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17.ベルリンでの休暇⑧

 読書会に、私の『性質』の事。


 短い時間に思いがけないことを体験して、ソフィーは疲れていた。


 コーヒーハウスを後にして、宿に戻ることにした。


「レギーナ、今日は傍に居てくれて、ありがとうございます」

 

 道すがら、ソフィーはぽつりと呟いた。


「私はあなたの家庭教師ですから。当然ですよ」


「いいえ、レギーナ。教師とは、知識を教える方のことです。それが仕事です」


「ええ、ですから……」


 私の言葉を遮って、ソフィーは言った。


「教師様がみな、レギーナのようではありません。教え方や、傍に居て、支えてくださるかどうか。そういった所に、その方の心が表れるのです。そしてレギーナ、あなたは……」


 これまでに何人かの家庭教師を経験してきた彼女は、繋いだ手を強く握った。


「あなたは、わたくしの事まで思ってくださいますね。まるで良人(おっと)のように、わたくしを包みこんでくださるのです。今日はそれを知る機会だったのだと、そう思うことにします」


 夫に人生を懸けて尽くすことを理想とする教理問答を聞き、そして私の持つ奇妙な性質を知ったばかりだというのに、この生徒は、私がまるで良人(おっと)だと、そんな大胆なことを言うのだった。


 私自身、この『奇妙な性質』を他人に話すことはめったにない。話したとして、気味悪がられるか、それか、そのような感情はいつか男性を愛するためのリハーサルなのだと真面目に受け取らない人間がほとんどだった。


 疑うことなく私を受け止めてくれたのは、ソフィーが初めてだった。


 読書会で怒鳴られ、涙するソフィーを見ていることしかできなかった私は、一つの決意を固めたのだ。私は、私がいる限りは、この子の自由な知性を守る良人(りょうじん)となろう。


 できるだけそばについてあげて、さながら彼女の良人(おっと)のように。人生の大事な時期の、思考の伴侶になろうと、今一度、そう決心した。



◇◇◇◇



「そういえば、レギーナ。あの教理問答を聞いて思ったのです」


 お昼寝をするために、宿の部屋のベッドに横たわったソフィーは、何か思い出したようだった。


「あの、お母さまは、わたくしを愛しておいででしょうか……」


「ソフィー、それは……」


 シュライアーマッハー氏の、女性のための教理問答。その第五節。


『あなたの子が、すこやかに育つよう、その身を捧げなさい』


 あの教理問答を、ソフィーは自分にだけでなく母親にも当てはめて考えているのだろう。


 夫人は、ソフィーがすこやかに育つように、その身を捧げていると言えるだろうか。


 アルトハウス家で家庭教師をして五か月。


 そのことに気が付くのに、時間はかからなかった。


 明らかにソフィーは愛されてはいなかった。


 フランス語も話す夫人が、読み書きのできないソフィーのことを放っておくなど、常識からは考えられないことだ。


 しかし、ソフィーにそんなことを言えるはずもなかった。娘が母親に対して疑いの目を持つこと。それは絶対に避けねばならなかった。


「もちろん、アルトハウス夫人も、ソフィーが大好きですよ」


 私は、彼女の良人(おっと)として、妻に最初の嘘をついた。


 そういえば、かの教理問答では、嘘も禁じられていた。やはりあのような指南書は、理想を描くだけで現実には当てにならないのだった。

 レギーナとソフィーはコーヒーハウスで休憩をしたことにしていますが、果たして当時のベルリンのコーヒーハウス、若い女性が二人で気軽に入れるものだったのか、定かではありません。後から改稿する可能性があります。


 19世紀初めのフランスでは、小市民やプロレタリアートも訪れるタイプのカジュアルなカフェがマルセイユやリヨンから全土に広まっていったそうです(https://de.m.wikipedia.org/wiki/Caf%C3%A9)。フランスの外ではどうだったのだ……

 

 当時のコーヒーハウスの様子を描いた絵画を漁ってみると、厳ついダンディなオジサマの社交場として描かれています。コーヒー飲んで頭をキリッとさせて、政治とかを語り合ったり、チェスでもして遊んだのでしょう。


※追記:イングランドでは早くからコーヒーハウス/カフェは万人に開かれていたのですね。つこさん。さん、情報ありがとうございます。

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