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金属バカと異世界転生  作者: 鏑木
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魔法学院一年目 : 理事長の呼び出し

 呼び出されたと言っても、メディチ家の屋敷では無く、学院の理事長室にだった。

 部屋の主に似合わず、理事長室は存外狭い。

 サーシャたちの前では、エドガルドが傷だらけの顔に似合わない、気まずそうな表情を浮かべて、少し小さな椅子に座っている。 大柄な男が身を縮こませているものだから、少し滑稽に見えるものだ。


「話とは何だ?」


「まぁ、座ってくれ。 少し長くなりそうだしな」


 エドガルドはソファーに座ることを勧めてきた。 フィオレンツァは率先して座り、値踏みするようにエドガルドを見る。

 サーシャとティスティアーナが座ったところで、エドガルドは口を開いた。


「話っつうのは遺跡に関してでな。 南の遺跡…… 三ヶ月前に出来た遺跡の事だ。 何しろ被害がでかかったからな、騎士団が総力を挙げて攻略してくれていた(・・・・・)


「くれていた……ですか?」


 過去形になっている事に、サーシャは引っかかった。 現状は違うというのだろうか。

 エドガルドは頷いて話を続ける。


「ああ、くれていた(・・・・・)。 彼らは五階層まで進んだそうだ。 しかし、そこで進めなくなったんだよ。 これ以上の攻略は出来ないってな」


「それで私たちが呼ばれたのか。 ははん、読めてきたな」


 フィオレンツァは薄く笑い、足を組んだ。 サーシャにはわからず、ティスティアーナは興味が無さそうだった。


「フィオ様、はしたないですよ」


 サーシャはフィオレンツァが足を組んで、下着が見えそうになっているのを注意した。

 フィオレンツァは呆れた様な表情を浮かべる。


「最近、口うるさくなってきたな、君は……」


「私はフィオ様の侍女ですからね」


「昔の君はそんな風ではなかった気がするんだがな。 慣れてきたのか、擦れてきたのか」


 そう言われて、心当たりがありすぎたサーシャは考え込む。


(言われてみれば、僕は何を言っているんだ…… 侍女ですから、じゃあないだろう?)


 演技である、ということを忘れかけるほどに、身も心も、女に、そして侍女になりきっていた自分に、焦りと戸惑いを覚えて、サーシャは頭を抱えた。


「なんで頭抱えてんのよ、サーシャは」


「さあな、何か思うところでもあったのではないか?」


 フィオレンツァは愉快そうに、悩むサーシャを眺めていた。


「なぁ…… 話進めていいか?」


 エドガルドが肘をついてサーシャたちを見る。 フィオレンツァは頭を抱えるサーシャから意識を離して、エドガルドの方を向き、ティスティアーナは居住まいを正した。


「……何処まで話したっけか。 ああ、五階層まで行ったってところか。 その前までは魔物をぶっ飛ばしながら進んでたらしいんだが、五階層の魔物がな、ミスリルゴーレムやらミスリルハンド、後は刃物がロクに通らない、見たことねぇ黒いゴーレムやらなんだそうだ。 ミスリルの武器なら、ミスリルハンドはある程度相手出来るらしいが、武器の破損が激しい。 とてもじゃねえが相手してられんとな」


「ふぅん、ミスリルか。 つまり魔法使いの手が借りたいということだな?」


 フィオレンツァの言葉に、エドガルドは頷く。 ミスリルは魔法で、魔力によって溶ける。 それはゴーレムのような魔物にも言えたことである。 それらを倒したいのであれば、武器で切りつけるよりも魔法を撃ち込んだ方が速い。


「現状、手が空いてるのがいねぇんだよ…… 探索者の魔法使いにな。 アルバ島に大分送り込んだみてぇだからな」


「察するに我々を使いたい、ということか?」


 エドガルドは、不満そうな顔をして頷く。 理事長という立場上、生徒を危険に晒すのは本望では無いのだろう。

 だが、南の開拓町との道を安全に保つためにも、南の遺跡攻略は不可避であったから、彼は生徒を使う事を承諾した。


「一応、一応だが学院でも訓練はさせている。 だが、あんなもんで足りるのか? 俺はそうは思わん。 実際に魔物との殺し合いになれば、通じないだろうよ。 そこでだ」


 エドガルドは頭を抱えているサーシャを見た。


「経験者に話を聞きたいわけだ。 しかも学生のな、そこで頭を抱えてんのは潜った事があるんだろう?」


 若い頃は探索者として活動していたエドガルドだが、傷が原因で引退して久しい。 学院での訓練を目の当たりにしている、遺跡経験者の意見が欲しかったのだ。

 ティスティアーナは、まだ頭を抱えていたサーシャを突ついた。


「サーシャ、いつまで頭抱えてんのよ」


「はっ! ……ええと、潜った事はありますが、少しだけですよ?」


 自分の世界へ入り込んでいたサーシャはようやく戻ってきた。 女として行動しなければいけないことへの答えは出なかったが。


「良いんだよ、それでも貴重だ。 そんなサーシャちゃんから見て、使えそうな人材はいねぇか?」


「ううん…… その前に、南の遺跡について、詳しく聞かせてくれませんか? どんな風に魔物が出てくるのか、地形、広さは?」


「そんなのが必要なのか?」


(それがわからなければ、適切な戦力なんてわからないよ)


 サーシャは心の中で少し文句を浮かべたが、表には出さなかった。

 人は己では無いのだから、言葉で説明する必要がある。


「ええ、広ければ火力を出せる人に任せればいいでしょうが、狭ければ精度に優れた人の方が良いでしょう? 魔物が突然現れるなら、接近戦が出来ない人はやられてしまいますから」


「ああ、そういうことか…… 確かに重要だな」


「後、この学院の生徒って貴族の方が多いですよね。 そんな方たちを遺跡に入らせていいのですか? 危険だと思うのですが」


 外国から来た娘も居たりするのだ。 外交問題になったりしないのだろうか、とサーシャは心配していた。


「この学院に入る以上は動員される事もある。 入る時にそこらへんは明記したはずだ。 ティス、お前もな」


「そういえば、そんなの書いてあったわね。 流し読みしたけど」


 承諾は取れているということになる。

 だとしたら遺跡へ送り込んだとしても、さほど問題にはならないだろう。 少なくとも、表面上は。


(外国から来た娘たちを死なせたら、何がどうなるか分からないな。 …… ここからの立ち回り方に気を付けようか、安全になるように持っていかないとね)


 エドガルドがその後、話した遺跡については以下の様なものだった。


 広大な土地に多数の魔物が出てくる、ということは無く、小部屋に何匹かの魔物が居る。 魔物はこちらを視認すると、別の部屋に行っても着いてくる。

 一階層から四階層までは動物型の魔物が現れた。 五階層からは武器が通じない魔物ばかりだ。


「なるほど……」


 エドガルドから聞かされる遺跡の仕様に、サーシャは頷きながら考えていた。


「広い空間が無いのなら、火力で押し通ってしまう、というのは無しになりますね。 心当たりが一人居たのですけど」


 サーシャの頭の中には、ほわほわした笑顔のエレナが浮かんでいた。 彼女に任せて、全てを焼き払ってしまえば楽だったろうが。


「だとすれば、魔物の認識外から魔法を当てられる人なら、誰でもいいんじゃないでしょうか」


「魔物の相手ってそんな簡単なの? 魔法が効くからって、簡単にいくの?」


 ティスティアーナは疑いの目を向ける。

 サーシャは諭すように、ティスティアーナに説明する。


「それを簡単にするんです、頭を使ってね。 いちいち手間取らないように、死人や怪我人が出ないように」


 サーシャは少ない実戦の経験から戦法を考え、それを説明した。 魔物の意識外から、多人数で一斉に魔法を撃ち込み、殲滅する。 要するに単なる奇襲だが。

 遠距離から攻撃出来る魔法だから、出来ることである。 もし失敗したら逃げる、という選択もとれる。 始めから危険が無いように行動するのだ。


「なんか卑怯な感じ……」


 ティスティアーナは、サーシャの提案に嫌悪感を抱く。 彼女は父親から探索者は勇敢であり、死を恐れずに戦うのだと聞かされていたのだ。 これを教育(せんのう)という。


「これは戦いでは無く、狩りだと思って下さい。 ティス様も死にたくないでしょう? なら、死ぬ可能性を減らすべきですよ」


 それを聞いていたエドガルドは、妻であるルチアナがサーシャを褒めていた事を思い出した。 その時は聡明な妻でも、見た目の可愛らしい少女に惑わされることがあるのだな、と思っていたのだが。

 そうでは無かったのだ、目の前の少女は妻と同じく聡明なのだと、エドガルドは認識した。

 エドガルドは生徒を騎士団の護衛でも付けて、遺跡へ送り込むことしか考えていなかった。

 一パーティに付き、二人か三人ぐらいの生徒を付けて。 それが探索者の常識であり、常道だった。


 だが、サーシャは生徒は沢山居るのだから、沢山使えばいいじゃないか、と言っている。 その方が楽だし、安全だと。 エドガルドは唸った。


「俺は、サーシャちゃんの言う通りにした方が良いと思う。 死人が出ないことには越したことが無いしな」


「賢明だな、エドガルド。 戦闘に関しては、サーシャの言う通りにしておけば安心だろう」


「なーんでフィオが威張ってるのよ」


「私はサーシャの主だぞ?」


「理由になってないでしょ!」


 ギャーギャーと騒ぎ立てている二人を他所に、サーシャはまだ考え事をしていた。


「武器はとにかく、防具を揃えたいですね。 死ににくいように、死なないように」


「金属鎧でも着せるのか?」


 サーシャの言葉を聞いて、エドガルドがイメージしたのは全身鎧に身を包んだ騎士団だった。


「そんな大仰な物ではありませんよ、動きが鈍くなりますしね。 私が提案したいのは統一された服です」


「服ぅ? そんなんで防具になるの?」


 ティスティアーナが訝しげに目を細める。


「ええ、蜘蛛糸による服を作るんです。 丈夫ですよ、鋼の刃を通さないぐらいには。 それでデザインなんですが」


 サーシャは軽くスケッチして、他の人間に見せた。 サーシャが書いたのは、手首まである上着に、足首まであるズボン。 現代の感覚でいうと、ジャージにしか見えなかった。


「却下」

「ダメね」

「ダメなんじゃねえか?」


「ええっ!?」


 サーシャは否定されるとは思っていなかった。 しかもエドガルドにまで。

 もっともらしい事を言っていたが、サーシャは男装する理由が欲しかったのである。 ヒラヒラした露出が高い女性物を着なくて済むように。


「デザインは…… そうだな、イレーネに任せるか。 あいつはセンスが良い」


「あんたの服を作ってる家令だっけ。 まぁ、こんなのよりはマシなのが来るわよね」


 サーシャ渾身の地味なジャージはこんなの呼ばわりされた。


「あ、あの…… 戦闘中の服なのですから、地味でも良いのでは……」


「ダメに決まっているだろう。 それに君はあの、毎日着飾っているお嬢様たちを説得できるのか?」


「年頃の娘の考えることなんざ一緒だろうよ。 着飾りたいんだろうよ。 サーシャちゃんがこれで満足するっていうのがズレてると思うぜ」


 毎日毎日、異なる豪奢な服を着込んでくるお嬢様たちの事を思い出し、サーシャは、自分には説得は無理だ、と諦めてしまった。


「うっ…… わかりました、デザインはお任せします……」


 サーシャの野望はここに終焉を迎えた。

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