魔法学院一年目 : ある夕食にて
「とまあ、ガルヴォルンは使い所の少ない金属でした。 魔力を使った火だと温度変化しないので、ミスリルの金型には良さそうでしたけど。 魔法を完全に防ぐということで、四角く加工して学院に的として進呈しました。 一切壊れないので安心して使ってください。 良かったですねエレナさん、遠慮なく魔法を使えますよ」
サーシャはガルヴォルンに対する落胆を隠してはいなかった。 弓の魔法を弾いた時はかなりワクワクしていたのだが。
エレナはきゃあ、と飛び上がるように喜んだ。 今までは全力を出すと教師や周りの生徒に酷く怒られていたためである。
フィオレンツァはバジルソースをかけた黒鯛のグリルにナイフを通しながら、口を開く。
「魔法に対する完璧な防御か…… 使い道がありそうで無いな。 ミスリルの様に防具として優秀ならとにかく…… この鯛、パリッとしてて美味いな」
「鯛、美味しいですねぇ…… 戯れに鋼で出来た水筒に、ガルヴォルンを入れてみたのですけど、完全に液状になってタプンタプン鳴ってましたよ。 液状にして持ち歩けるからってなんだって話ですけど」
サーシャは料理の自画自賛をしつつ、ガルヴォルンに対する愚痴をこぼす。 前世の知識を引き出すに、何でも切れる剣が作れるはずだったのだが。
「聞けば聞くほど変な金属よねぇ。 何のためにあるのかしら? ミスリルとは雲泥の差ね」
「ティス様。 金属は何かのためにある訳では…… んん?」
サーシャは自分の言った言葉に引っかかりを覚えた。 金属とは自然界に存在する鉱物を、人間の都合のいい形に改良した結果であって……
(いや、この世界では鉱物という形を取ってない。 最初から金属として埋まっているんだから、その考えは無意味だろう)
本当にそうだろうか。 少しだけサーシャの頭にはそんな考えが浮かんで消えた。
「それにしてもぉ、フィオちゃんたち大丈夫だったの? 怖くなかったのぉ?」
ゆったりとしたエレナの口調だったが、心配しているのは本心らしく、心配する様に目を潜めていた。
彼女は魔物とは戦ったことがない。 しかし脅威であるということは知っている。 そのため、先遣隊として南の遺跡に送られた後輩たちが心配だった。
「危険は無かった…… とは言えないが、普通の探索者たちよりは安全だっただろうな。 ガルヴォルンハンド以外は遠くから魔法を撃っただけだ」
ガルヴォルンハンドが居なかったら、この戦法は確実に勝利を手に出来る物になっていただろうが、そう都合は良くなかった。
「ソニアちゃんが居てくれて良かったよね、居なかったら危なかったかも」
「リリアナの言う通りかもしれないわね、逃げようにもあいつ足速かったし。 わたしたちの装備は全員ミスリル製だったでしょ?」
リリアナは今回の遺跡探索のために、ナイフをミスリル製に新調していた。 ソニアはかたくなに叩き潰すための重たい鋼にこだわったため、助かったとも言える。
厳密にはサーシャが鋼のナイフを隠し持っていたのだが、実戦でその答えに行き当たったかどうかは微妙だろう。
ガルヴォルンハンドには足は無いのだが、石の床を滑るようにして高速移動してくる化け物だ。 少女たちが逃げ切れずに、怪我をしていた可能性は否めない。
それにしても、今まで大人しく聞いていたジーナが感慨深そうに喋る。
「対処法がわかって良かったわね。 ミスリル以外の金属に弱いんでしょう? 鉄の塊でも投げつければ良いのではない?」
「ああ、なるほど。 確かにそうですねジーナさん。 わざわざ近付いて切りつけなくても、金属製なら何でもいいんですから。 弓でも良いですね……」
鉄製の矢を作っておけばいいだろう。 魔石弓のコンパウンドボウとしての性能を発揮してもらえば良い。 サーシャのとてもとても貧弱な腕力でも、滑車の力でなんとかしてくれるだろう。
「念の為に、ミスリル以外の武器を作っておいてもいいかもしれないな。 そうすれば、接近されても何とかなるだろう」
「意外なところから、ミスリルが持て囃されていた弊害が出ましたね。 まるでミスリルの対処法を練ってきたよう……」
「魔物にそんな知恵は無いわよ。 あいつら、人を見たら突っ込んでくるしか能がないじゃない」
確かに魔物には知恵が感じられない。 頭の良い動物以下の様にも見える。
しかし。
「頭が悪くて大きい化け物って、それだけで怖いですよね。 まだ頭が良いなら、敵対しなくても良かったりするんでしょうけど」
そもそも彼らは何を食べて生きているのだろう。 サーシャは米のサラダを食べながらそう思った。
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サーシャから得られた情報を騎士団に伝えるため、エドガルドはエトルリアの騎士団詰所に来ていた。
詰所前の演習広場で鳥人族の青年と話をしている。 エドガルドはガルヴォルンを手に説明していた。
「と、まぁそんな感じだ。 うちの金属に詳しい生徒が調べたんだが、なんかこの黒い奴は鋼で切れるらしいぞ。 ガルヴォルンとかいう金属らしい」
「その情報はありがたい、我々でも対処出来るということか。 それにしても鋼か、騎士団全員の装備をミスリルにするのは大変だったというのにな」
エトルリア所属の騎士団隊長のディエゴは唸るように愚痴をこぼす。
少しでも装備一新の足しになれば、と鋼製の武器は売り払ってしまった。 彼らの手元には鋼の武器は無い。
「やれやれ、予算の増強などと言ったら宰相殿はどんな顔をなさるのやら」
エドガルドはその光景を想像して顔をしかめた。 宰相であるカティはサーシャの前で怒った事は無かった。 しかし怒ると怖いのは、少しでも彼女と接した人の間では有名だった。
予算の話となれば尚更だ。 ただでさえ忙しいだろうに、カティは自分でなんとかしようとするものだから、忙しい忙しいと怒るのだ。
「心中察するよ。 それでだ、うちの生徒に騎士団員を何人か付けてくれねぇか? サーシャちゃんの当初の考えじゃ接近戦は無いって話だったが。 子供たちにガルヴォルンハンドやらゴーレムと立ち回らせる訳にもいかんだろう。 鉄の弓矢を使えばどうか、ってサーシャちゃんは言ってたが、実戦で弓を使える奴なんて、サーシャちゃんとうちの娘ぐらいだ」
こっそりと娘であるティスティアーナを自慢するエドガルド。 それに気付いていないのか、ディエゴは悩むように腕を組む。
「それはもちろん構わないのだが、問題は武器だ。 ガルヴォルン対策というなら鋼の武器が必要になるということだろう。 ううむ、気は進まんが宰相殿に相談するか……」
「先遣隊の連中は自分たちはなんとか出来るだろうって言ってたがな、問題は他の生徒たちだ。 騎士団の準備が済むまでは待機ってとこだな」
ディエゴの目に、洗濯するために桶に積まれた衣服が映った。
「そうか…… ふと思ったのだが、布などはどうなのだ。 やはりガルヴォルンは溶けるのか?」
「ん? いや、どうなんだろうな。 ミスリル以外の金属で溶けるって話しか聞いてねぇ」
ガルヴォルンを調べていたサーシャは、金属で溶けるという固定概念から、その他の物質では試していなかった。
試してみるか? と言いながら、エドガルドは手元のガルヴォルンを服でこする。 しかし何の反応も無かった。 エドガルドの服は蜘蛛糸で出来た高級品だったため、溶けて染み込まなかった事に安心していた。 染みこむとは限らないが、コーティングされても重くなって困る。
砂をかけてみたり、石や木の枝で叩いたが反応は無かった。
「ダメみてぇだな。 あくまで金属か」
「布ならばいくらでもあったのだがな。 やはり予算の相談に行かなければならんか……」
本当に嫌そうだな、とエドガルドは気の毒そうな目をディエゴに向けていた。
「エドガルド殿、そのガルヴォルンを貸してくれないか? 宰相殿に説明して差し上げる。 南の遺跡の脅威は早めに無くしたいところだ。 急がなくてはな」
エドガルドはガルヴォルンを手渡すと、ディエゴは背中の翼をはためかせ、帝都の方面へ飛び去っていった。 あっという間に見えなくなるその姿を見て、エドガルドは唖然とする。
「いや、鳥人族すげぇな。 初めて飛んでんの見たけど、あんなに速いのか」
それだけ焦っているということでもある。 エドガルドはその意味を噛み締め、やはり生徒たちを送り出さなければならない事にため息をついた。




