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金属バカと異世界転生  作者: 鏑木
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帝都二年目の夏 : マレビト

「じゃあ、リーゼ。 お仕事頑張ってくださいね」


「はい、サーシャ様もお元気で」


 王城から出て来たサーシャはため息をつきながら肩を回す。

 カティやリーゼと話す事はいくらでもあったとはいえ、朝から昼までかかるとは思ってもみなかったのだ。

 特にヴィスコンティの事故については詳しく聞かれた。 カティも調査をしてくれるというから、一人では何も出来ないサーシャにとっては心強い。


「まさか虫歯の治療法が有ったとは……」


 サーシャが砂糖の量産を考えた時に、心配だったのが虫歯の存在だ。 知っている歴史上、虫歯で穴だらけになった歯がお話に出るぐらいの存在だった。

 だから、歯磨きを徹底するようになどの予防法を伝播しようと思っていたのだが。 虫歯はどうやら怪我、と見なされるようで、『治癒』の魔石で簡単に治るそうだ。


「砂糖を贅沢に取れるはずの貴族たちが歯並びよかったですから、推して知るべし、でしたね」


 なればこそ、『治癒』という魔石が有用なものであることがわかる。

 どうせ今日の予定は無い、このまま魔石屋に向かうことにしたサーシャだった。



-----



「また来てねぇ~」


「さ、流石に高い……」


 魔石屋から出たサーシャは思わずこぼす。

 『治癒』の魔石は銀貨五○枚もした、有用なのはわかるが懐に痛い価格だ。

 お陰でサーシャは手持ちの財産を殆ど空にする羽目になってしまった。


「まぁ…… これで即死する事にでもならない限りは、大丈夫でしょう」


 サーシャは大通りへの道へ歩みを進める。 北門に見た事がある顔があったので声をかけてみることにした。

 その彼は、何やら少年少女と揉め事を起こしているように見える。


「キースさん、どうしたんですか?」


「ん? サーシャちゃんか、久し振りだね。 いや、彼等は困っているようなんだが言葉が通じないんだよ……」


 言葉が通じない、と言った相手は疲れたのかうなだれている。


『だから、化け物に追われてるんだよ…… 助けてくれって』


 少年が息も絶え絶えに喋る。

 サーシャは息を落ち着かせて、彼等の格好を見る。


 少年は黒い詰襟の上着に、黒いズボンを履いている。

 眼鏡をかけた少女はセーラー服にスカート。


 言わずと知れた、日本の学生服、そして日本語。

 彼等は日本人だ。



-----



『お腹、空いてないかい?』


 見たことのない森で、見たこともない化け物に襲われたわたしと兄は、やっとの思いで人がいるところまで逃げてきた。


 槍を持った鎧姿のコスプレをしてる人に必死で話しかけたけれど、外人さんだったからか日本語が通じない。

 そこに現れた可愛らしい銀髪のちっちゃい女の子が、日本語で私達に問いかけてきた、男の人みたいな喋り方だけど。


『す、空いてるけど…… ねぇ、ここどこなの? 日本じゃ…… 無いよね』


 石造りの家屋がいっぱい並んでいるところなんて、わたしは知らなかった。 彼女はわたしの言葉を半分無視して話を進めた。


『とりあえずここは安全だよ。 魔物も出ないしね』


 魔物? 魔物ってなんだろう。 さっきの化け物の事だろうか。 どうも口振りから彼女はわたし達の事情を知っている気がする。


『おい、瑞穂。 どうするよ……』


『わたしは彼女について行くのが良いと思う。 彼女は何か知ってるんじゃないかな……』


 わたしは兄さんとひそひそと話をする。 ただ単に日本語が喋れる人に、話を聞いた方がいいと思うのも確かだけど。


『話は決まったかな?』


『うん、私達はあなたについてく』


「キースさん。 彼女達は私が面倒見ます、言葉がわかりますから」


「ああ…… それで良いならいいんだけど」


 何言ってるかがさっぱりわかんない、何語なんだろう。


『まずは落ち着けるところに行こうか』


 と、言った彼女が連れてきてくれた場所は、なんかすごいやさぐれた人達が多い場所だった。 とても落ち着けそうにないんだけれど……


『ここは酒場だよ。 まずは食事を取ろう、お腹空いてるんだろう?』


 そう言われて意識したのか、ぐぅ、とわたしのお腹がなる。 恥ずかしいけれど空いていた。


『めちゃくちゃ腹減ってる、死にそうだ』


 恥も外聞も無いとばかりに兄が主張する。 恥ずかしいからやめてほしい。



 中は意外と綺麗だった、とはいえお酒飲んでる人ばっかりだけれど。

 椅子に座ったわたしは、辺りをキョロキョロと見回す。 わざと古めかしくした洋食屋さんがこんな感じの雰囲気だったような。


「クオモさん、食事を三人分お願いします」


「あぁ? なンだそいつらは」


「お客さんですよ…… ちょっと離れたところからの」


 彼女と話をするハゲ頭のおじさんは機嫌が悪そうだったけど、パスタを出してくれる。

 彼女が貸してくれたフォークで食べたトマトソースとチーズのパスタは、空っぽだったお腹を満たしてくれた。



 食後にカモミールティーが出て来た。 暖かいお茶をお腹に入れると安心する。


『さて、自己紹介といこうか。 僕は今はサーシャと呼ばれている。 元日本人だ』


 元? 元とはどういうことだろうか? 彼女はどう見ても日本人には見えないし……


『一つ質問だ、君らが居たであろう日本では魔法とかあったかい? こういう石で使うんだけど』


 彼女は黒い石を見せてくる。


『魔法? ゲームみたいに?』


『そう、ゲームみたいに。 こんな感じでね』


 彼女が持つ黒い石をから、炎が出た。 これがライターじゃなければ…… 魔法なのだろうか。


『こんなの、無かった』


 わたしは喉を頑張って震わせた。


『そうかい、では君らにとってここは異世界だ。 僕は二二六○年の日本で死んだ。 次に目が覚めた時は赤ん坊だったよ』


 意味がわからない、異世界? 彼女は何を言っているのだろう。 それに二二六○年とは随分な未来だ。


『あ、それ知ってる。 異世界転生って言うんだよ。 じゃあ俺たちは異世界に迷い込んだってことか?』


 どうやら兄さんにはピンと来たらしい。 わたしはまだ飲み込めていないけど。


『そこの彼女はわからないようだね。 まぁ仕方が無いよ、僕だって認めるのに随分かかった気がするしね。 しかし、化け物に遭遇したんだろう? あんなのが地球にいるって話聞いたことあるかい?』


『それは…… 無いけれど…… そうだ、わたし達、帰れるの?』


 わからないことだらけだけど、それだけははっきりさせておきたかった。 けどサーシャちゃん…… は首を振った。


『わからない、そもそも僕は君らと違って死んだ身だからね。 帰ろうと思ったことがないなぁ…… ここはそれなりに快適だしね』


 あっけらかんと首を傾げながら語るサーシャちゃんは、とても可愛らしかったけど、わたしは混乱してしまう。


『ところで、君達の名前と…… なんでこんなところへ来てしまったのかの心当たりがないかを聞きたいな』


『あ、うん。 わたしは若宮瑞穂。 高校三年生で、一九九七年生まれ…… こんなところにいる心当たりは無いよ。 兄さんと帰ってたら、 急に目の前が光って、いつの間にか森の中に居た』


 わたしは出来る限りの説明をする。 といってもそんなに話せることはないんだけど。


『俺は若宮紫雲、瑞穂の双子の兄だ。 と言っても大体瑞穂の話した通りだなぁ。 それにしても異世界って面白そうだな! エルフとか居る?』


 兄さんは何処までも気楽そうだ、サーシャちゃんの言う通りなら危険は無いのだろうけれど。 サーシャちゃんは腕組みをして何か考えてる仕草を見せた。


『生まれが一九九七年って事は…… 二○一四年かな? 時代が違うってレベルだな…… まだ日本ではテロ屋も居ない時代か。 ちなみにエルフは見たことないね。 亜人はいっぱいいるよ、ここに来るまでにも居ただろう?』


 剣呑な事を口にするサーシャちゃん。 未来の日本は情勢が不安定なんだろうか。

 亜人? そんな人いただろうか、サーシャちゃんに付いてくるので精一杯でわからなかった。


『ふむ、僕のケースとは大分違うんだね。 今の所、帰還については助けになってあげられることが無いなぁ……』


『そんな……』


 ショックだった。 突然こんなところに放り出されて何をしろというのだろう。


『情報を集めるにしても、時間が必要だね。 で、君達これからどうする?』


『ど、どうするって言われても……』


『俺は冒険してみたいな! 異世界を冒険する! いい響きだ。 剣と魔法の世界!』


『ちょっと兄さんは黙ってて、化け物から必死で逃げてたくせに』


 馬鹿な兄さんを黙らせて、サーシャちゃんを見る。 綺麗な青い眼でわたし達を強く見ている。


『ちなみにこの世界の公用語はロシア語だ。 もし、ここで過ごすんなら最低でも会話ぐらいは出来るようにならないとね』


『げっ』


 兄さんが悲鳴を上げる、わたしも苦々しい顔になってることだろう。 英語すら出来ないのにロシア語とか……


『覚えるしかないんじゃないかな、僕が通訳してあげても良いのだけれど。 それほど面倒が見られるわけでもない、僕も仕事があるしね』


 サーシャちゃん、こんなに若い…… というより幼いのに働いてるのか。 見た目だと一○歳ぐらいだろうか、とはいえ前世の記憶があるとしたら不思議でもないのかな。

 ん? サーシャちゃんの前世の年齢を足したらいくつになるんだろう、わたしがちゃん付けして良い歳なのかな。


『辞書を書いてあげよう、それでどうにかして覚えて。 それまでの滞在費ぐらいは出すよ。 人生の先達としてそれぐらいの面倒は見よう』


 随分手を尽くしてくれていると考えてもいい、サーシャちゃんはわたし達のために何もしないで、見捨てるって選択肢もあったはずなんだ。


『お世話になります…… ほら、兄さんも頭下げる!』


 馬鹿兄の頭を無理矢理下げさせる。 礼儀って言葉を知らないんだろうか、まったく。


『痛い!痛いって瑞穂!』


『十一歳の女の子に養われる高校生っていうのも面白い絵面だね。 まぁ僕は十一歳でも女の子でもないんだけど』


 ん? なにか今、聞き捨てならないことを言ったぞ?


『えっと、サーシャ……さんておいくつなんですか? それに女の子じゃないって…… その見た目で?』


『別に丁寧語で喋る必要はないよ…… 死んだ時は二十五歳だったね、ちなみに男だ。 この体はなんというか説明が難しいんだけど、男みたいなものだろう』


 思った以上に年上だった、それに男の人だったのか、喋り方が落ち着いてると思ったんだ…… って何? 今の体が男?


『えっ、その顔で? その胸で男? 喧嘩売ってるの?』


『瑞穂…… 胸が洗濯板みたいだからって嫉妬するのは良くなゲフゥ!』


 なんか聞こえたような気がするけど、裏拳で黙らせたから関係ない。

 こんな可憐な外見の女の子が男だなんて、世界中の女を敵に回しているような物だ。

 それは百歩譲って許すとしても、胸……胸だ、なんでわたしより大きいのか。 同世代の娘に負けるのは良い、もう慣れた、けれど自分より年下の…… しかも男に負ける?

 わたしは殺意を帯びた目で睨んだ。胸を。


『僕だって好きでこんなもの付けてるわけじゃないんだけどね…… まぁいいや。 他に質問はないかい?』


 こんなもの! こんなものと来たものだ。 わたしは怒りを隠しきれずに……

 いや、落ち着こう。 それより気になっていることがある。


『聞きたいことがあります』


『うん、どうぞ』


『あなたの…… あなたの生前の名前はなんていうんですか?』


 彼が名乗ったのはサーシャという今の名前だ。 彼がそれをわざと名乗らなかったように見えたから、やましいところがあるように感じたのだ。

 わたし達は彼に世話になる立場だけど、どうしても彼を信頼するためにそこをはっきりさせておきたかった。

 本当に彼を頼っていいのか、ちゃんと決めなきゃいけない。 わたしだけならとにかく、兄さんも居るんだから。


『ふぅん……』


 彼は興味深そうにわたしを見る、不快にさせてしまっただろうか。 いやそういう目じゃない、何か…… 少し楽しんでいるような。

 可憐な少女のような外見で、その目だけは経験を語るように、冷たく光っているように見えた。


『君が望む答えだとは限らないけど、答えよう。 答えてあげよう』


 そして彼は口を開く。


『そんなものは無い』

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