魔法学院一年目 : 年越しの過ごし方
「サーシャ様は年末年始はどうなさるのですか?」
年末に近いある日、クラスメイトのイオナ嬢との雑談中にそんな話題が出た。 年末年始は魔法学院は休みとなるためだ。
年齢は同じであり、世間的な立場では上である筈の貴族のお嬢様から、様付けされることにまだ慣れぬサーシャだったが、何度言っても直してくれないので諦めることにしていた。
「そうですね…… 私はフィオ様の侍女ですので。 ついて行こうと思っています。 私の家族は散り散りですが連絡は直ぐ取れますから」
サーシャは顎に指を当てつつ、少し考えてからそう答えた。
両親は遠い国の空の下だし、兄は帝都にいる。 そもそも『通信』の魔石のお陰か家族と離れている、という感覚があまり無かった。
隣国ですら船便を使わなくてはいけないこの国では、手紙を送るだけでも一ヶ月ほどかかる。 留学している生徒たちに比べれば、サーシャは家族との交流に恵まれている方だろう。
「わたくしは久し振りに国元に戻りますわ。 エトルリアも素晴らしい町ですが、わたくしの故郷も中々の物です。 サーシャ様もいつかいらしてくださいね」
イオナは隣国であるゴールからの留学生だ。 エトルリアからエステの港まで行き、そこから船で戻るのだろうが、二日はかかるだろうなとサーシャは踏んだ。
「そうですか…… 来年もここで会える様に、無事な旅路であることを祈っています」
海でも陸地でも構わずに魔物が出るこの世界では、ただ帰省するのも決して安全ではないだろうから、サーシャは心配した表情でそう答えるのであった。
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「と、まぁそんな話題が出たんです。 寮の皆さんはどうするのか気になりまして」
夕食後のティータイム。 サーシャは烏龍茶をティーポットからカップに注ぎつつ皆に聞いた。 乾燥させた桃の果肉と一緒に淹れた烏龍茶は、香しい桃の香りを放っている。 フレーバーティーの作り方をおぼろげながら覚えていたサーシャが、試行錯誤の上で完成させた物だ。
「エレナは帝都の実家に戻るのよね?」
「うん。 そうするつもりよぉ。 ジーナは相変わらず寮に居るの?」
「帰る場所なんて無いのだし、孤児院に戻る気にもならないわね」
エレナとジーナは去年の経験からか、お互いの過ごし方をわかっているようだ。 その後、エレナがジーナを実家に誘っていたが、ジーナは少し困った様な笑顔でそれを断っていた。 ジーナはジーナで何か思う所があるのだろう。
それを横目に見つつ、サーシャは話を進めた。
「他の皆さんは?」
「あたしはアマル家の屋敷に呼ばれてるんだよねー まだあそこが実家とは思えないんだけど、ここに居てもだらだらしてるだけだろうし。 孤児院には帰りたい訳でも無いし……」
"実家"となったアマル家からリリアナには、定期的に経過を報告する様に要請があるそうだ。 休みである年末年始に直接顔を合わせて、養子の成績を報告させるのだろう。 家族関係というか、雇われ人の報告会に近い物があるが、それ目的にリリアナを養子に取ったのだからそういうものなのだろう。
「メディチ家は毎日パーティするとかであたしも付き合わされるのよねぇ…… 正直寮でだらだらしてたいわ」
この場合のパーティは政治的な意味もある。 一つの大きな町を支配するメディチ家との関係や取引を再確認するのだ。 令嬢たるティスティアーナも無関係では居られない。 当人としては迷惑な話だろうが、一人娘であり、次代の当主には必要な事だ。 本人にその自覚が無く、継ぐつもりもあまり無さそうだが。
「そういうサーシャはどうするんだ。 年末年始ぐらいは自由にして良いぞ? とはいえ、ご両親はまだ旅を続けているのだったか?」
「ええ。 もうすぐ最西端の国に着くとか言っていましたね。 良くもまぁそこまで行けるものです。 ですから、私は許されるならフィオ様について行きますよ。 嫌だと仰るのならば寮で待機していますが……」
「嫌だなんて、言わん」
ぎゅっとフィオレンツァの手を握り、様子をうかがいつつサーシャは見上げる。
少し照れた様なフィオレンツァの表情を、サーシャは少し不思議そうな顔で眺めていた。
「うっわぁ…… ねぇ、リリアナ。 あれ天然でやってると思う?」
「天然でしょ。 サーシャちゃんああいう所は鈍そうだし。 男の人だったら立派な女たらしになれそう」
リリアナとティスティアーナがこそこそ話しているのに、サーシャは気付かなかった。
「そうだな。 大した用もないが帰るか。 イレーネ達と顔を合わせるのも悪くはないだろう」
"帰る"という単語をわざわざ使うフィオレンツァが少し可愛らしく思えて、サーシャはニコリとして微笑んだ。
「けれどフィオ様、用が無いとは限りませんよ?」
「なんだ? 何かあったか? 私の判断が必要な書類は最初からこちらに送らせているし、手違いで帝都の屋敷に届いたとも聞いていないが」
不思議そうな表情をするフィオレンツァに、サーシャは少しげっそりした様子で答えた。
「いえ、イレーネさんの事ですから。 帰ったら喜んで私たちの身体を計測すると思うんですよね…… 帰る頃には沢山の服を持たされるのが目に見えます……」
毎月の様に季節ごとの服を送ってくるイレーネ。 サーシャが雇われてからと言うもの、彼女のタガは何処かへ外れてしまった。 そんな輩の前に顔を出せば、間違いなく二人とも着せ替え人形にされるだろう。 そう、二人ともだ。
言われて気が付いたフィオレンツァは顔を青くしていた。 イレーネのセンスは悪くない、と彼女は判断しているため、服が送られて来るのだけなら良いのだが、実際に着せ替え人形にされるのは恥ずかしい。
「なぁ…… 帰るのやめるかサーシャ……」
「帰らないって言ったらこっちに飛んできますよ、多分。 もしくは相当恨まれそうです……」
難しい表情でどうすればいいか悩んでいるサーシャたちを見て、リリアナは戸惑った顔で呟く。
「イレーネさんって人、どれだけ怖いんだろう…… サーシャちゃんとフィオがあれだけ悩むなんて」
「あたし見たことあるけど、礼儀正しい普通の従者に見えたわよ? まぁ見かけただけだし、あんまり話したわけでも無いけど」
ティスティアーナは何度かイレーネに会っている。 メディチ家の屋敷であったり、ヴィスコンティ家の屋敷でだ。
流石のイレーネも、本性を客の前では出していなかったから、ティスティアーナは事を知らない。
「とはいえあそこまで難しい表情をしているんだ。 厳しい人なのでは無いかな?」
「そうねぇ。 わたしの家にも厳しいお局の人は居たわよぉ。 おばあちゃんみたいな人だったわぁ」
ジーナとエレナも口を挟む。
「まだ若かったし、そんなに厳しそうでは無かったわね。 フィオはそつがないから失敗とかロクにしないしね。 そういえばこんなことがあったわね……」
意図してはいないのだろうが、ティスティアーナは友人の自慢話をしていた。 その後、彼女はフィオレンツァが如何にパーティや来客時の対応を華麗にこなしているかを語り続けた。
一方、話の中心のフィオレンツァたちは。
「どっちへ進んでもダメそうだな…… そうだ、仮病を使うのはどうだ」
「それこそこっちへ来る名目を与えてる様なものじゃないですか。 感染する病気だーなんて言ったら誤魔化すのも大変ですよ、怪我でもダメですね、絶対来ますよ」
思い悩むサーシャとフィオレンツァ。
フィオレンツァを褒め称えるティスティアーナと聞き入る面々。 軽いティータイムだったはずの時間は、混沌とした空間になっていった。




