魔法学院一年目 : 遺跡
「耳が早い奴はもう知ってると思うが」
レベッカはそう言って、教壇から周りを見渡す。
彼女が思った通り、緊張した面持ちの何を言わんとするか、わかっている少女たちと、何だろう、とぽかんとした顔をしている少女たちに分かれた。
サーシャはぽかんとした顔をした方だった。 昨夜は地震で目が覚めたが、そのまま再度寝てしまった。
「南に遺跡が出現した。 今日から南門からは外に出るな。 まだ魔物がうろついてるらしいから、死にたくなければ近付くな。 騎士団が遺跡に入るらしいが、成果が上がるまでは危険だからな」
ざわざわと、少女たちは怯えたように騒ぎ出す。
そんな中、サーシャはレベッカの言い方に疑問を覚えた。
「……出現?」
首を傾げていると、隣のティスティアーナが口を開いた。
「昨夜、地震があったでしょ? あれで地上に入口が出来たらしいわよ。 魔物が出てきて、南の道に面した所に居た人たちは全滅らしいわ」
って、お父さまから聞いたの、とティスティアーナは説明した。 どうやら、寮から学院に向かう際に会ったそうだ。 実際の所は、娘を心配したエドガルドが伝えに来た、という方が正しいのだが。
「なるほど…… それにしても遺跡が出現。 ですか、聞いた事が無いですね」
サーシャが疑問に感じていた原因はそれだ、遺跡が新たに出現するという話は聞いた事が無かった。
「ここ百年は無かったらしいって聞いたわ。 東の遺跡が出来たのがそれぐらいって話ね」
サーシャが聞いた事が無いのもうなずける話だった。 百年振りの天災、と言う訳だ。
遺跡は基本的には有害な物として考えられている。 探索者からすれば飯の種ではあるが、魔物に殺される人々も居るのだ。 無くなると探索者たちが困るが、あるとその土地の人々は困る。 そういうものなのだ。
「それにしても被害が大きい様ですね……」
新しく出来た遺跡から、エトルリアまでは一○キロあるという。 その間にあった農地、そして住宅やらに住んでいた者たちが全滅、となるとかなりの数だろう。
ティスティアーナは顔を伏せて、そうね、と言った。
「あそこ一帯は安全だって考えられていたのよ。 遺跡も無いから、魔物なんて居ない物として考えられてたみたい。 だから、戦力になるような人が居なかった、らしいわよ」
ティスティアーナとて、聞いた話なので、所々不確かだったが、サーシャは話を組み立てて納得した。
「これ以上、被害が出なければいいですね……」
「南の開拓地に繋がるただ一本の道だから、結局使わなきゃいけないっていうわ。 けど、騎士団が動いているなら大丈夫じゃないかしら」
ティスティアーナの騎士団に対する期待度は高い様だ。 これは以前、サーシャが東の遺跡を攻略した際に、祝勝パレードを行わせたためでもある。 あの一件で騎士団の力が世間に広がったのだった。
「騎士団…… お兄様はどうしていますかねぇ……」
ティスティアーナと雑談している間にも、レベッカは連絡事項を喋っていた。 先程ほど、重要なことではなかったが。
レベッカを真っ直ぐ見つめ、サーシャは聞いているフリをする。 真面目な学生に見えるように。
だが、内面では別の事を考えていた。
頻繁に『通信』で連絡してくるナディアとは違い、ダーシャとは一ヶ月近く会っていない。 忙しくなるであろう騎士団の事を思い、サーシャは兄のことが心配になった。
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「ああ、サーシャかい? 久し振りってほどでもないかな。 ん? いや、今は大丈夫だよ。 …… ふむ、聞きたいのは南に出来た遺跡の件か。 まだ詳しい事はわからないけど、帝都で訓練してた先輩たちが向かうはずだよ。 そうそう、サーシャと一緒に遺跡へ向かった人たちもいる。 まぁ、サーシャに危険が及ぶ事はないと思うよ。 遺跡の攻略は騎士団と、小銭狙いの探索者がどうにかするはずさ。 またこの前みたいに多数が相手となれば、声がかかるかもしれないけどね。 その時はよろしく頼むよ、可愛い指揮官殿。 ……ああ、サーシャも元気で、おやすみ」
「ふぅ……」
同室のリリアナが入浴している間、サーシャはダーシャと『通信』の魔石で連絡を取っていた。
被害の大きさに、かなり不安になっていたサーシャだったが、ダーシャの反応は軽かった。 心配させまいとしたのか、それともサーシャが思っているほど危険でもないのか。
それは、今のサーシャにはわからない。
「ここは情報は集めつつも、普段通りに生活するのが吉ですかね……」
そうやって方針を決めると、心が軽くなっていくのを感じた。
サーシャは後ろの扉が開いて、風呂上がりのリリアナが入ってくるのを察して、彼女の美容法を監督する準備に取り掛かるのであった。
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それから三ヶ月の時が流れた。
その日は休息日であった。
「こんなところでしょうか」
出来上がった光景を目の前にして、サーシャは微笑む。
そこには薄いステンレスで出来た流しに、『火』の魔石を仕込んだコンロ、まな板や包丁立て、洗浄用の器具に収納。 それらが一枚の天板で、一体となっている。
サーシャが考案し、鍛冶屋と木工職人と協力して作り上げたシステムキッチンだった。 磨き上げられたステンレスがキラキラと光を放っている。
「アレクサンドラさん、これでよろしいんですかね?」
「はい、有難うございます。 お疲れ様でした」
キッチンを運び、組み立てた業者にサーシャは礼を言う。
隣にいたフィオレンツァは、目をひそめてシステムキッチンを見ていた。
「なぁ、サーシャ。 随分でかいがこれは一体何だ」
「単なる台所ですけど?」
「こんな台所見たことないぞ!」
フィオレンツァがそう言うのも無理は無かった。
この世界の台所というのは、土や石で熱に耐えるように作られた簡素な物であって、サーシャが作ったシステムキッチンの様に大仰な物ではない。
ヴィスコンティの館に比べて、寮の台所はあまり機能的では無かった。 そのため、サーシャは思い切って、現代風のシステムキッチンを作ることを考えた。
しかしそもそも、前世ではさほど料理に興味がある方では無かったから、うろ覚えで考案したものである。
だから、見た目とメンテナンス性だけを考えて作り、作らせた。 結果、まぁまぁ良い物が出来たと、サーシャは思っている。
学院生活に慣れてきて、暇を持て余した、というのもあった。 余裕が出てくるとわがままになりがちなのが人間である。 サーシャは寮の台所に我慢ならなくなったのだ。
「まぁ、使うのは君とリリアナだしな。 君らが良いなら、何も言わん」
そう言うものの、フィオレンツァは呆れたような視線をサーシャに送っている。
「なんかうるさいなぁ…… わっ! 何これ!」
リリアナが配送と組み立ての音に耐えかねたのか、二階から降りてきた。
彼女はシステムキッチンを見て、目を丸くしている。
「新しい台所です」
「えっ? これが?」
リリアナは興味深そうにシステムキッチンをいじっている。 時たま、その仕組みに感心したような声を上げた。
そんなリリアナを、満足そうに見ていたサーシャの後ろから声がした。
「あーいたいた。 サーシャ、フィオ、ちょっと顔貸しなさいよ」
「ティス様、言葉遣いがお嬢様らしくありませんよ?」
サーシャがそう言うと、ティスティアーナは鬱陶しそうな表情になった。
「うっさいわね、いいから来なさいよ。 お父様が呼んでるわ」
「エドガルドが? 何の用だ?」
「さぁね、なんかあんたらの意見が聞きたい、とか言ってたわ。 どうせ暇でしょ?」
「ティス様、私は新しい台所の確認を……」
「後にしなさいよ!」
「わっ! わかりましたから離してくださいー」
サーシャは襟首を引っ張られ、連れて行かれてしまった。
それを見たフィオレンツァはため息をつきながら、彼女たちに付いて行くのであった。
彼女たちが立ち去って、しばらく経った時……
「これすごい! 扉が磁石でくっつくんだ! この板なんだろう、サーシャさん、これなに…… あれ? 居ない……」
システムキッチンをいじくり回していたリリアナは、サーシャたちが居なくなった事に気付いておらず、きょとんとするだけであった。




