魔法学院一年目 : 騎士団の武器
ディエゴが帝都へ飛び去ってから一週間が経った。 その間、連絡が無い事に騎士団員たちは困惑していた。 ディエゴはまめな性格で、報告や連絡は欠かす事が無かった、それなのに、と。
連絡員を帝都へ向かわせようかという意見が出始めた頃だった。 上空からばさばさと翼の音が聞こえたような気がして、一ヶ月前にエトルリア所属となったアウルは、燃えるような赤い髪を振り乱しながら上空を見た。
鋼の鎧に全身を包んだ鳥人が降りてくる。 さすがに翼までは包んでは居ないが、全身を鋼色に染めたようなその姿に白い翼が印象的だった。
「今戻った。 アウル! 皆を集めてきてくれ」
「了解しました隊長!」
エトルリアでは新入りである自分が、名前を覚えられているとは思っていなかった。 少し嬉しく思いつつも、修練中の同僚たちを呼びに駆け出したアウルは、ディエゴが見に纏っていた鎧に見覚えが無い事が頭の隅に引っかかっていた。
「よし、皆集まったな」
周りを見渡して、ディエゴは文字通り羽を休めていた。 会議室として使っている広い部屋には、エトルリア所属の騎士たちが集っている。
彼らは長机に置かれた全身鎧に注目していた。 全身を包み込むような鎧は通常あまり使われない。 騎士団は特にそうで、彼らは機動力を重視している。 魔物を討伐に行く際に、重くて体力を奪われる全身鎧は好まれないからだ。 探索者はまた別である。 彼らの中には全員に防具を行き渡らせる事が資金的に出来ず、一人だけ全身鎧を着せて壁役にしている者らもいる。
ディエゴは全身鎧を指差して、本題に入った。
「これが我らのガルヴォルンに対する武器だ」
「武器!?」
騎士たちは一様に驚いた。 窓からの光を浴びて輝くそれは、彼らには鎧にしか見えなかったからだ。
「そうだ、これは鎧でありガルヴォルンに対しては武器となる。 我が一週間、帝都に篭っていたのは宰相殿や騎士団長殿と相談していたからだ、ガルヴォルンに対して、我々がどう戦うべきかをな。 それに対する答えがこれだ」
そう言ってディエゴは鋼の全身鎧をコンコンと叩く。
「ガルヴォルンに対する武器となれば、鋼で出来た剣や槍かと思っていたのですが」
エトルリアの騎士団長のディエゴに対する礼を失せないように、アウルは慣れない丁寧語を使いながら疑問を述べる。
彼の真っ直ぐな瞳を受け止めながら、ディエゴは頷いた。
「そうだな、我も最初はそのつもりであった。 しかしだ、ガルヴォルンは鋼に触れれば溶ける。 ならば剣や槍を力強く振り回す必要は無い、という結論に至った。 当ててしまえば良いのだからな」
ディエゴはそこまで一息に話すと、少しだけ呼吸を整えた。
「そこで鎧だ。 我々は魔法学院の生徒と共に遺跡へ入ることになる。 彼女らを守らねばならん、剣や槍ではゴーレムの攻撃から彼女らをかばえないのだからな」
「ガルヴォルンハンドやゴーレムの攻撃を受けて、相手を溶かす。 ということでしょうか?」
「そうだ。 ガルヴォルンに対してはそれが一番懸命だと判断された。 それに、攻めるならば体当たりでもすれば良い、腕を振るっても蹴り上げても良い、触れれば溶けるのだからな」
攻防を一体とした戦法だった。 鋼が触れることでガルヴォルンが溶けるのなら、全身を鋼で包めば良い。 強度はミスリルに劣るが、ガルヴォルンに対しては無敵の防御力だ。 ミスリルと比べて大分重いのが珠に傷だが。 ミスリルゴーレムの対処は魔法学院の生徒に完全に任せる形となる。
「鋼の全身鎧…… 着て動けるかな?」
つい口調がいつもに戻り、不安そうに鎧を眺めるアウルにディエゴはニヤリと笑う。
「大剣を振るう貴様も候補だぞ?」
苦い顔をしてその言葉を聞く。 アウルがサーシャにダメ出しされて三年近くが経つ。 彼は今、大剣に振り回されていた時とは違い、筋力トレーニングを積み大剣を自らの意に沿って動かせるようになった。 そのお陰か、体力だけは人間としては上位になった。 とはいえ、ずっしりと重い全身鎧を着て素早く動けるかは自信が無い。
「その他には亜人の諸君に装備してもらう。 ブルーノ、カルノ。 取り敢えずは貴様らだ。 君らに合った物を作るように鍛冶屋に伝えてきてくれ」
ブルーノ、カルノは熊の亜人である。 彼らはふさふさの体毛を撫でながら、ディエゴに向かって頷く。
亜人は人間と比べ、身体能力が勝る。 彼らならば全身鎧もさほど苦も無く着れるだろう。 体力が無尽蔵に近い熊の亜人なら尚更だった。
猫の亜人であるソニアが、遺跡で活躍出来ているのもそういった理由である。猫の亜人は動きが素早く、判断能力が高い。 その上、暗闇でも多少の光があれば見通せるのだ。
「よし、この鎧を全員着てみろ。 ある程度動けるものは戦力として数える」
「あのぉ…… 動けない人は?」
アウルが不安そうに聞く。 全身鎧は相当に重い、大剣が操れる様になったとはいえ、着て動けるとは限らない。
「ふむ…… 訓練だな」
ニヤリと笑うディエゴに、アウルはやぶ蛇を突ついた事を後悔するのであった。
それからしばらくが経ち、夏も終わりに近付いていた。
先遣隊の働きにより、情報と戦法は関係者に全て伝わった。 特にガルヴォルンの対策法が分かったのが大きかった。 先遣隊の活躍が無ければ、未だにミスリルの武器で対応していただろう。
南の遺跡には全身鎧姿のアウルとブルーノ、そしてカルノが前列として並ぶ。 後列には、学院の三年生から選りすぐられた、今すぐにでも探索者として活動出来る少女が三人並んでいた。 少女たちは緊張した面持ちで制服に身を包んでいる。 彼女らに全身鎧はきつい、ならば全く重くなく、動きに支障が無い制服でいいだろうと判断された。
「ブルーノ、カルノ、準備いいか? お嬢さんたちも」
すっかり全身鎧で大剣を背負って動くのにも慣れ、訓練の成果か素早く動ける様になった。 アウルは仲間たちに声をかけ、遺跡の中へ入って行った。




