魔法学院一年目 : 年末年始の過ごし方
「なぁサーシャ。 今更なんだがな、ティスの誘いに乗って、メディチ家で過ごすのも有りだった気がするんだ」
「本当に今更ですね…… イレーネさんたちからの手紙を読んで、断る方が難しかったと思いますけど」
「うう…… そうなんだがな……」
真昼のヴィスコンティ家の屋敷前にて、苦々しい顔をしている二人の少女の姿があった。
年末年始の過ごし方について、散々悩んでいた時に、帝都の屋敷の面々からの手紙が届いた。
そこまで長くもない短い手紙だったが、その文は情に訴えるものがあった。
アレシアやクレリアの文から溢れる親愛の情に、年末年始に会える事を楽しみにしている、と書かれては帰らない、という選択を出来ないほどに、サーシャもフィオレンツァも善人だった。
イレーネの文だけは作った様に感じられたのは、彼女の性癖と性格をわかっているからだが。 アレシアたちの手紙にほだされていた彼女たちは、まぁだまし討ちもしまいと思ってしまっていた。
少しばかり片付ける必要がある領地関係の雑事をこなし、遅くはなったが大みそかに当たる日には帰ってこれた。
「フィオ様、本当に本当に今更なんですけど、あの手紙書く様に言ったのってイレーネさんなんじゃ……」
「…………………」
その可能性は考えていなかったのか、それとも考えたく無かったのか、フィオレンツァはさらに厳しい顔になった。
ほくそ笑むイレーネの姿が見えるようだった。
フィオレンツァの表情を見て、サーシャは慌てて彼女をなだめ、急かした。
「わ、私の考え過ぎかもしれませんし! さ、寒いですから早く入りましょう!」
「……そうだな、考え過ぎだな。 私の忠実で優秀な家令であるイレーネがそんな事をするわけがない。 ……無いよな?」
疑いを拭い切れていないフィオレンツァを無理矢理押し込みながら、サーシャたちは屋敷の門をくぐった。
扉を開けると待ち構えていたであろうアレシアが、狐耳をピコピコさせて駆け寄ってきた。
サーシャを衝突する様に抱きしめて、目を閉じる。
「うん、久し振りに抱っこするサーシャも、抱き心地が良いね」
「アレシア、毎度毎度の事だがサーシャが呼吸困難になる前に離してやれ…… それと、ただいま」
「お帰りなさいませ、お嬢様。 大体、半年振りですね」
「!?!!!!?!?!!?」
ジタバタと暴れるサーシャを文字通り胸に、アレシアは柔らかな笑みを浮かべた。
-----
サーシャが解放される頃には、イレーネとクレリアも玄関まで出て来ていた。
イレーネもクレリアも笑って歓迎していた…… イレーネの笑みに少しだけ邪気を感じたのは、サーシャだけだったろうか。
「さて!」
パンッと手を叩いてイレーネが注目を集めた時、ビクリとしたサーシャとフィオレンツァは、着せ替え人形にされる覚悟を決めかけた。 手を叩いたら衣装ラックが出てくる仕掛けがあったとしても驚かない自信があった。
しかし。
「まだ昼前だからお嬢様たちは昼食をとってませんよね? クレリアが腕によりをかけて準備をしていましたから、昼食にしましょう」
優しげな笑みを浮かべ、手を合わせてそう提案してくる彼女は少し可愛らしく。 サーシャが来る前のあまり暴走しないまともな従者の姿に、フィオレンツァは感極まって頷いた。
「うむ、そうだな。 何があったか知らんがイレーネはまともだし、イレーネはまともだし、イレーネはまともだし! とても良いことだな!」
そんな主人の姿をサーシャは少しだけ呆れた様に見る。 サーシャには、今のイレーネが牙を隠した獣に見えて仕方が無かった。
「い、いえ…… 考え過ぎですよね……」
「何か言ったかな? サーシャ」
「な、何でもありません…… 信じてますからねイレーネさん……」
すがるようにしてイレーネを不安気に見るサーシャだったが、彼女の顔はすでにフィオレンツァの方に向いており、表情は見えなかった。
普段のヴィスコンティ家の昼食は簡単なものが多かった。 調理に手間がかかっていない、というよりも気軽に食べれる物だ。 一斉にテーブルに置いて主従集まって食事を摂る、それがいつもの光景だった。
しかし今日はコース料理だった。 次々と料理を出さなければならないので給仕は大変だ。 サーシャは手伝おうとしたがクレリアとアレシアに止められた。
「サーシャはエトルリアからわざわざ帰って来たんだから休んでてよ。 今日はサーシャも当家のお嬢様として扱うよ!」
太陽の様な微笑みで言うクレリアに、サーシャは戸惑いの表情を顔に貼り付けた。
「えっ? えええ……」
そう言われても、とサーシャは思う。 帝都に来てからというもの、常に働いて来たのだから落ち着くはずがない。 しかもここは雇い主であるヴィスコンティの屋敷だ、サーシャにとって家事をせずに過ごすことに強い違和感があった。
「そうだぞサーシャ、たまにはいいだろう。 どうも君は何もかも自分でやろうとしがちだ、特に家事に関してはな。 今日はもう少し余裕を持て、これは命令だ」
「うっ…… わかりました」
とはいえ長年染み付いた習慣はそう簡単に抜けない。 サーシャは学院の礼節の授業では落ち着いている姿とは打って変わって、そわそわとしながら従者たちの給仕を受けていた。
「うう…… せめて片付けぐらいは……」
食事を終えたサーシャは、家事をしている時よりも疲れた顔をしてフィオレンツァにしがみついた。
「なぁ、サーシャ。 せっかくクレリアたちが持て成してくれると言うんだ、あまり断るのもかわいそうだと思わんか? 見ろ、あの張り切り様を」
フィオレンツァが指差した向こうには、忙しそうに、しかし嬉しそうに片付けをする使用人たちの姿があった。
「そ、そうなんですけど。 フィオ様みたいに何もしないのなんて耐え切れません!」
「サーシャ、君は今、主人に向かってすごく失礼な事を言っているぞ。 あのなサーシャ、雇い主の立場などそういうものだ。 我々にしか出来ないこともあるだろうし、その時に貼り切ればいいだろう」
「そうだよサーシャ、君にしか出来ない事が、そしてお嬢様にしか出来ない事が色々あるさ」
洗い物をしていたはずのイレーネがスッと現れた。
「うわっ、急に出てくるな。 驚くだろ。 ……そうだ、あらかじめ言っておくが着せ替え人形にはならんぞ! 私だけでは無くサーシャもだ。 年末年始ぐらい休む!」
「フィオ様……! 私の事まで…… 一生ついていきます!」
サーシャをイレーネからかばう様にするフィオレンツァに、サーシャは感激した表情で見つめた。
そんな二人を余裕の表情でイレーネは見ていた。
「ええ、わたしもそんな事をするつもりはありませんよお嬢様。 安心しなさいサーシャ、急に家事から解放されて混乱する気持ちもわかるがね。 どうぞお二人共、ごゆるりとお過ごしください」
そう言ってイレーネはカモミールティーを二人分置いて、スカートを掴み、礼をして立ち去って行った。
人が変わった様な落ち着き方に、サーシャは強い危機感を抱いた。 何かのために我慢しているような、そんな計画を練っているようにも見えた。
「な、何かおかしくありませんか? いつものイレーネさんじゃ無いですよ。 いつもなら私の部屋でいっぱい衣装持って待ち構えてたり、いつの間にか衣装棚の服が変わってたり、起きたら寝間着だったはずが新しい服になったりしてますよ。 ハッ!? まさかそのカモミールティーに睡眠薬が! フィオ様! 私が毒味します!」
「な、なんだそれは…… そこまでされてたのか……」
自らの知らないイレーネの奇行に、フィオレンツァは目に見えて引いていた。
「いえ、一瞬で眠る様な睡眠薬では無いかもしれませんね。 用心に用心を重ねた方が……」
「まぁ、イレーネもサーシャが相当気に入っていたということか。 使用人同士が仲が良いのは良いことだ」
ブツブツと混乱した瞳で呟いているサーシャを尻目に、フィオレンツァはカモミールティーを楽しんだ。
-----
そこから夕食まで、サーシャとフィオレンツァは共に書斎で雑談などしつつ過ごした。
雑談の内容は、サーシャが作ったフレーバーティーを雇った者に作らせ、市場に流した結果の売り上げだったり。 領地の作付けの相談であった。 少女たちが気軽にする雑談としては重いものだったが、いつもの事なので彼女らはゆっくりと話しながら過ごした。
「国を通す必要はあると思いますが、貿易先の国に作物の情報を売って、代わりに作ってもらうという手はどうでしょうね」
「帝国だけでは無く、他の国で量産させるのか。 価値が下がりそうだな」
「関税も無いですからねぇ…… けれど、帝国では育ち辛い作物の育て方を知っていても仕方が無いでしょう。 果物を乾燥させた物を混ぜた紅茶とか、別の国に作ってもらう方が楽ですよ。 元々材料はあちらにあるんですから」
サーシャの頭にあるのは、イギリスにおけるインドでの紅茶関連の会社設立の様なものだ。
この世界の人間は人が良い…… というだけでは無いだろうが、貿易に関税などは取っていないからかなり自由に品物が出入りしている。
茶葉の材料は帝国では育たないから、育ちそうな気候の所に植えてもらおうという計画だ。 飲む側からすれば茶葉が安くなるのは結構な事だ。
「カティに言ってみたらどうだ。 君に会いたいとかこの前の手紙にも書いてあったしな」
「年末年始は忙しいでしょうから…… フィオ様の手紙に混ぜさせて頂いても良いですか?」
「良いぞ。 まぁ急ぐわけでもあるまい? 今度返事が来た時には言うよ」
領主たるフィオレンツァや、食欲と興味だけで動いている、精神年齢は四○歳近い者の会話などこんなものであった。
学院でキャピキャピした少女たちから、一歩引かれた立場として扱われているのは幸いだったと言える。 間違いなく話についていけなかっただろう。
(ロイヤルミルクティーの製法とかも広めてみようかなぁ。 この世界の牛はやたらと大きいけど、牛乳の味はあまり変わらないし)
普及すれば需要が増して市場に出回る。 自らの食欲を満たすべく、サーシャは頭から食べたい、飲みたい物の作り方を思い出そうとしていた。
-----
この国の年越しは年が明ける頃に夕食を取る。 その時間になって、アレシアが呼びに来た。
サーシャは背中にアレシアが抱きついたままでダイニングに向かっていた。
「サーシャはあんまり背が伸びてないねー わたしは、このままの方が、可愛くて良いと思うよ」
「あんまりどころか全く伸びてないんです…… 牛乳も飲んでるんですけど」
栄養素の存在を知っているサーシャは、カルシウム含有量が多いであろう食物を多めに採っていたが、身長は未だにギリギリ一四○センチほどである。
「私は伸びているのにな」
フィオレンツァは一五五センチを超していた。 年齢を考えると普通か少し大きいぐらいだ。
「成長が全部、胸にいっちゃってるのかもね」
アレシアはサーシャの胸を掴む。 サーシャの表情が一気に暗くなった。
「やめてくださいよ…… 最近本当にそうなんじゃ無いかと思ってるんですから……」
アレシアほどでは無いが、イレーネほどにはサーシャの胸は成長していた。 同年代でここまで胸がある娘は居ない。
「お嬢様はぺたんこのままなのにね」
「うるさいぞアレシア!」
とはいえフィオレンツァは母を思い返す、母も胸はぺたんこだった。 母の血を継いでいる自分も期待出来ないかもしれないと。
フィオレンツァはサーシャの胸部を睨みつけた。
「睨まないでくださいよ…… 私だって分けてあげられるならあげたいですよ。 その代わり身長ください……」
「なんだそれは、嫌味か! 嫌味なのか!」
「本心ですよぅ……」
サーシャこと"彼"はこの状況を特に喜んではいないのだから。
ダイニングに着くと、全ての準備は整っていた。 サーシャはやはり何も手伝っていないことに罪悪感を持っていたが、ニコニコと笑うクレリアに何も言えなかった。
レティッキエとザンポーネの煮込みなど様々な料理が並んでいる。
「ささっ、サーシャお嬢様。 こちらですよー」
「やめてくださいよクレリアさん…… 頭がどうにかなりそうです」
サーシャはクレリアに椅子を引かれ、軽く頭痛がし始めてきた頭を抱えた。
「良いじゃん、可愛げの無いお嬢様に可愛げのあるサーシャで釣り合い取れてるよ?」
「フィオ様に聞こえますよ……」
だが、フィオレンツァには聞こえていない様だった。 彼女は毅然とした態度で席に着き、口を開く。
「さて、今年も終わるな。 皆、ご苦労だった。 さぁ、食べて飲んでくれ。 いや、サーシャは酒を飲むなよ、間違えるのもダメだ、厳命する。 いいか、こっちが酒であっちが酒じゃない方、わかるか? 復唱してみろ。 こっちとあっち、わかるな?」
「ねぇクレリアさん、なんで私はここまで注意されてるのでしょうか。 心当たりが全く無いのですけど……」
「わかんないなぁ、大体サーシャがお酒飲んだことあったっけ?」
「うーん、覚えが無いですね……」
フィオレンツァがその会話を聞いて顔を赤くしながら苦々しい表情をしていると、イレーネが顔を伏せて笑いを耐えているようだった。 ブランデーケーキの一件はフィオレンツァにとってかなりのトラウマになっているようだ。
「と、に、か、く! 杯を挙げろ」
テーブルに集った皆はグラスを挙げた。
「乾杯!」
フィオレンツァの合図と共にグラスが掲げられた。
-----
「少し飲み過ぎたか……」
年明けから少し時が過ぎ、フィオレンツァはまだ中身が入ったグラスを呷りながら、赤い顔で呟いた。
そんなフィオレンツァをサーシャは少し心配そうに見ていた。
「フィオ様、大丈夫ですか? まだ十三歳なのですからお酒は程々にしておいたほうが良いですよ」
「まだクレリアとアレシアとは違って意識はある。 自分が飲める酒量ぐらいわかっているつもりだ」
サーシャはクレリアとアレシアに毛布をかけながらその言葉を聞いていた。
「むぅ…… ならば良い…… んですかね?」
前世での常識、酒は満二○歳になってから、というのがまだどうにも頭に残っているサーシャは首を傾げていた。
「寂しいなぁ、サーシャはわたしの心配をしてくれないのかい?」
フィオレンツァより飲んでいるはずだが、顔色が変わらないイレーネが寄りかかってくる。 見た目には酔ったようには見えないのだが、絡み酒の様だ。
「イレーネさんは…… 大人ですし……」
女社会で少しは揉まれた経験が生きたのか、年齢は言わずに大人、という単語だけで済ませた。 年齢を口に出したら何をされるかわからない、イレーネは微妙な年頃だ、普段話す少女たちよりも。
「サーシャも飲めれば良いんだけどね、酔うという気分も中々良い物だよ。 気分が高揚して嫌なことも忘れられる。 まぁ今はあまり嫌なことも無いのだけどね、わたしは今、好きな事をしているから」
前世でも酒は嗜まなかったサーシャは、その気持ちがわからなかったが。 イレーネの表情から、本当に良いと思っているのだと感じた。
「ふぅん…… そういうものですか……」
少し試してみたい気持ちもあったが、飲むなと厳命されている身である。 横目でチラリと、数本の瓶が空っぽになっているのを見るだけにした。
「そろそろクレリアとアレシアと部屋に連れて行ってあげないとね。 こんなところで寝てたら風邪を引いてしまうよ。 片付けはわたしがやるから、サーシャはやらなくていいよ。 今日は貴女はこの家のお嬢様なんだからね?」
片付けようと空いた皿に手を伸ばしていたサーシャは、諦めたようにため息を付いた。
「イレーネさんまで…… わかりました、わかりましたよ。 では、フィオ様を連れて行くので後はお願いします」
少しふらふらしていたフィオレンツァを寝室に連れて行くため、サーシャは席を立った。
-----
「ふぅ……」
サーシャは風呂に浸かり、体を伸ばす。 多分誰も入ってこないだろうから擬態も解いている。
透明なお湯の中にある、自分の体に未だに慣れない。 擬態を解いたのならば尚更だった。
「こう言ってはなんですが、人間に生まれ変わりたかったですねぇ……」
確かに神人族は利点が多く、人間より優れているだろう。 いつまでも若く、魔力も多く、寿命も長い。
しかし、性的には妙な生物だ。 サーシャはそこだけが気に食わない。 そして、そこが"彼"にとっては重要だった。 長い寿命もいつまでも若い事も、さほど重要視はしていなかった。 "彼"は欲が薄いのだ。
そんな事をぼうっと考えていると風呂場の扉が開いた。
「ん? 何だサーシャか」
扉の開く音と共に擬態をかける。 手慣れたものだった。
「ひっ! ……フ、フィオ様ですか」
「ああ、寝る前に湯に浸かりたくてな。 そういえば、サーシャと風呂に入るのは初めてだな」
フィオレンツァは体を洗い流すと、サーシャの隣に入ってきた。 サーシャは脱出するチャンスを逃したことを悟った。
(なんで女の子はみんな構わずに体を堂々と見せるんだ……)
フィオレンツァの方を見ない様に必死になって顔を背けるサーシャ。
「サーシャは肌を見せ合うのがあまり好きではない、と皆に聞いたが本当だったか。 女同士だ、恥ずかしがる事もないだろう?」
皆、というのは寮の面々も含まれているのだろう。 サーシャが風呂に一番最後に入る様にしているのは全員が知っていた。 そして、たまにリリアナやティスティアーナがわざと入ってくると、直ぐ出ていってしまうのだと。
(そう言われましても……)
もし、今世の体が完全に女ならばそれでも良かったのだろうが、そうとも言い切れない微妙な所なので、困っているのだった。 擬態をかけていれば、見た目も感覚も女なのだが、それはそれ、これはこれである。
「こうして見ると本当にでかいな……」
サーシャが目を逸らしていると、フィオレンツァはサーシャの胸をじぃっと見ていた。
「う、うぇっ! そんな覗き込まないでください!」
サーシャは慌てて胸を隠す。 そんなサーシャに加虐心がくすぐられたのか、ニヤリと笑ってフィオレンツァがさらに近づいて来た。
「言っているだろう、女同士だから気にする必要もない。 そらっ!」
フィオレンツァがサーシャに飛びかかり、胸を揉み始めた。
「おおう…… 食べてる物は同じなはずなんだがな…… なんでこうも差が付く! このこの!」
「ちょっ! フィオ様! 痛いです!」
「うーん、じゃあこんな感じか?」
強めに揉んでいたフィオレンツァの手が、ゆっくりしたものに変わっていった。
「ひっ! そ、そうじゃなくて触るのをやめてくださいぃ……」
「いや、だがなサーシャ。 中々揉み心地が良くてな」
「だがなじゃないですよぉ……」
風呂場の扉が再度開いた。 扉を開けたイレーネが見たものは、主人が侍女を襲っている姿だった。
サーシャの顔は赤くなり涙を貯め、フィオレンツァの顔は楽しそうに笑っていた。
イレーネは一瞬だけ頭が真っ白になったが。 直ぐに落ち着きを取り戻し、思考を始めた。 これは主人を止めるべきなのかと。 サーシャは嫌がっているようにも見える、涙まで貯めていることから明白だ。
手を躊躇なく動かしていたフィオレンツァが、ググっと頭を向けてイレーネの顔を確認した。 彼女の手の動きはゆっくりと止まり、サーシャはフィオレンツァから離れた。
「うぅ…… 酷い目に合いました……」
サーシャの言葉を聞き、しばらく真顔で考え込むイレーネと、乱入者の存在に停止したフィオレンツァ、長く感じられたその時間は唐突に終わった。
「合意なら良いと思いますが、同性愛は非生産的ですよ」
そして、イレーネは風呂場の扉を閉めた。
「ま、待て! イレーネ、これは誤解だ! 戻ってこい! お、おい、サーシャ! イレーネを止めてくれ!」
「誤解も何も襲われてたのは本当ですよぉ……」
そんな声も聞こえないのか、イレーネは服をさっさと着て風呂場から立ち去った。
「うむ、やっぱりわたしが好きなのは可愛い女の子同士がキャッキャッウフフしてるのであって、本気なのは少し引いてしまうな……」
自らの性癖を再確認出来たイレーネは、少し気分良く部屋に戻るのだった。
イレーネはきんいろモザイクは良くても桜Trickはダメなタイプなんでしょう。
私はその花びらにくちづけをシリーズまでいけます。




