帝都二年目の夏 : カコガタリ
美しい声で彼は語る。
『僕が物心付いて、始めて見た光景は白い部屋だったよ。 彼女達の色以外は全て白かった…… ん? ああ、そうだよ、僕以外にもそこには人が居た、僕を含めて九人。
後から知った話なんだが、そこはある組織の施設だったらしい。そこに居た者は番号で呼ばれていた。
無差別に誘拐されたとか聞いたな。 親がどうしてたかは知らない、両親共々死んだとは聞いたがね。
彼女達には世話になった。 教育なんてされなかったものだから、彼女達が親代わりだったからね。なんでか僕以外は全員女性だったな。
彼女達と僕は共通点があった、「能力」をもっていたんだ。
「能力」、そこの大人達はデタラメと呼んでいたがね、まさしくデタラメだった。
僕は金属、鉱物を自由に加工出来るぐらいの大した事がない方でね。 遺伝子操作、予知、過去視、生命操作、機械技術、原子操作、科学技術。
それらを個人で、今までにない新技術を、他には誰にも扱えない、誰も知らない知識を僕等は使えた。
よく揃えたものだと思うよ。 どうやってデタラメ持ちを判断したのかはわからないんだがね、そこは少し興味があるよ。
僕等をコレクションして、組織がやろうとしたことが、世界の支配だって言うんだから面白いものだね。 しかし、夢物語でもなかった。
検査がすり抜ける空気感染する死のウイルス、強靭な肉体の人が材料の兵士、それに持たせた人体が一発で吹き飛ぶ威力の銃、自律操作する戦車や戦闘機。 一介のテロ屋が持つにしては驚異的な武力だ。
金や資源はどこから出ていたか? さぁね、けど現状に納得出来ていなかった輩からだろうね。
武力を振るった組織の目論見はある程度は成功した…… らしい、あまり詳しい事は知れなかった、知れる立場になかった。
テロに継ぐテロに世界の治安は悪化していたらしいから、まぁさぞかし大変だったのだろうさ。
組織に兵器を提供していたのは僕だがね。 他人事みたいだって? そりゃそうだろう、僕は作っていただけだからね。 それを使った結果に責任は持てない。
僕がその組織に捕らえられていたのは、十五歳までだった…… 年齢も後々で知ったことだけどね。 毎日毎日、銃やら兵器の製造に組織の工場で勤しんでいたら、そこに国家権力が乗り込んできて、御用ってわけだ。
ん? 僕以外の彼女達はって? わからない、知る方法もなかったね。 僕の様に無様に死んでいないことを祈るよ。
それから僕は、少し表に出られるようになって、教育を施され、兵器を作っていた。
そこでは兵器開発部門の主任を任されていた。 だからそこでの僕の名前は「主任」ということになるのかな。
やらされてることが変わってないじゃないかって? それは仕方ないよ、治安が悪化して国家間の感情も悪くなってた。 次の戦争に備えるためにも兵器が必要だったんだ。
僕は生きて見ることはなかったけど、間違いなく戦争は起きていただろうね。 大規模な世界大戦だ。
ルールがある戦争なだけマシだろうが。 タガが外れていたら、もしかしたら世界は滅んだかもしれないね。 僕が、彼女達が作った技術は悪用すれば世界を滅ぼしかねなかったから。
まぁ君達が運良く戻ったとして、そこから死ぬまでには関係ないことだから安心するといい。
死ぬまでの十年間はずっと教育を受けていたよ、歴史の講義は好きだったな。 どうやら金属や鉱物への理解を深めるためだけの教育だったらしいけど。 それが今、役に立っているのだから、世の中何があるかわからないものだね。
物理、科学、歴史、数学、帝王学、戦略。 そんな物だったかな。 本はある程度自由に読めたから、読み漁ったな……
それから兵器や武器を作って…… 趣味で包丁とかも作ったなぁ。 甘いもの食べて、黒髪の美人に腹を刺されて死んだ。 もしかしたらあれは事故じゃなくてテロだったのかもな、まぁどうでもいいことだけど。
惜しむべくことは彼女達に再会出来なかった事ぐらいかな、後はまぁ些細な事だ。
これが名前の無い、ある男の生涯だ。 どうだい? 何か参考になったかい?』
……彼は語り終えた。
わたしはその話を荒唐無稽だと感じた。
けれど、彼の言葉は他人事ながらも事実を語る口調で、嘘をついているとは思えなかった。
彼の話を聴き終えたわたしの感情は、
誘拐されて人生を変えられた彼への同情でもなく。
数百年後の荒れた世界への絶望でもなく。
デタラメ、というとてつもない力に対する驚きでもなく。
ただ、間接的に人を殺す事をなんとも思っていない、目の前の少女の形をしたモノへの恐怖だった。
本当に従っていいのだろうか。
戸惑っていたわたしと違い、のほほんとしていた兄さんが口を開いた。
『サーシャちゃん…… って呼んでいいのか? まぁいいか、キミは銃を作れるって言ってたよな。 ここにもあんの?』
『無いよ。 作ってないからね』
意外だった。 話から察するに、目的のためならあっさり作ってそうなものだったんだけど。
『まずは一つ、魔法。 これはとてつもない破壊力を秘めている、一発で化け物を数十匹吹き飛ばすぐらいには。 これがあるからまずは作らなかった』
『良いな、ファンタジーって感じだ。 俺にも使えるのかな』
『どうだろうね、後で試してみようか…… 二つ、技術の乏しさ。 銃本体は作れる、火縄銃程度じゃない物をだ。 けど弾丸の安定供給が出来ない。 科学技術が乏しいんだ、無煙火薬、雷管に必要な物質の調合をするほどの技術が無い。 それ以外は金属だから僕が居ればなんとでもなるんだけどね』
兄さんは話が専門的になったから、疑問符を浮かべてる。
わたしもよくわからなかったけど、弾丸は作れないって事だけはわかった。
『三つ、作る必要が無いから。この国は、この世界は平和そのものだから、銃なんていう人を殺すだけの兵器は必要無いよ』
『えっ?』
意外も意外。 彼の口調は優しくて、この世界を案じていることが感じられた。
人を殺すことに何も感じていない彼と、今の彼。 どちらが本当なんだろう。
『けど…… バケモン相手に使うんなら良いんじゃないの?』
『そうだね、本当に魔物相手にだけ使うのならね。 僕はこの世界が好きだけども、そこに居るのんきな人達も好きだけども。 僕は銃が人に使われないということを保証できない、信じれない。 銃っていうのは気軽な兵器だからね、取り出して引金を引いたら人は死ぬんだよ、魔法とはまた違う』
それは実感が篭っていた。 実際に彼の作った武器は人を殺していたのだろうから。
『銃を持たせる利益より、不利益の方が多いと判断したんだよ。 それだけさ。 出来れば概念すらも生まれて欲しくないぐらいだ。 なにせこの国は戦争をしたことがないんだよ? 集団戦闘すらしたことがなかった。 平和過ぎる、まるで作られたかのようだよ』
今までの彼とは違って、その言葉には感情が乗っていた。 生前を語っていた時にはまるで乗っていなかったというのに。
『僕はね、そんな世界が美しいと思ったから。 少し守りたいと思ったんだよ。 だから……』
青い目に冷たい殺意が見えた。
『もし、もし君達がそれを汚すなら。 僕はそれを止めにかかるかもしれないな』
『…… わかりました。 元からそんなことをするつもりは無いですけど』
わたしはかろうじてそう答える。
そしてその言葉に従っている限り、彼はわたし達に害をなすことはないだろう、と。
そういう意味では彼の庇護を受けていいと思った。
『ん、なんだかよくわかんねーけど、わかった! ところでサーシャちゃん、魔法使うのってどうやんの?』
『たまに兄さんがうらやましくなる……』
何も聞いてなかったような兄さんの言葉を聞いた彼…… いやサーシャちゃんは笑顔でうなずいて、黒い石を出してきた。
『なんと言ったらいいか、この石に触れて体内の魔力を通すんだ。 それは感覚的な問題だから教えにくいけど』
サーシャちゃんは兄さんに黒い石を渡す。
『うおおおおおお! 俺の魔力出てこい!』
気合を込めて石に触れ、ポーズを取る兄さん。 その頑張りは無駄だったようで、なんの反応もなかった。
『何も感じねぇ……』
『魔力が無い人も居るとは聞いたな。 そもそも異世界からそのままの姿で来た君たちが、どういう扱いになるんだかね』
『瑞穂もやってみろよー』
『う、うん……』
恐々とその黒い石に触れた。
けれど身体の中に何かを感じたりはしなかったし、石に変化は無かった。
『わたしもダメみたい。 何か条件があるとか?』
サーシャちゃんは唇に指を当てて考えてる、腹が立つほど可愛い。
『わからないね…… 魔力が無い人を見たことが無いから。 彼等と同じなのかすらわからない』
『今のところ、俺達に魔法は使えないってことか。 すっげぇ残念』
わたしはさほど残念には感じなかったが、兄さんはそういった小説をたくさん読んでたから、なおさら残念なんだろう。
『それはいいとして、君達の住処だね……』
突然サーシャちゃんは席を立って、ハゲ頭のおじさんのところへ行った。
相変わらず何を話してるか、わからない。
『サーシャちゃん、お姉さんとか居ないかなぁ。 居たらすっげぇ美人だろーなー』
『兄さん、帰るつもりがないの?』
別に骨を埋めるつもりなら止めはしないけど、聞いておく。
『帰る手段がないじゃんかよ。 それなら今を楽しんだ方がいいだろー』
なるほど兄さんらしい意見だった。 高校三年生になっても、受験勉強もせずに遊び呆けていた彼の。
『ロシア語の勉強で楽しむ暇もなさそうだけど?』
『教師がサーシャちゃんだからいいじゃんか、見た目は美少女なんだからさー』
わたしが勉強を教えてる時には見せなかった、イヤらしい顔をしている。 引っ叩いてやろうか。
漫才のようなやり取りをしていると、申し訳なさそうにハゲ頭のおじさんに謝ってた、サーシャちゃんが帰ってきた。
『値切った上に、一文無しになってしまった……』
どうやら宿代の交渉をしていたようだ…… なんかごめんなさい。
『す、すいません……』
『良いよ…… 少なくとも三ヶ月はここに居れるよ……』
「ええ、少し、少しケーキを我慢すればいいんですから…… いざとなったら館の材料で作ってしまえば……」
何やら顔を伏せてぶつぶつ言い出したサーシャちゃんに、兄さんが声をかけた。
『世話になるんだから、異世界転生の注意点ってのを聞いた事があるからサーシャちゃんに教えるよ』
サーシャちゃんは、兄さんの言葉に食いついたようで。 顔を上げて兄さんを見る。
『興味があるね、どんなのがあるんだい?』
『ああ、今から言う展開になると大変なことが起こるらしい。 武闘大会とか学園編とか過去話とか別視点とか』
サーシャちゃんは話を聞いて額に汗をかいて苦笑いしている、今までにない反応……
『えっと…… 来年の春から魔法学院に通うことになってるんだけど……』
『あっ』
『わぁ……』
場に気まずい空気が流れた。




