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金属バカと異世界転生  作者: 鏑木
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魔法学院一年目 : 友達と寮での一幕

 第二の目的地である鍛冶屋は、寮からそう離れたところにあるわけではなかった。

 買い物を先に済ませた事に、疑問を抱いたフィオレンツァだが。

 鍛冶屋の場所が近かったので、どちらを先にしても構わない、とサーシャは判断したのだ。


「実はエトルリアに来てから、会うのは始めてなんですよね」


「料理に洗濯、掃除にと忙しそうだったからな…… もしかして屋敷より忙しくないか?」


 腕を組み、考え込んでいるフィオレンツァ。 それは彼女が家事を全くしないのが、全てサーシャに回っているだけのことだった。

 しかし、サーシャはそのために雇われたのである、仕方が無いことだ。 他のお嬢様方の世話までしていることはどうなのかと思うが。


「学院もようやく一週間経ちましたしね。 慣れられた訳では無いですけど」


「そうか? 私から見たら、サーシャは十分馴染んでいたように見えたがな」


 他人にはそう見えていただろう、サーシャは努めてそういう風に行動した。

 問題があるとしたら、少女たちに囲まれていることに、心中穏やかではないサーシャの方にあるのだ。

 普通の少女ならば、こんな苦労はしなくて済むのである。 サーシャは普通でない身で、女子校に通う事に気苦労を感じていた。


「今更言っても、詮無き事ですね……」


 ため息をつきながら、目の前の建物を見る。 帝都の鍛冶屋と比べると随分と小さい建物だ。

 ここで間違っていないかを、手元のメモで確認しながら、サーシャは鍛冶屋のドアを開いた。

 店内では、若い男性が心底暇そうにカウンターに肘を突いていた。


「すみません。 リタがここに居ると伺いましたが」


「銀の髪…… ああ、聞いているよ。 少し待っててくれ。 リタを呼んでこよう」


 暇よりはマシだ。 という態度で頭をボリボリとかきながら、男性は奥へと引っ込んでいった。

 不用心といってよかった。 武器やら、探せば売り上げもここにあるのだろうに。

 フィオレンツァは興味深そうに店内を眺めている。


「ほう、鍛冶屋ではこんな風に武器と防具が並べられているのか。 割と雑なのだな」


 フィオレンツァの言うとおり、商品は雑に棚に並べられていた。 しかも、埃まで被っている。

 帝都の鍛冶屋とは雲泥の差だ。 見るからに、商品は随分前に作られた物ばかりだった。 帝都ならば、新しい品ばかり並んでいたものだが。

 フィオレンツァが棚の商品をペタペタと触っていると、奥の方からパタパタと、誰かが駆け寄ってくる音が聞こえた。

 サーシャと同じぐらい小柄な、和帽子をかぶった少女が現れる。


「リタ、俺は奥に引っ込むから店番頼むわ」


 だるそうな男性は、店の奥へと引っ込んでしまった。

 リタは気にせずにサーシャに話しかける。


「サーシャ、久しぶり」


 とはいえほんの一ヶ月振りなのだが、リタには長く感じられたようだ。


「顔を出すのが遅くなってしまいましたね。 調子はどうですか?」


 そう聞くと、表情が乏しいリタの顔に疲れが見えた。


「ここ、暇過ぎて、辛いの。 誰も、買わないから……」


 周りに遺跡があるわけでもなく、魔物が大量に出るわけでもない。 そういう立地である以上、武器防具の鍛冶屋であるここは暇なのだろう。

 すると疑問が湧く。 何故こんな所にリタは呼ばれたのだろうか。


「何故、リタはここに呼ばれたんですか? こう言ってはなんですが、必要なさそうに見えますけど」


 人出が足りない、というわけではないだろう。

 サーシャの言葉に、リタは慌て出した。


「そ、それはね……」


 リタは口ごもる。 実際のところ、サーシャがエトルリアに行く、と言ったから彼女はこの鍛冶屋に来たのだ。

 ただ一人の友人と離れるのが寂しかったから。 しかし、それを口にするのは、リタは少し恥ずかしかった。


「そ、それより! 美味しい、ケーキ屋さん、探しておいたよ」


「ほほう…… 大手柄ですよリタ」


 ケーキ、という言葉にサーシャの疑問は消し飛んだ。

 褒められたリタの表情はあまり動かなかったが、それが笑みであることはサーシャにはわかった。


「んと、ところで、その人誰?」


 リタは鎧をコンコンと叩いて、強度の確認をしていたフィオレンツァを指差す。


「私の雇い主の、フィオレンツァ様ですよ。 フィオ様ー」


「ん? なんだ…… 彼女が君の友人か?」


「リタ…… です……」


 雇い主、ということから、フィオレンツァが貴族だとわかったのだろう。

リタは少し硬くなりながら自己紹介した。


「ふむ…… サーシャ、君以外にミスリルを加工できる娘が居る、とか言ってたが、彼女の事か?」


「ええ、そうですよ。 リタは優秀な鍛冶師ですから」


「ふぅん、そうか……」


 フィオレンツァはリタをジロジロと睨むようにして見る。 少し鋭い目つきのフィオレンツァが怖かったのか、リタはサーシャの後ろに隠れるようにした。


「どうどう、大丈夫ですよリタ。 噛み付いたりしませんから」


「君は私を何だと思ってるんだ」


「ああ、そうだ。 リタ、リンゴ食べますか?」


 サーシャはバッグからリンゴを取り出して、リタに見せる。 フィオレンツァの言葉は無視して。

 コクリとうなずいたリタを見て、サーシャはバッグから、皿とナイフを取り出す。


「なんで皿が入ってるんだ? ナイフはまだしも……」


「お皿が無かったら、食べ物が置けないじゃないですか」


 当然の事の様に言うサーシャに気圧されて、フィオレンツァはそうなのかな? と思い始めてきた。


「……そうか? いや、おかしいだろう」


 考え込むフィオレンツァを尻目に、サーシャはナイフでリンゴを切り始めた。

 このナイフはロドリゴの肉体を切り刻んだ物であるが、サーシャは洗ったから問題無いと思っている。


「はい、うさぎさんですよー」


 ロドリゴの臓腑を抉り、心の臓を貫き、血管や神経をズタズタにしたナイフが、可愛いウサギの飾り切りを披露する。

 リタはそれを見て笑顔になる…… 少しだけの変化だったが。

 皿に並べ、自前のフォーク…… しかもちゃんと二股のフルーツフォークだ…… を取り出す。


「はい、あーん」


「なにっ!」


 サーシャはフォークでリンゴを刺して、リタの口元へ運んだ。 リタは照れながらも口を開き、リンゴを食べる。


 サーシャがこのような行動を取ったのには、前世での経験によるものだ。

 サーシャが〈組織〉の白い部屋に居た時、小さな女の子に食べさせてあげたら、喜んでいたことを覚えていたからだった。


 無論、これが恥ずかしい行為だとは思っていないので、躊躇なく行った。

 だが、恥ずかしい行為だと知っていたフィオレンツァは、驚きの声をあげていた。


「どうですかリタ。 美味しいですか?」


 リタはコクリとうなずく。 それを見て、満足そうに笑うサーシャはもう一口食べさせようと、リンゴをフォークで突き刺した。


「ま、待て、サーシャ!」


「ん? なんでしょうか、フィオ様」


 止めたは良いものの、何と言って良いのかがわからないフィオレンツァは混乱していた。

 やめさせるべきなのか、それとも……


「わ、私もリンゴが食べたい!」


「さっき食べてたじゃないですか。 しかも一つまるごと」


「だが食べたいんだ!」


 フィオレンツァがこんな事を言うとは珍しい、と思いつつ、サーシャはフォークをフィオレンツァに手渡そうとする。


「……何でだ」


「はい?」


「何故リタにしたようにしない!」


 サーシャにとって、リタは小さな女の子である。 だから彼女に食べさせることは自然であった。

 だが、フィオレンツァに対しては、自立した女性の様な視線で見ているため、そうしなかっただけだ。


「あーん、ってして欲しいんですか?」


 いまいち、フィオレンツァの気持ちがわからないサーシャだったが、とりあえず聞いてみる。


「う、うむ……」


「はぁ…… まぁいいですけど。 はい、フィオ様、あーん」


 よくわからないが、望んでいるのだからそうしてあげよう、という気持ちでサーシャはフォークをフィオレンツァの口元に運ぶ。

 フィオレンツァは顔を赤く染めながら、リンゴを食べる。


「美味しいですか?」


「う、うむ。 美味いな」


 傍から見たら、イチャイチャしてる様にしか見えない彼女らを、リタは不思議そうに見ていた。



-----



「シカって、美味しいのねぇ」


 エレナが、カモシカのカツレツを口に運びながら、感心したように言う。


「噛みごたえは有るけど、柔らかいわね。 今年の新寮生に、サーシャとリリアナが居たことに感謝するわ」


 もしサーシャとリリアナが居なかったら、と考えてジーナはゾッとする。 真面目に寮母さんを雇うことを検討しただろう。

 サーシャはカツレツを突つきながら、独りごちる。


「絞め方が上手かったんでしょうね。 血の匂いも残ってないですから」


 丹念に筋切りなどをしたのはサーシャだが、その事は言わずに解体した者を褒めた。


「このジャガイモ料理、食べた事ない味がするわね……」


 口振りとは裏腹に、ティスティアーナはジャガイモの煮っころがしを、パクパクと口に運ぶ。 気に入ったようだ。

 テンサイによる砂糖の量産のおかげで、砂糖を気軽に料理に使うことができるようになった。

 そこでサーシャは日本風の甘辛い煮付けを作ってみたのだった。

 醤油はガルムやアンチョビで代用、昆布ダシなどが無いので苦労はしたが、なんか違うがそれなりに似てる味になった。


「このミネストローネ、美味しいですね……」


「そう? えへへ」


 リリアナが作ったミネストローネは、野菜が柔らかく、ベーコンでダシを取ったスープはコクがあった。

 サーシャはなんとなく、豚汁を思い出してしみじみとしながら食べていた。

 味噌さえあれば作れるのだろうが、大豆が無い以上作れない。 サーシャは交易で見つかってくれることを祈った。

 今の所、日本風の味付けは少女たちに評判が良い。

 魚の煮付けでも作ろうかな、とサーシャは明日以降の料理を考えながら、食事を楽しんだ。



-----



 風呂から上がったサーシャが、部屋に戻って来た時。 リリアナが私物を入れたバッグから、何かを取り出した。


「サーシャさん。 これやらない?」


 リリアナが取り出したのはチェス盤だった。


「チェス…… ですか?」


 どう見てもチェス盤だったが、ここは異世界だ。 何やら別の物とも限らない。

 サーシャの言葉に笑みを浮かべたリリアナは、駒を取り出す。


「おっ、サーシャさん知ってるんだ。 やり方もわかる?」


「わかると思いますが、もしかしたら違う物と間違えてるかもしれません。 良かったら教えていただけますか?」


 リリアナが楽しそうに説明したやり方は、紛れもなく普通のチェスで、サーシャは驚いた。


(この世界はかなり地球に近い。 そんな事もあるだろう。 多分)


 サーシャはそう考えて、ニコニコと笑うリリアナに付き合うことにした。



-----



 リリアナはムスッとした表情のまま、チェス盤に向かい駒を動かしている。

 リリアナは言い出した割りに、とてもとても弱かった。 特別サーシャが強いわけではなかった、チェスの知識など駒の動き方がわかる程度でしかない。

 下手の横好きという奴だろうか……

などとサーシャは思った。 ルールの説明をしていたリリアナは、それはそれは楽しそうだったから。


「ええと…… チェックメイトです」


「うぐ……」


 サーシャは申し訳なさそうに勝利を宣言する。 リリアナの王は、サーシャの騎士に逃げ場を無くされていた。

 リリアナの駒の動きは攻めっ気が強く、懐が留守になっている時が多かった。 それに助けられサーシャは勝ちを拾っていた。


「そ、そろそろやめましょうか…… 夜も更けてきたことですし」


 苦笑いしながら、サーシャはそう提案する。 五戦も行ったせいか、時間が経っていた。 しかし、リリアナは首を振った。


「もう一戦! もう一戦だけ!」


「わかりました、これが済んだら肌の手入れをして寝ましょうね」


 負けが込んだギャンブラーの様なことを言ったリリアナは必死だった。 そんなリリアナに、サーシャは微笑んで返す。

 リリアナは親指の爪を噛み、チェス盤を睨みつけた。



「ん……」


 リリアナの駒の動きが変わった。 向こう見ずだった攻めっ気の強さに、それらの駒をカバーするような守りの硬さが見られるようになった。

 その隙を突く事だけで勝利を重ねてきたサーシャは、どうすることも出来ず駒を取られていった。

 攻められ続け、サーシャの王は逃げ続けていたが、ついに逃げ場が無くなった。


「詰み、ですね。 参りました」


 ニヤッと不敵な笑みを浮かべ、爪を噛んだリリアナは満足したようだった。


「よっし! 勝った!」


「はい、負けました。 さぁ、片付けて寝ましょうね」


「うーん、もう一戦……」


「駄目です。 明日起きられなくなってしまいますよ? 朝食の準備もあるのですから」


 リリアナを叱るようにするサーシャは、まるで母親の様だった。 それを自覚して、染まっていく自分に苦笑いするサーシャだった。

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