帝都二年目の秋 : 備えあれば憂いなし
「重さのバランスはこれで良しっと。 予備の武器にこだわっても仕方が無い気もしますが」
鍛冶屋の作業場でサーシャが作っていたのは、両刃のナイフや短刀、スローイングダガーだった。
ミスリルではなく様々な金属を合わせた、サーシャの独自組み合わせによる合金で作っている。
「サーシャ、なんで、ミスリルを使わないの? 在庫は、結構あるよ?」
不思議に思ったリタが問いかけてくる。
リタはサーシャに随分と懐いている。 鍛治師として日夜働くリタは、他に友達がいないのだった。
「ミスリルは魔力で溶けるでしょう? 溶かされた時の予備ですよ」
「けど、魔法を使ってくるような魔物は、まだ見つかってないよ?」
リタの疑問は、探索者や鍛治師から見た場合の常識から湧き出た物だ。
魔法で溶けるというミスリルの特徴。
弱味とも言えるこの事は、魔物が魔法を使ってこないから、さほど問題ではないとされていた。
だが、サーシャが想定している敵とは魔法を使ってくる可能性があるのだ。
人間という敵は。
リタの疑問に少し、サーシャは誤魔化した様に答える。
「丈夫な合金がどこまで作れるかも、確認しておきたかったんですよ」
サーシャが持つ金属の能力とは万能ではない。
とにかく材料が無ければ話にならないのだ。
どれだけ硬く、粘り、強靭な合金でも。 作り出すには素材となる金属が必要となる。
それはレアメタルと呼ばれる、数少ない物であることが多かった。
サーシャはこの鍛冶屋にある金属を使って、思いつく限り最高のナイフ材を作った。
しかし、サーシャが前世に作った物とは比べるなくもなかった。
そう、彼の命を奪った包丁などよりも切れ味が鈍い。
とはいえ、この場にあるどの刃物よりは強靭で鋭い切れ味を誇っていた。
ミスリルには敵わないが、及ぶにも劣らない出来ではある。
(人相手なら充分か。 こんなものでも骨ぐらいは断てるだろうさ)
「サーシャ、あのね」
スローイングダガーを投げ、具合を確かめていたサーシャに、リタがおずおずと話しかける。
「ん? どうしましたかリタ。 私はこのダガーが、頭蓋骨を貫くかの確認に忙しいのですが」
サーシャの目の前には、何処からか持ってきていたワイルドボアの頭蓋骨があった。
「う、うん…… サーシャ、来年から、エトルリアに行くんでしょ?」
サーシャが投擲したダガーが、かなりの硬さを持つワイルドボアの頭蓋骨を貫く。
壁に突き刺さったダガーを満足気に見ていたサーシャは、リタを見ずに口を開く。
「ええ、魔法学院に通うためにね。 帝都にはたまに戻ってくる程度になるでしょうね……」
そうすればリタとも会いにくくなる。 サーシャは少し残念な気持ちでいた。
最近のゴタゴタに全く絡んでいなく、年相応で素直なリタは、サーシャにとって癒しの存在なのだ。
「あのね。 わたしも、エトルリアに行くの。 あそこの鍛冶屋に、技術提供をしに行って、そのまま働くの」
「そうなんですか!? じゃあ会いに行きますね。 またケーキを一緒に食べましょう!」
喜んで笑うサーシャに、リタも照れた様に微笑んだ。
リタの前ではサーシャも年相応の少女の様に見えた。
手に短刀が握られていて、その切っ先はワイルドボアの頭蓋骨に向けられていたことだけが、彼女が普通でないことを示していた。
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「あれから二ヶ月、さて……」
サーシャは、ボルジャ領の一角で馬車を止めさせ。 瑞穂を待っていた。
若宮兄妹をロドリゴの屋敷に向かわせてから二ヶ月。
一ヶ月が通過した段階で、瑞穂から手紙が届いた。
その内容は大体は取り留めのないことであった。
紫雲が屋敷の中でラッキースケベを連発している、などの。
サーシャとしては性欲が全く無い身体なので、何も羨ましくは無かったのだが。
何故かイラっとしたのは肉体に引っ張られて、女性としての嫌悪感が出たのだろうか。
瑞穂は料理を学んでいると書いてあったが。
数々の便利機器があった現代っ子としては、中々苦戦しているようだった。
さもありなん、サーシャも最初は苦労したものだ。
今はクレリアが協力してくれるお陰で大分上達したものだが。 リーゼとクレリアに感謝である。
そのほかには周りの女性の胸がすごいとか、年下なのに胸がすごいとか書いてあったが。
彼女はサーシャを何だと思っているのだろうか。
まさかだと思うが、女性だと見なされているのかもしれなかった、ちゃんと話したのにも関わらず。
本当に取り留めの無い、わたし達は無事である。
という報告に過ぎなかったが、気になる点があった。
手紙の封が開けられていたのだ。
手紙は蜜蝋で固めてあった…… 丁寧に修復はされていたが、サーシャには誤魔化しがすぐわかった。
何故なら、蜜蝋は日本語を象ったハンコのような物で固められていた。
それが意味を成さない形になっていたのだから。
だから、サーシャは直接会うことに決めた。
ボルジャ領までは一時間ほどなので、フィオレンツァ達に怪しまれる心配も無いだろう。
御者に呼び出してもらって、随分と経つが…… と思っていると瑞穂が駆け寄ってきた。
瑞穂はエプロンドレス姿だった。
眼鏡とそばかすが相まって、真面目そうな、地味なメイドの様だった。
「サーシャちゃん。 ここまで来るなんてどうしたの?」
サーシャは瑞穂がやってきた場所をジロジロと見やると、壁を背にするように瑞穂を誘導した。
「尾けられたりはしてないようですね……」
人は居ない様だが、サーシャは共通語で話した。 日本語で喋るリスクは大きいと判断したのだった。
「サーシャちゃん探偵みたいだね。 女には向かない職業だって言うよ?」
「中身は男ですし。 あの本みたいに一生懸命ではありませんよ」
文学少女らしい物言いだな、とサーシャは思いつつ、話を進めた。
「手紙による連絡は止めた方が良さそうです。 封が開けられていましたからね、取り留めの無い内容で良かったですよ」
「そんな事ないよ、兄さんがハーレム作ってるみたいになってるし、大事だよ。 ソレッタさんは胸が大きいし」
どうしても胸にこだわりを見せる瑞穂に、少し引きながらもサーシャは問う。
「何かわかったことは?」
「好色だって話は使用人の間でも常識になってる。 五年前まではそんなことは無かったのにって、古参のおじいさんが言ってた」
瑞穂は少し恥ずかしそうにしながら続きを話す。
「えっと…… 使用人のお姉さん達の中には、お金をもらって相手をした事があるって言った人も居て……」
つまり、買春をしたと言う事だろう。
「禁止されてる訳でもないですから、仕方ないですね。 五年前からの豹変だけは気になりますけど」
サーシャは冷静だった。 好色なのであったら当然、そういうことはしているであろう。
「後は噂と又聞きなんだけど……」
瑞穂がサーシャの耳元に口を寄せる。
「旦那様の寝室には、地下室への扉があって。 夜な夜な女の子の悲鳴が聞こえるって噂が。 村から小さい女の子が消えるって話も」
「へぇ……」
それが事実で、誘拐や虐待などをしているとすると、ロドリゴを廃する理由としては余りある。
「重大そうなのはそれぐらい。 旦那様は部屋に篭りっきりな事が多くて。 大体は執事の人を中継して指示が来るから、あんまりわからないんだよね」
サーシャは地下室、というのが気になった。 もし、新規で作られたとしたら施工した者が居るはずだ。
「地下室について調べてください。 近くの村に施工した人がいるかもしれません。 その線でお願いします…… 無理は決してしないように」
「うん、わかった。 ちなみに同室のアルマちゃんは十四歳なのに、こんな感じで胸が……」
「あっ、その情報は要らないです」
身振り手振りで胸を再現しようとする瑞穂を止めて、この日の会合は終わった。
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さらに一ヶ月後、サーシャは同じ様に瑞穂を待っていた。
すると、慌てたような瑞穂がサーシャの姿を見ると、急いで駆け寄ってきた。
「サーシャちゃん!サーシャちゃんサーシャちゃんサーシャちゃんサーシャちゃん!」
「なんだかわかりませんが、落ち着いてください。 名前を呼ばれすぎてこっちも混乱しそうです」
サーシャは頭痛が起きそうな頭を押さえながら、瑞穂を落ち着かせる。
すると瑞穂は懐から羊皮紙を取り出して渡してきた。
「大変なのサーシャちゃん。 これ見てサーシャちゃん。 見たらわかるからサーシャちゃんサーシャちゃんサーシャちゃん」
落ち着いてはくれなかったが、その原因は差し出された羊皮紙にあるようだ。
サーシャはそれを受け取って読む。
「ああ、はい、そうですか…… そう来ますか。 瑞穂さん、これは何処で? あと、深呼吸してください」
「すぅーはぁー …… 旦那様が今日は部屋に居ないの。 それで掃除とこれを郵便で届けるように、って言われたんだ。 宛先はリタちゃんの鍛冶屋」
深呼吸をして落ち着いた瑞穂が、しかし慌てながら説明する。
様子を見るに、彼女も中身を見たのだろう。
「サーシャちゃんサーシャちゃんサーシャちゃん。 どうするのサーシャちゃん。 わたしはどうすればいいのサーシャちゃんサーシャちゃん!」
「ハウス! 落ち着きなさい」
またも慌てだした瑞穂を押さえ込んだサーシャは顎に手を当てる。
「こんなものを作ってどうするつもりですかね。 何をするつもりですかね。 それにしても随分無用心な、私なら自分で作らせますがね、これを人伝えにしますか?」
ロドリゴが今までやってきたと思われることをサーシャは頭の中で並べ、ロドリゴの欲望と照らし合わせる。
結果的に見るならば…… 帝国の国力を弱め、領地を増やそうとしていた。
つまり、権力を欲していたと言える。
「武力を必要とするなら…… 国家転覆でしょうか。 こんな小さな領地じゃ満足出来なくなったんでしょうか。 まぁ直接聞けば良いことですね」
言い終わると、火の魔石で羊皮紙を燃やす。
煙を上げ、燃やされていく羊皮紙に書かれていたものは。
実物を作ったサーシャから見たら稚拙であり、大分省略されていたが……
銃の設計図だった。




