魔法学院一年目 : 遠くからの友人
四季のあるこの国では、春は過ごしやすい季節だと認識されている。
穏やかな風が吹いており、草花を揺らす。
学院へ向かう石畳の路地には、白と銀の髪をした、目立つ少女たちが歩いている。
日光を浴びてきらめくその髪は、道歩く他の女生徒の目を引いた。
その女生徒たちがきゃいきゃいと騒ぐ。
「あの白い髪の方はどなた?」
「あら、ご存知ないのかしら? ヴィスコンティ家の御令嬢よ」
フィオレンツァはその髪から、その立場から、貴族社会ではそこそこ知られている。
道歩く生徒の中でも、一際見目麗しいフィオレンツァに注目が集まるのは当たり前だった。
「その御令嬢の後ろに寄り添っている方はどなたかしら」
「わたしにはわかりませんが。 けれど、お美しい方ですね」
「特にあの銀の髪が綺麗ですわね。 ああ! わたくしもあのような髪が欲しいですわ!」
サーシャは自分の耳が良い事を恨んだ。
自らを指して、美しいなどと言われていることを知りたくもなかったのだ。
しかし、サーシャとフィオレンツァに対する黄色い歓声は止まることは無くかった。
その後教室に着くまで入れ替わり立ち替わり、二人を褒め称えるような噂話が聞こえていた。
やっとの思いで教室に着いた。
「あはは。 なんかすごかったね。 特にサーシャさんは」
快活に笑うリリアナ。 彼女の発した言葉はサーシャの胸を刺す。
帝都で二年間過ごしたので、髪の色で注目されることは慣れてはいたが、そのうち周りが慣れてくれた。
ここでもそのうち慣れてくれるだろう…… と思うのは早計な気がしてくる。
なにせ、女性というものは噂話が好きなのだから。
「何故、私ごときがそこまで注目されるのでしょうか……」
サーシャの目から見れば、フィオレンツァの方が堂々としていて目立っていた。
何故、自分が注目されたのかがわかっていないのだ。
サーシャが注目されていたのは、イレーネのおかげとも言える。
彼女が毎日丹念に、それはそれは丹念にサーシャを磨き上げた結果、他のお嬢様と比べても遜色ない美貌になっていたのだ。
「まぁ、サーシャさん綺麗だからね」
「ううむ…… フィオ様と並んでいたのがまずかったということでしょうか? 困りましたね、安全面から離れるわけにはいきませんし……」
「えっと、あたしの話聞いてる?」
リリアナの意見は聞き流された。
がやがやと騒ぎ立てる少女の園に、扉を開ける音が響く。
ひどく面倒臭そうな表情の、赤毛で大柄な女性がスタスタと教壇に上がる。
「おう、ボンクラ共。 伝達事項だ、大人しくして聞け」
随分な言い草だ。
少女たちの、彼女に対する妙な注目の仕方にサーシャは気付いた。
(髪の毛を見ている? 赤毛だからか? …… 知り合いの誰かが赤毛だった気がするなぁ)
帝国の民は大体が黒髪か茶髪だ、その中でも赤は珍しい。
珍しい動物を見るような少女たちの目線に、眉をひそめながらも女性は話を続ける。
「俺の名前はレベッカだ。 別に覚えなくていい。 どうせおめぇらは俺の授業を受けないだろうしな」
ぶん投げるような言い方に、レベッカが本心からそう思っている事が伝わってきた。
彼女は人気の無い授業を担当しているのだろう、とサーシャは推測した。
「これからてめぇらは書くのがクッソ面倒臭かった、あの授業表で決めた授業に出るわけだ。 一日の始まりには、ここに集まれ。 面倒くせぇが、てめぇらが息してるのを確認する。 今から名前を呼ぶから返事しろ」
心底面倒臭そうに話すレベッカに、少女たちが虚を付かれる。
乱暴な言葉遣いに怯えているように、おどおどしている少女もいる。 慣れていないのだろう。
サーシャも呼ばれ、返事をする。
ふと隣の席を見ると、背が小さい、頭に猫の耳が付いた少女が、怯えているように震えていた。
亜人だろう。
サーシャは安心させるように声をかける。
「噛み付いたりしないでしょうから、大丈夫ですよ」
「ひゃっ、ひゃい! ありがとうございます」
酒場の荒くれ者たちで、乱暴な言葉遣い慣れているサーシャはそう勇気付けた。
噛み付いてきたら、ぶん殴れば良いのだ。 実際にサーシャはそうしてきた。
サーシャがそんな事を考えていると思っていない、猫耳の少女は少し落ち着いたようだ。
「ソニア! ソニア・ピコロ! いねぇのか!」
「は、はい! わたしです!」
猫耳の少女は、飛び上がるように起立して答える。
レベッカは声の主に目をやると、ジロリと睨みつけるように見た。
「ななななな、なんでしょう」
慌てたソニアはレベッカに問う。 目が涙目になっている。
「次からはすぐに答えろ、それだけだ」
心底ホッとしたようにするソニア。 少し悪い事をしてしまったな、と思ったサーシャはヒソヒソと声をかける。
「ソニアさん、私が声をかけたばっかりに申し訳ありません……」
「い、いえ。 そんなことないです。 嬉しかったですよ」
笑顔で返すソニアは本当に気にしていないようだ。
心根の優しい子なのだろうと、サーシャも笑顔になる。
「わたし、外国から出てきたのでお友達が居ないんです。 サーシャ…… さんですよね? お友達になってくれませんか?」
「ええ、喜んで。 ちなみに何処から?」
「アレマニアですよ。 帝国からすると北の国になりますね。 ゴールと面しているので、ゴールを通って来ました」
サーシャは頭の中に地図を思い返す。 粗雑な物だったが、帝都には大陸地図があった。
アレマニアはグラエキア帝国にも面しているが、道中は魔物が多く通れない。
だから魔物が少ない西の国、ゴールを通ってきたのだろう。 だが、その距離はかなり離れているはずだった。
「随分遠い所からいらっしゃったのですね……」
「そうですね、十日近く馬車に揺られました」
ソニアは思い出して疲れたように話す。
「けど、ここは暖かくていいですね。 アレマニアは寒いんです」
北というからには緯度が高い、そのせいだろうな、とサーシャは思った。
「よし。 全員居るな! 質問はねぇな! 終わり!」
サーシャはふと、気になったので手を上げる。
レベッカの顔が露骨に不愉快そうに歪む。
「レベッカ教諭。 教諭は何の授業を担当してらっしゃるのですか?」
「あぁん? 魔石学だよ。 人気のさっぱりねぇ、な」
「あら、そうなのですか。 私は受けるつもりなので、よろしくお願いします」
受ける、と言ったところでレベッカの顔が喜色満面になる。
わかりやすい人なのだな、とサーシャは思った。
「おお? そうかそうか! 魔石に興味があるか! 去年は最終的に誰も残らなかったがな! お前は残れよ?」
誰も残らない授業とはどんなものなのだろうか。 サーシャは別の意味で楽しみになった。
教室に入った頃とは、一変して機嫌が良くなったレベッカは、にこやかに朝の確認を終えた。




