると、ソフィーの方が先に口を開いた。
「レギーナ、いつも傍に居てくださって、本当にありがとうございます」
「私は傍にはいませんでしたよ。今日の素敵な経験は、あなたの頑張りによるものです」
「いいえ。いました。傍にいましたし、いるのです。わたくしが頑張れるのは、そのお蔭です。それで、ですね。このお花はわたくしからの気持ちです」
そう言って、彼女は手に持つ花瓶を差し出した。
ラッパスイセンの黄色い花が、私の方を向いている。
「……私に、ですか?」
「はい。貰ってくださると、嬉しいのですが。さっきわたくしが耳に挟めていた花です。きっと長持ちするはずです。今レギーナが飲んだのと同じ、特別なお水をあげましたから」
「それは……ありがとうございます」
受け取ったラッパスイセンの花を眺めていると、小さな影が突然後ろから近づいて、ソフィーに覆いかぶさった。
「ソフィー!」
「きゃっ!」
ベルナデットが勢いよく抱き着いたのだ。そして元気な声で言った。
「これから復活祭の卵 (Ostereier) が配られるの。一緒に行こ?」
「卵……ですか。そうですね。わたくしも行ってみます。で、では、レギーナ」
ベンチから立ち上がったソフィーは、私の方をちらと見た。
さっきの笑顔は消えて、今は少し緊張した、何かを決心したかのような表情だった。
「行こっ、ソフィー!」
手を引っ張るベルナデットに、ソフィーは答えた。
「……はい、ベルナデット……」
彼女がその名を呼んだのは、それが初めてだった。ベルナデットは喜んで、ソフィーをさらに急かしたのだった。
「レギーナ。わたくし、行ってきます!」
「ええ、行ってらっしゃい」
Maikäferの日本語訳『コフキコガネ』は、yoshicamiyakonoさまに教えていただきました。親切に、ありがとうございます。




